第5話 元素の天使
「おや? あの少年は追わなくていいのかい?」
「ああ、構わん」
怪しげな仮面をつけた、奇術師の様な姿をする悪魔。その問いかけに答えたのは、契約者であるサングラスをかけた男だ。
フェリシア・ルイ・スノウという、敵組織の長を葬るために家まで出向いた先に家族らしき青年がいたのだ。
「ほれ、お前が好きそうな漫画だ」
「幼女のエロ漫画じゃないかぁ~、彼は約束を守ってくれたんだねぇ」
悪魔は人間と違い、欺くことはあっても約束は守る。
田中太郎とは、幼女のエロ漫画を貰い受ければ見逃すという約束をしていたので、これで本当に追う必要性はなくなった。
「さて、どうしたものか」
「フェリシア・ルイ・スノウは来るかもしれないよぉ?」
仮にも敵組織の長であり、この洋館へ襲撃に来たことは直ぐに気が付かれる。
この場合、問題となるのはフェリシア・ルイ・スノウ以外にも強力な契約者がここへ来る可能性が高いことだ。
「まぁ、来るだろうな。……流石に一人では荷が重いか」
「ボクチンなら、並みの契約者はなんとでもなるけどねぇ」
神魔戦争は凡そ半年前くらいから始まった。開始当時とは違い、今は契約者が手を組みチームを結成していることが多い。
勝ち残りの席が十三なのがこの戦い特徴でもある。簡単な話、十三人の契約者を集めて、そのメンバーだけで勝ち残ればいいのだから。
「アジトに戻るか」
「ん~、どうやらそうもいかないみたいだねぇ」
悪魔がそういうと、無数の光の槍が空から降ってくる。
あの光の一つ一つに殺傷能力があり、まともに受ければ契約者といえどただでは済まないだろう。
「もう来たのか、さすがは敵組織の長だ」
サングラスの男はそう言うと右手を空に向かって翳し、右手の甲にある契約紋を起動させる。
契約者は、代理として神魔の力を借りる時、その契約紋を通じて力を行使することが出来るからだ。
「やれやれ、
男がそういうと、光の槍は――全て男をすり抜け消滅する。
この男と契約した悪魔は、幻覚を作り出すことに特化した悪魔なのだ。そして――現実の事象を幻にすることも可能だった。
「その槍はもう幻だ、俺にその攻撃は通じない」
「へぇ、やるなお前」
サングラスの男の前に現れたのはフェリシア・ルイ・スノウではなく、着物姿の女だった。
この男が事前に調べたデーターでは、この着物の女は敵組織の幹部にあたる人物。
「お嬢ちゃんも大天使なんか
「お前のそれは恐らく消せる対象は限られてるだろ?」
たった一回見ただけで凡その能力に気が付かれていた。
幻影事象は、一つの対象に対してしか効力が発揮できない。だが、この男が対象に指定したのは光であり、槍そのものではない。
「見たところ光の
「オレは、お前が思ってるより大物だぜ」
元素の天使と言えば最上位の大天使であり、下級悪魔と契約しているような契約者に勝ち目などない。だが、この戦いにおいては、男の方が有利だった。
元素の天使は強力な存在だが、一つの力を極めているが故に、それを封じられたら何もできないのだ。
「悪いが”光”じゃ通用しないぞ」
「
着物の女の言葉に、男は一瞬理解が遅れた。その言葉が何を意味するのか、彼女の背後を見るまでは……。
着物の女――その背後には、”三体”もの元素の天使が待機していたのだ。
「おいおい、冗談きついぞ」
「三体の元素の天使を封じれるなら、封じてみろよ」
完全なる想定外。着物の女が幹部クラスの強さなのは察していても、これはデタラメに過ぎた。
男の表情は暗い。一人の契約者につき神魔は原則一体だけだったはずである、と。間違いなくこの女は
「
男は手の甲を空に翳し契約主である神魔、つまりは仮面の悪魔に助けを求めた。
通常神魔は、召喚されても応答しないことが多い。それは契約者ではなく神魔の方にリスクがあるからだ。
「ボクチン、戦いは好きじゃないんだけどなぁ」
奇術師のような恰好をした仮面の悪魔が、男の声に応じて現れる。
「悪いな、お前と二人でも
この悪魔と男は戦闘能力は決して高くはない。
基本的に不意打ちやタイマンでの戦いに特化している能力なのだ。
「炎の
「光は俺が封じてる、あとはあの水か」
二体は無効化できるが、水の
この場合、唯一の勝ち筋は、契約者である着物の女を仕留めることだ。しかし水の元素の天使が野放しである以上それは叶わない。
「これは反則的な強さだねぇ、逃げたほうが賢明だよぉ?」
「……逃がしてくれる相手だと思うのか?」
悪魔が男に進言してくるが、元よりそんなことは承知していた。
逃げる選択をとれるのは、力の等しい相手からだけ。明らかに着物の女は格上であり、そんな隙はなかった。
「”幻影世界”――ボクチンも本気でいこうかなぁ」
仮面の悪魔は両手を広げ、紫色の光が景色を満たす。
