第7話 時ノ神

元素の天使エレメントが三体もやられた、アイツは一体なんなんだ」


 オレは、必死にアイツから逃げている。

 契約者バトラーになったばかりの新参者に完膚なきまでに敗北するなんて数時間前の自分なら嘲笑していたことだろう。

 だが、それも仕方ないことだった、相手は優勝者シードと契約していた。

 四体も召喚サモンしていたのに触れることもなく瞬殺されるなんて想像もしてなかった。


「スノウ! 何処だ! 助けてくれ!」


 フェリシア・ルイ・スノウ。

 オレの所属する組織の長にして出会った契約者バトラーの中でも唯一自分に匹敵する存在。

 最も、スノウが来たとしてもに勝てるとは到底思えない。

 優勝者シードを侮っていた、通常の契約者バトラーとは文字通り次元の違う強さだった。


「トウカ! 大丈夫? 何があったの……」

「スノウ、優勝者シードにやられた。逃げよう」


 森に入り、スノウが担当していた裏に向かうと合流できた。

 オレが正面から敵に挑み、裏から逃げ道を塞ぐのがスノウの役割だった。

 幸い仮面の悪魔とその契約者は瀕死まで追い込んだが、乱入してきた青年が契約者になり返り討ちにあった。


「でも、タロウを助けないと! トウカは逃げて、私は行くから」

「敵と優勝者シードの二人だけだった、他には誰もいない」

「……そういえば、夜ご飯は外で食べてって言ったかも」

「まったく、逃げるぞ、オレとお前でもアレに勝ち目はない」


 こんな時でも能天気なリーダーには少し嫌気がさすが、今は心強い。

 もうオレには風の元素の天使エレメントしかいない。通常の契約者が相手でも油断できない程に今のオレは弱い。


「トウカ、契約紋が三つ減ってる? まさか三体もやられたの!」

「ああ、アレは化け物だ。今後、オレはあまり戦力にはなれないかもな」

「そっか、でも生きてて良かったよ! 早くアジトに戻ろ!」


  ――チクタク、チクタク。カチッ、カチ。


 時計の針が動く音と共に身の毛もよだつ程の存在感が前からやってくる。

 本能が逃げろと危険信号を放つ、間違いなく前から向かってきてるのは契約者バトラーだ。


「スノウ、これはヤバそうだ。どうする?」

「うん、トウカと戦った優勝者シードとは別の優勝者が来てるかも……」

「最悪だな。俺は戦力とは言えない。だが逃げ道もない」

召喚サモン! ドラちゃんお願い!」


 スノウの声に答えて向こう側から最古の竜エンシェントドラゴンがやってくる。

 鋼色の鱗に学校の体育館くらいの大きさで圧倒的な攻撃力と防御力を合わせ持つドラゴンだった。

 この神魔の強さは、一体で俺の天使四体と同等かそれ以上の力をもつ存在だ。

 少し前のオレなら安心できたかもしれない。だが今は優勝者シードの強さを知っている。


「戦うつもりか? 勝てるとは思えない」

「うん、でも見逃してくれるとも思えない」

召喚サモンだ、来い! 風の元素の天使エレメント!」


 こうなれば俺とスノウで人数の有利を生かすしかない。相手の力は未知数だが、まともに戦えば先のように瞬殺されるかもしれない。


「やぁ、怖がらせてしまったかな?」

「お前は、契約者バトラーなのか?」


 話かけてきたのは茶色いコートに、耳ににかかる茶髪が特徴的な青年だった。

 優しそうで爽やかな人物、というのが第一印象だ。


「そうだよ、僕は空蝉春草うつせみしゅんそう、君達と戦う気はないよ」

「見逃してくれるの?」


 スノウが春草と名乗った青年に問いかける、確かに見逃してくれるなら助かるが信用ならない。

 目の前の男は先ほど戦った青年に近いを感じるのだ。


「君達は優勝者シードじゃないよね?」

「うん、違うよ」

「俺も違うぜ」


 確かに、優勝者シードであっても勝ち上がる条件は俺達と同じ。

 ならば通常の契約者バトラーと戦うのは面倒なのかもしれない。

 だが、コイツは信用ならない、俺の直感がそう感じていた。


「なら、戦う理由はないかな。僕は対等でない戦いはあんまり好きじゃなくてね」

