第6話 覚醒

 ああ――空が綺麗だ。

 ……何故、俺は空なんて見ているのだろう?

 そうだ、確か俺はオッサンが着物美少女にいじめられていたのを助けようと。

 着物美少女にいじめられるとかよく考えたら羨ましい。

 あの青色の天使は一体なんだ? どうして俺が殺される?


「どうして俺が使に殺されなきゃならない?」


 俺はまだ死ねない、ヤリたいことも沢山あるのに……。

 俺は昔から性欲が強すぎて女性にはドン引きされて散々な人生だ。

 最後は人間ですらない奴に殺されるのか?


――ドクン――ドクン。 


 自分の心臓の音はまだ聞こえる、まだ終われない、死ねない。

 俺は、俺は!


「童貞のまま死ねないんだよおおおおおおおおおおお!」


 嘘偽りない心からの叫び、脇腹に大きな穴が開いている。

 このままでは俺は確実に死ぬだろう、童貞のまま死ぬなんてやだ!

 空に手を伸ばす、月に手を伸ばす。

 なんだっていい、童貞のまま死にたくない!


「汝ノ願イ、確カニ聞キ届ケタ」


 無機質な人間でも機械でもない不気味な声が脳内に響いた。

 そして景色が変わっている、さっきまで空を見ていたのに辺り一面が黒い。

 闇、という言葉を体現したような世界に俺はいた。


「なっ! 何処だよここ」

「汝、我ト契約ヲ結ブカ?」

「うわっ! 何コイツきっしょ!」


 目の前には紫の布を纏った骸骨が立っており、骨の手には大きな鎌を持っている。

 ゲームで言うところのスケルトンのような奴だがではなさそうだ。

 感覚的に逆らうべきでない相手だと分かる、死神だろうか?


「我、キショクナイ! 我、可愛イ!」

「あ、そう。死神か? 俺まだ死にたくないんだけど」

「汝、マダ死ヌ事ハナイ、我ト契約ヲ結べ」

「何でもいいから、その見た目と喋り方どうにかして」


 俺がそう言うと死神? は少し困った感じでワタワタし始めた。

 ……薄々思っていたけど、コイツ決まらない奴だなぁ。


「汝、ドンナ姿ヲ求メル?」

「美少女になれるならなってくれ」


 俺の言葉と共に骸骨だった体に闇が集まる。

 肉体を闇で構成している? 体が完成されていく。


「おお! 死神が美少女になった!」

「我、可愛イ? フフン気分ガ良イ」

「可愛らしい姿なのに喋り方で台無しだよ!」

「汝、契約ヲ結ブカ?」


 紫の長髪に幼いが妖艶な整った顔、文句なしの美少女だった。

 契約書も見せずに契約迫るとか怖すぎる……。

 それ以前に目の前の存在のほうが怖すぎ。

 状況はイマイチ理解できないけど、助かるならなんだっていい。


「契約とやらを結ぶから助けてくれ」

「汝、何ヲ代償トシテ我ニ差シ出ス?」

「え、なんか払うのか? 俺、性欲くらいしかないぞ?」

「エ? 性欲ヲ払ウノカ?」

「ん、性欲でいいのか? 好きなだけもってけ」


 目の前の死神美少女は困惑している様子だ、性欲って払えるモノなのだろうか?

 それ以前に一体なんの契約なんだ? 確認もせずに許可してしまったが。

 とはいえ、性欲を払って死を回避できるなら安いものだろう。


「ッ! 汝、本当ニ人間カ?」

「いや、お前にだけはそれ言われたくないわ」


 俺を見て動揺する美少女、何か問題があったのだろうか?

 俺の体にその華奢な手を翳す、性欲を取り込んでいるのだろうか?


「汝ノ性欲、人間ガ持ツベキ領域ヲ超エテイル」

「まぁ、他の人より性欲は強いかもな、俺エロに生きるのがモットーだし」

「コレ程ノ代償ナラバ、我ノ力ノ半分ハ行使デキル」

「半分か、それって良いのかよく分からん」


 それ以前に説明が不足しすぎてて理解できない。

 俺の死を回避する為に代償を払っているわけではないのか?

 会話が噛み合ってないように感じる。

 まるでが力を得るための儀式かのような。


「なぁもう少し詳しく説明してくれないか?」

「汝ハ契約者バトラートナリ、我ノ代理トシテ戦ウノダ」

「ふぇ? 戦う? もしかしなくてもあの天使とかをに倒せって言ってるのか?」

「汝ハ我ノ力ヲ半分モ行使デキル、我ハ優勝者シードノ頂点」


 シード? 戦う? ……意味が分からない。


「一からしっかり説明してくれ、さっぱりわからん」

「神魔戦争ノルールハ契約ト共ニ汝ニ伝ワル」

「契約すればルールが分かるって事前に教えてくれよ」

「契約紋ハ何処ニ施ス?」


 どうやら事前に説明はしてもらえないらしい。

 契約紋が何かがわからないのに聞いてこないでほしい。


「えーと紋章ってことはタトゥーみたいなものか?」

「体ノ何処デモ施セル、見エヌ位置ニスルベキダ」

「それっていつも出てる物なのか?」

「否、力ノ行使ノ時ノミ現レル」


 いつも見えるわけでないのなら別に何処でもいいのでは?

 よくアニメとかである眼に特殊な力があるキャラに憧れていたことを思い出す。

 そうだ、眼にしよう! カッコイイし!