悪魔自身も紫の煙になり、世界に充満していく。
「なんだこれは?」
着物の女は初めて動揺を見せた。仮面の悪魔にとっての奥の手なのは想像はつくがどんな能力なのかは予想がつかない。そんな様子だった。
「奥の手ってやつさ、悪いなお嬢ちゃん」
男はそう言うと悪魔と同様に紫の煙となり消えていく。
自身の実態を幻覚に変化させ、瞬時に現実へと戻すことの出来る空間の構築。それこそが神魔として、この悪魔の持ちうる最高の力だった。
「この空間が何なのかは知らないが、やれ」
着物の女の声に答えるように、元素の天使達はそれぞれの属性の剣を作りだし、空間への攻撃を開始する。
「いいのかい? 隙だらけだよぉ?」
元素の天使が着物の女から離れた瞬間、何もない場所から悪魔が出現する。
大天使が三体でこの空間を壊すことは可能ではあるが、それは戦闘をせずに破壊のみに集中すればの話だった。
「オレを侮るなよ」
仮面の悪魔は煙を一点に凝縮させ、針のような武器を創り出した。
そのまま着物の女に、迷いなく攻撃をしようとするが――
「おや? 君もとんだ化け物だねぇ」
着物の女は、悪魔の攻撃を僅かな動きで回避し、光の矢で反撃する。さらに続けて悪魔の位置に大きな炎を出現させ、燃やそうと試みる。
だが、悪魔には欠片程もダメージは見られない。
「幻覚か、……厄介な空間だな」
三体の元素の天使は、空間の破壊に集中しているので彼女の援護はできない。
契約者とはいえ、人間でしかない着物の女だけで悪魔達の猛攻を耐え抜くのは困難を極める。形勢は逆転していた。
「
サングラスの男と悪魔が正面と背後にそれぞれ出現し、回避不能な攻撃を仕掛け、着物の女は絶体絶命かと思われた。
そう、本当に元素の天使が――三体だけならば、ではあるが。
「お前達は攻撃の瞬間だけは実体になる。ならそれは”弱点”だ」
着物の女のその言葉は正しく、この空間での唯一の突破口ではある。
だが今現在、三体の元素の天使は彼女の傍にはいない。そんなことを男は考えていると、真横から”風の槍”が脇腹を刺した。
「グフッ、そりゃない……。反則だろ」
男は悪魔もろとも反動で後方へと飛ばされ、血反吐を口元から垂らしながら朦朧とした意識の中なんとか立ち上がる。
横からの急な強襲、目の前には”風”の
「遊びは終わりだ。この空間も直ぐに壊れる」
最初から元素の天使は四体いる。だがあえて着物の女は、三体で戦っていた。
規格外に過ぎる強さだった。元素の天使は、通常一体でも倒すのは至難の業だがそれが四体とは勝負にもならない程の差である。
「どうなってる……。神魔ってのは本来一体のはずだろう?」
「そのはずだよぉ。彼女は”普通”ではないねぇ」
悪魔と男が会話をしていると、鏡が割れるような音が聞こえてくる。
悪魔によって作られた空間が崩壊したのだ。それは――そのまま男の終わりでもあった。
「これで――四体全て、お前と戦えるな」
「……勘弁してほしいね、まったく」
着物の女は楽しそうに満面の笑みだ。その美しい顔はこんな場面でなければさぞ見応えがあっただろうと男は思う。
「君、逃げなよぉ。ボクチンが時間を稼げば、君だけはなんとかなるかもよぉ?」
「おいおい、お前俺みたいな人間のために死ぬつもりか?」
この悪魔は口は良くないし、幼女大好きな変態だが情に厚い悪魔らしい。だが仮にこの悪魔が身を挺して時間を稼いでも、逃げられるとは思えない。
何より、フェリシア・ルイ・スノウも近くに来ているはずだから。
「ボクチンも君も覚悟を決めるしかないかなぁ」
「せめて一体くらい天使を仕留めるぞ」
着物の女は不敵な笑みを浮かべて、契約紋を起動させ元素の天使達に指令を下す。
「スノウの手を煩わせるわけにもいかないし、ここで死ね」
着物の女の無慈悲な言葉を聞き、男と悪魔は死を覚悟した。
すると、何処からか足音が聞こえてくる。敵の増援だと男は考えるが、現れた人物は予想外の存在だった。
「オッサン大丈夫かー? ん? 何この着物美少女!」
「お前は、先の坊主! なんで戻ってきた!」
先程フェリシア邸から出てきた青年だった。
男は驚きながらも、状況を分析する。このままではマズイと結論を出す。
着物の女は、青年をこちらの味方だと判断するかもしれない、と。
「着物美少女をナンパしに?」
「坊主、逃げろ! 殺されるぞ!」
男の言葉とほぼ同時に、水の元素の天使が青年を襲う。
水の元素の天使の攻撃だけは今サングラスの男達では幻に出来ない。
「坊主! 逃げろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
次の瞬間、青年は宙を舞った。
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