「そっか、私達も今後貴方とはまた出会っても戦わない」

「悪いが急いでる、行くぞスノウ」


 一刻も早くこの男から離れるべきだ。気が変わって戦いになる可能性だってある。

 それにこっちは追われている身だ、正直早く逃げたかった。


「君、名前は? 着物きてる君」

肆展翅東花してんしとうか


 流石にここで無視はできないので名乗った、この名前は本来オレの名前ではないので本当は名乗りたくなかった。


「いい名前だね。教えてくれたお礼をしないと」

「追われてる、早く済ませてくれ」

「大丈夫、誰が来ても僕がいる限り返り討ちだよ。お礼はその消えてる契約紋を元に戻す、とかどうかな?」


 契約紋を元に戻すだと?

 そんなことはどんな神魔でも不可能だ、それが出来るのなら神魔戦争のルールが根底から覆る。

 ましてや元素の天使エレメントは完全に消滅した、その全てを戻すなど出来るのは神様くらいなものだろう。


「そんなこと出来るの?」


 スノウもやはり動揺していた、だが目の前の男は出来ると断言している。


「過去の状態を今の君に上書きすれば多分できるかな」

「ふっ、出来るものならやってみろ」


 俺のその言葉を聞くと春草と名乗った青年は右手を翳し、手の甲にある契約紋起動させた。

 無数の時計が辺り一帯に出現する、時間を司る神魔と契約しているようだ。

 目の前に大きな木製の置時計が現れ、時間を示す針が逆回転していく。

 自分の肉体が微妙に変化していくのを感じる、本当に巻き戻ってるのか?


「なっ! 嘘だ、ありえない」

「凄い、本当に契約紋が戻ってる……」


 オレもスノウも唖然とする他になかった、あまりにもデタラメな能力だ。

 仮に時間を司る悪魔や天使と契約してもこれはありあえない。


「お前、一体何者なんだ」

「僕は優勝者シードの一人、契約主は時ノ神アークエルト」

「時の神? そんなはずないよ、人間は神とは契約できない」


 スノウの言葉は正しい、如何なる手段でも人間は神と契約することはできない。

 神とは一種の概念そのものであり、人間が関われる存在ではないのだ。

 そして何より、時の神の代名詞はクロノスのはず、聞いたことない名前だ。


「神と契約する方法はあるよ、人間の中でも超越したを持っていること、またそれを代償として初めて神の力を行使できる」

「そんなの聞いたことないよ」

「そうだろうね、神と契約してるのは僕くらいだろうから」


 空蝉春草、想像以上に危険な男だ。

 だが一つ、疑惑が生まれた、先のフェリシア邸で契約者バトラーとなった青年は優勝者シードだと言っていた。

 そしてあのデタラメな強さ、あの青年も神と契約をしたのではないか?


「いや、他にもいるかもしれないぜ」

「それは興味深いね、心当たりでも?」

「ああ、オレの元素の天使エレメントを瞬殺した奴がいた。アイツは多分お前に近い力を持ってる」

「多分違うと思うけど、もし、本当に僕と同じ神と契約ができる人がいるなら会ってみたいね」


 会話をしているとふと気が付いた、追ってが来ない。

 これだけ立ち話をしていても一向に来る気配がない。もう追ってくるつもりがなのかもしれない。


「兎も角、契約紋を元に戻してくれたことは感謝するぜ」

「うん、さようなら」


 そう言うと空蝉春草は夜の森の中へと消えて行った。

 謎の多い男だ。間違いなく今回の神魔戦争の優勝候補だろう。


「化け物ばっかりだな、まったく」


 四体の元素の天使エレメントは完全に復活していた。

 この大天使を瞬殺する契約者バトラーもいれば、完全に復元してみせる契約者バトラーもいる。

 優勝者シードってのはこんなデタラメな奴ばかりなのだろうか?

 チームを組むことに疑問を持っていたが今回のことで理解できた、優勝者シードを相手にするのは骨が折れそうだ。

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