「眼にしてくれ! カッコイイから!」

「正気カ? ダガ承知シタ、我、ギ・メデバドハ宣言スル、汝ヲ契約者バトラートシテ神魔戦争ニ参加スル」

「っ! ……なんだこれ、眼に何かが流れてくる」


 痛みはない、だが気持ち悪い、自分でないモノが流れてくる。

 本能が拒絶反応を起こしている、人間が持つべき力でないと感覚的にわかる。


「契約ハ完了シタ、汝ノ傷ハ我ノ力ヲ通シテ回復シテイル」

「あ、本当だ! 俺は田中太郎、これからよろしくな」

「我ハ、ギ・メデバド、死ヲ司ル神ニシテ優勝者シードノ頂点」


 俺の中に神魔戦争のルールはしっかりと伝わっている。

 どうやら俺は通常の契約者バトラーではなく、前回の優勝者である十三体の神魔の内の一体と契約したらしい。

 俺は狙われる立場にある、優勝者シードを殺すのが最短で勝ち上がる条件らしい。

 だが俺が契約したのは勝つためじゃない、童貞を卒業するためだ。


「どうやって力を使うんだ?」

「否、天使如キ力ヲ使ワズトモ勝テル」

「いや、いくらなんでも天使相手に素手は無理だろ」

「汝ノ眼ニ映ル敵ハ全テ等シクヲ付与サレル、健闘ヲ祈ル」


 その言葉と共に俺は元の世界に戻った。

 さっきと変わらず綺麗な夜空だ、だが俺は変わり果てた。

 目の前の着物美少女を見ても

 夜空と寸分違わずただの美しいでしかない。


「お前、傷が塞がってるな、何をした?」


 着物姿の美少女が問いかけてくる、その表情からは警戒が読み取れる。

 彼女からすれば殺したと思っていたら、いきなり傷が完治して立っている状態なんだろう。

 理解できないのも無理はない、だが、元より今の俺を理解することなど人間にはできない。


「死の神と会話してきただけさ」

「殺せ、コイツは危険そうだ」


 着物美少女は元素の天使エレメントへと命令を下す。

 四体もの大天使が俺を四方から囲み、攻撃の準備をしているようだ。


「青色の天使からか」

「天使に死という概念はないぜ、お前はここで死ね!」


 俺は眼の契約紋を起動させ、目の前の水の元素の天使エレメントへと視線を向ける。

 さらに手のひらを水の元素の天使エレメントへと翳し、握るように拳を作る。


 ――グニャリ。 


 そんな有り得ないはずの音が元素の天使エレメントから聞こえた。

 次の瞬間、水の元素の天使エレメントは存在を保てずに


「なっ……馬鹿な! お前、何をした?」

「殺しただけだぞ、俺にしたように、天使を俺が殺しただけだ」

「その眼、契約者バトラーになったのか」

「ああ、だがただの契約者バトラーじゃないよ」

「お前、優勝者シードと契約したのか?」


 俺は意識を集中させ光の元素の天使エレメントへと死を付与する。

 眼の契約紋を通してギ・メデバドの力が流れ込んでくる。


「相手が悪かったな、お前が想像してるより優勝者シードの力は強大なようだ」

「一体、これはどうなって、っ!」


 光の元素の天使エレメントは砂になって崩れ落ちる。

 視界に入ったら最後、有無を言わさず死を付与され朽ちる。

 さらに俺自身から死というも出来る。

 どんな傷をつけても即時に超速再生し、今の俺はどんな手段をもってしてもことだけは出来ない。


「あと二匹、最後は君だな着物美少女」

「くそっ、逃げるか」


 着物美少女の判断は早い、勝てないと悟ると瞬時に撤退をとる。

 手負いとはいえ元素の天使エレメントが二体もいれば逃げることは可能だろう。

 だがそれは通常の契約者バトラーが相手なら、の話である。


「諦めたほうがいい、視界に入ったで詰んでいる」

「なめるなよ、優勝者シードだろうが関係ない契約者バトラーである以上必ず弱点は存在する」

「他の優勝者シードはそうかもな」

「弱点がないとでも言うのか? お前は一体、何と契約した? いや、それ以前にどうしてこれ程の力を行使できる?」

「代償を払ったからに決まってるだろ」

「ふざけるな! 人間に払える代償でここまでにはならない!」


 そんな会話をしていると炎の元素の天使エレメントも砂となり朽ちていく。

 着物美少女の表情は絶望に染まっていく、己の死が明確に見えたのだろう。

 どうして彼女が四体の神魔と契約できたのかは知る由もないがが何体いても優勝者シードには通用しない。


「俺が払った代償は性欲だ」

「せ、い、よく? そんなモノで、ありえない……」

「これでもしか行使できないらしいよ」

「お前は一体、どれ程の存在と契約した?」

「俺もよくわからん、まぁ、お前ここで死ぬし知る必要ないよな」


 着物美少女は恐怖や絶望の入り混じった顔をすると必死に走って逃げていく。

 どうやら風の元素の天使エレメント召喚サモンは解いたようだ。

 良い判断だ、あのままこちら側にいれば砂になって死んでいた。


「女の子追いかけるの前はあんなドキドキしたのに何も感じない」


 性欲がなくなると女性に対してだけでなく全てに対して関心が持てない。

 生きる気力が沸いてこないのだ、全てが景色で死んでしまう脆い世界。


「……あれ? これって童貞卒業したくて契約したのに女の子に関心持てないって致命的じゃね?」


 俺は衝撃の事実に気が付いた。

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