第4話 四体の大天使

「ハァハァ、くそっ!」


 一人の男が路地裏でしゃがみこみ、重症を負った体を眺めながら呟いた。

 一体どうしてこうなったのかと思考を巡らせているが答えはでない。


「あんな化け物だなんて聞いてないぞ!」

「ん? どうした、もう逃げないのか?」


 上の屋根から逆さにぶら下がりながら着物を着た女が話かけてきた。

 依頼を受け、他チームの契約者であるこの女に挑んだのが運の尽きだった。


「まってくれ! 普通の契約者バトラーが戦う必要はないだろ!」

「俺に挑んできたのはお前だろ?」


 この女は、他の契約者とは違い。四体もの神魔と契約している化け物だ。

 男は焦って神魔を召喚サモンしたが、瞬殺された。とてもじゃないが個人で倒せるレベルではなかった。


「悪かった! 見逃してくれ、もう今後手出しはしない!」

「知ってるだろ? 神魔戦争で勝ち上がる条件は二つしかない」


 一つ、前回の優勝者である十三体の神魔――それと契約している契約者バトラーを一人殺すこと。

 二つ、優勝者シード以外の契約者バトラーを千人殺すこと。


 契約者なら、誰もが知っているルールだ。

 このどちらかを満たさない限り、勝利することはない。いち早くこの条件を満たした十三組が勝者となる。

 本来、神魔戦争において、優勝者を殺すことが最短で勝ち上がるための条件だ。

 そのため、通常の契約者は同盟を結び優勝者を殺すことに重きをおく。


「千人殺すよりも優勝者シードを探し出して殺そう! あんたがいればできるだろ!」

「そうだな、オレが一人いれば十分だ。ほら、お前はいらないじゃないか」


 女の無慈悲な言葉に、男の表情は絶望に染まっていく。


「お前は一体……何者なんだ……」

「これから死にゆくお前に、名乗る必要があるか? やれ――」


 着物の女がそう言うと、四体の大天使が男を囲み、炎、水、風、光の槍でそれぞれ貫いた。

 天使の中でも最上位に位置する元素の天使エレメントは一体でも呼び出すのは困難を極める。

 その上、神魔戦争では契約できる神魔は原則としてと決まっているのだ。


「何故、これほどの数の大天使が、グフッ」


 それが男の最後の言葉だった。


「人数の割には、大したことがなかったな……」


 彼女は、生まれたその瞬間から四人おり、多重人格者だ。

 一つの体の中で四人もの人格が存在しており、それぞれの人格が大天使を召喚し、四体もの天使をこの世界に顕現させた。

 そして、今現在――その主人格となっているのは、好戦的な男性だ。

 

「俺だけってのは、やっぱ落ち着かない」


 大天使との契約に彼女――否、彼が差し出した代償は残りの人格である三人だ。

 故に彼は真の意味で一人となっていた。

 神魔戦争では一人の人間につき一体までしか神魔は呼べない。だが四人の人格がそれぞれ一人とカウントされている特異例。



「また絡まれてたの?」


 背後から声が聞こえたので振り返る。

 声の主はフェリシア・ルイ・スノウ、所属している契約者が集うチームのリーダーだった。


「ああ、どいつもこいつも自分が挑んで来たくせに最後は見逃してくれだなんて虫が良すぎるよ」

「怪我はない? 貴方なら大丈夫だとは思うけど」


 ヘェリシア・ルイ・スノウは心配そうに顔を覗き込んでくる。

 彼女は面倒見のよいリーダーであり、メンバー達からは慕われている。


「オレにとっては、戦いじゃなくてただの虐殺だ」

「……そっか。けど、強い契約者もいるから、気を付けないとダメだよっ!」


 どの口が言うのかと思ったが、口にはしなかった。

 フェリシア・ルイ・スノウは、出会った契約者でも間違いなく強者の部類だ。


「お前よりは弱い奴ばっかりだと思うけど」

「私は別に強くないよ、だからチームを作ったんだ」


 彼女はいつも自分は弱いという。本当の強者は優勝者なのだと。

 オレはまだ優勝者と戦ったことはない。だが負ける気がしなかった。


「”優勝者”って、そこまで強いのか?」

「……うん。でも、貴方なら勝てる可能性はあると思う」


 恐らく、数多く存在する契約者の中でも、四体の神魔と契約しているのは自分くらいなのだろう。

 とはいえ、この戦いは、神魔が強ければ絶対に勝てるわけじゃない。

 代償の大きさによって行使できる力の量が決まる以上、強い神魔と契約しても、小さな代償ではその力を発揮しきれないこともあり、その逆も然り。


「まぁ、オレの召喚サモンは他とは違うからな」

「私なんて一体しか呼び出せないのに四体も召喚できるのはずるいよ!」


 召喚サモンとは契約者バトラーにとっての切り札であり、最後の手段とも言える権利の一つだ。

 本来、契約主である神魔の代行として戦うのが神魔戦争。

 だが、神魔そのものをこちら側へ呼び出すことも出来る。勿論、神魔が応じなければ意味はないが。


「ちゃんとリスクもあるさ」

「一体ならね、貴方四体もいるんだもん」


 召喚サモンには最大のリスクがある。

 それは神魔そのものを消滅させられると契約が解けて普通の人間になってしまうことだ。

 だが俺の場合は契約主が四体いるので負ける心配はない。


「お前の契約主も大概デタラメだとおもうぜ」

「ドラちゃんは強いけど、いい子だよ」


 最古の竜をドラちゃん呼ばわり出来るのはコイツくらいだろう。

 一度だけ召喚した所を見たことがある。

 絶対的な個の前では数では通じないと痛感した瞬間でもあった。


「あれだけは俺の天使達でも勝てるか分からない」

「ドラちゃんを傷つけたら許さないよ!」


 神魔をペットかなにかと勘違いしてるではとすら思えてきた。

 契約主は人間ごときにペット扱いされて不満はないのだろうか?

 いや、この女には何を言っても意味がないと悟っているのかもしれない。


「お前の契約主は大変そうだな」

「ドラちゃんを撫でてみる? 可愛いよ!」


 なんだか、最古の竜が哀れに思えてならない。恐らくオレが撫でたら殺されるだろう。勝つために屈辱を飲み込んでいるに違いない。


 ――ピロリン♪


 スノウのスマホが鳴る。


「アキトからだ。え、タロウが危ない!」

「……どうした?」


 スノウがここまで慌てるのも珍しい。余程の事態なのだろう。


「私の家が敵から襲撃を受けたかもしれない」

「お前、家族でもいたのか?」


 意外だ、スノウは基本優しく平等だがそれ故に執着しない。

 家族は作らない類の奴だと踏んでいたがどうやらいるらしい。


「うん、手伝ってもらってもいいかな?」

「好きにしろ、お前がリーダーなんだし」


 スノウを襲撃に来るということはそれなりに強い奴が挑んで来ているはずだ。

 これはオレも大変な戦いになるかもしれないな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る