第3話 神崎真冬

 神魔――それは、この世ならざる者を人間が畏怖を込めて総称したものだ。

 元来、神魔は人間の住まうこちら側にはこれない。

 それは悪魔であれ神であれ関係なく、こちらに干渉する術を持たないからだ。

 だが、一万年に一度だけ強大な力を持つ神魔達が干渉できる戦いがある。


「神魔戦争、本当に始まってるのかしら?」

「その首の紋章が証拠だよ」


 首筋に紋章が刻まれている少女の名前は神崎真冬。

 大悪魔タローマティと契約を結んだ契約者バトラーだ。


「けど、他の契約者バトラーとは出会ったことがないわ」

「直ぐに会えるよ、何せ勝ち残りの座は十三席でも契約者の数には限りなんてないんだから」


 神魔戦争は、十三席ある天の座賭けた殺し合いだ。

 神ですら到達不可能な領域の力を手にするという。

 そして神魔戦争には当然――


優勝者シード達が相手でも貴方は勝てるの?」

「前回は負けたよ。最も、アタシが相手したのは優勝者の中でも最強クラスの存在だったのもある」


 大悪魔の表情を見るに負け惜しみではなく、ただの事実なのだろう。

 相手が悪かった、そう言いたいようだった。

 この戦いにおいて無理に強い相手と戦う必要性はない。というのも、勝ち残りの席は一つでなく十三もあるのだから。


「……ふーん。貴方、結構強いのよね?」

「強いよ。これでも六大悪魔の一柱だよ」


 この大悪魔は元は悪魔ではなくのだ。

 故に戦闘能力は他の存在とは比べ物にもならない。

 本来であれば神魔戦争においてのだ、この時点で圧倒的なアドバンテージがあると言えた。


「今回の戦いで警戒するべきはやっぱり優勝者シードってことになるのかしら?」

「基本的にはそうなるね、けど君のように特殊例イレギュラー契約者バトラーこそが一番危険なんだよ。前回の十三組の中には下級天使と契約を結んだ契約者バトラーもいたからね」


 それはつまり、契約主である神魔よりも契約者バトラーが優秀だったということらしい。

 神魔戦争では、契約者はあくまで代理として戦うので、行使できる力は限られている。力の使い方や戦略が上手い契約者が、強い存在と契約すればどれ程かは火を見るよりも明らかだった。


「私達は優勝候補って認識でもいいのかしら?」

「そうだね、けど慢心はいけないよ」


 こうして話している悪魔との契約にも代償があった。

 神魔戦争では、代行として神魔の力を行使する上で制限がかかる。そして契約時に払ったによって行使できる力の量が変わるのだ。


「貴方に払った代償は大きかったけど、おかげで強い契約者になったもの」

「そうだね、命よりも重い代償だったからね」


 この少女が大悪魔との契約に払った代償はだ。

 これは現代の人間社会において、途轍もなく大きい代償だった。

 家族も友人にも全ての人間から関心を持たれることもなく、認知されないのだ。


「私と話をしても普通は直ぐに忘れるのよね?」

「忘れはしないよ。ただ、意識からは消える」


 会話をすることは出来るが直ぐに意識からは消える。

 そして再び会って話せば前回の会話の内容は覚えてはいる、ということらしい。


「電子メールとかで私を思い出したりはするのかしら?」

「直接会わないと難しいだろうね。それに連絡先にあっても消されてしまう可能性が高いよ」


 事実、家族と友人には連絡先を消されていた。

 恐らく身に覚えのない連絡先だと思われたのだろう。

 直接会って会話をしても業務的な会話になる。自分に関心を持たれない状態での会話ほどつまらないものはなかった。


「私の話相手は貴方だけね。いえ、さっきの変態さんはどうかしら?」

「彼は何故か、君に関心を持っていたように見えたから、メールでも思い出すかもしれないね」


 悪魔は心にもないことを言った、あの青年が神崎真冬を意識することは叶わない。

 直接会って話すなら可能性はある……。しかし、関節的な関与ではまず起こりえないだろう、と。


「これじゃ興味を持ってもらえないかしら?」


 そういって真冬が見せたスマートフォンのメール入力場面には、『明日食事でもどうかしら? 貴方に興味があるわ』そんな文が書き込まれていた。

 神崎真冬は、何処か普通の女の子とはズレている。事実、こんな戦いに自分の意志で参加しているのだから。


「それで良いよ。彼が君に本当に関心を持てるなら、それでも問題ないはずだよ」

「そうね、送信してしまうわ」


 悪魔は、どうせいつもと変わらない。そう考えていたが――

 信じられないことに、返信のメールが届いたらしい。

 とはいえ、思い出せていないがとりあえず返信した可能性もある。

 

「あら、待ち合わせ場所と時間を指定してきたわ」

「思い出しているのか判断に困るね」


 悪魔がそう言うと、神崎真冬はドヤ顔で悪魔にスマホを見せつけてくる。

 こんなに嬉しそうな神崎真冬を初めて見たこともあって、悪魔は少々驚いていた。

 最後の一文にはこう書いてある。


『職質の件、助かったぜ。ありがとうな』


「彼は一体なんなんだろうね」


 悪魔は、そう呟かずにはいられなかった。

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