第2話 仮面の悪魔

 俺、田中太郎には両親がいない。高校生の時に事故で死んでしまった。

 本来であれば大学に行く金も時間もない。それ以前に生活もままならないだろう。

 事実俺は一度途方に暮れたことがあり、人生に絶望したことすらあった。


 だが、今現在――俺はヘェリシア邸と呼ばれる大きな洋館に住んでいる。

 途方に暮れる俺を拾ってくれた人がいたのだ。

 その人はここで生活させてくれるだけでなく、大学に行くお金すら用意してくれた恩人だ。


「お帰りなさい、今日は早かったね?」

「三限だけだったからな」


 帰ると、いつものように話しかけてくる。この人はヘェリシア・ルイ・スノウ、先の恩人だ。

 年齢は20代前半なのは間違いない。容姿端麗な美女で、かなりのお金持ちだ。腰まであるその美しい金色の髪と、透き通る碧眼から生粋の日本人でないと分かる。


「今日も楽しかった?」

「女性教授がエロかった」


 スノウは俺に全うな学生生活をさせたいらしく、俺が楽しく大学でやれてるか心配してくれている。

 俺は大学に決して美人な教授目当てで通っているわけではない。

 この人への恩返しをしたいから通っているのだ。……本当だよ。


「タロウ、少し出かけるから夜ご飯は外でお願い」

「あいよー」


 彼女は謎に満ちている、俺も深く詮索するつもりもなかった。

 幸せな生活が出来ているのだからそれ以上は望んでいない。


「タロウ、私がいないからって変なことしちゃダメだよ!」

「しないよ! 俺を何だと思ってるんだ!」


 スノウはなにかとお姉さん気質で、世話を焼いてくれる。

 とはいえ、年頃の男子に変なことをするなと言われても困る。


「だって……前に私の下着を盗んでたから」

「昔の話だろ! もうしないって」


 高校時代に恥ずかしいことに下着を盗んだことがあった。

 今思えば恩人にそんな仕打ちをするとは恩知らずもいい所だ。

 とはいえ、俺も年頃だったのだ。当時は笑って許してくれたが警察に突き出されてもおかしくはなかった。


「半年前って昔なんだ、タロウも成長したんだね!」

「ごめんって! もういじめないでくれ……」


 俺は人目も気にしないエロに生きる男だ。

 しかし、この人が相手だと遊ばれてしまう。少しこちらが強気にでると黒歴史を掘り出して遊んでくるので油断ならない。


「それじゃ、いい子にしててね!」

「分かったよ」


 俺と入れ替わりに家からスノウは出ていき、俺は自分の部屋へと向かう。

 部屋のベッドに飛び込み少し昼寝でもするか。

 ――そう思った矢先にメールが届いていた。

 メール? ラインならば幾つか相手が思い浮かぶが、メールをしてくる相手は直ぐには思いつかなかった。


「あ、さっきの子か!」


 先程町中で警察官に職質された時に助けてくれた女の子だ。

 あの子はスノウとは違った意味で底の知れない子だった。


「ええと、明日食事でもどうかってこれ、お誘いのメールか」


 確かあの子の名前は神崎だったか、今はあんな美少女と食事できる喜びがある。

 だが、あの時は、直接会っていると嬉しさや喜びをまるで感じなかった。

 彼女については純粋に興味があったので誘いに乗っておくことにした。


「了解、明日の午後三時に職質の場所でっと」


 ――ピンポーン!


 家のチャイムが鳴った、宅配は頼んでなかったはずなんだけど。


「はーい、今出まーす」

「おや? フェリシア・ルイ・スノウではないねぇ」


 玄関を開けると奇術師のようで道化のような恰好をした怪しげな男が立っていた。

 黒い不気味な仮面をつけていて俺よりも職質されそうな人物だ。


「えーと、宗教勧誘なら遠慮しておきます」

「奇遇だねぇボクチンも神は嫌いなんだ」


 スノウの知り合い? とてもそうは見えない。

 それにこいつは”危険”だと本能が直感で告げてくる。


「あの、貴方はどなたですか?」

「ボクチンはねぇ、だよぉ」


 ……今なんと言ったこいつは?

 冗談としか思えない言葉だったが事実だと直感的にわかる。


「サキュバスにでもなって出直してこい」

「ええ、そんな反応されたの始めてだよぉ」


 野郎悪魔なんかと話してる時間はないのだ、もっと妖艶なお姉さん悪魔なら話くらい聞いてもいいのだがコイツと話してるとイライラする。


「用がないなら帰ってくれ」

「君は契約者バトラーなのかい?」


 言っている意味そのものが分からないが適当に答えればいいだろう。

 早く帰ってくれればなんでもいい。


「まぁそんな感じ、だから帰れ」

「じゃあ、いいよねぇ?」


 あれ、これ選択肢ミスったやつかもしれない。

 俺の言葉を聞いていきなりヤバイスイッチ入った気がする。


「まて、俺の大事なエロ漫画あげるから見逃せ」

「ボクチン幼女にしか興味ないよぉ?」


 えぇ……。冗談で言ったら意外と通用してるぞ。

 ロリ系のエロ漫画集めててよかった。


「お前が好きそうなの持ってくるからまってろ」

「いいよぉ、好みだったら見逃してあげるよぉ」


 よし、俺は一度玄関のドアを閉めて、捕まった時の為に本当にロリ系のエロ漫画を自分の部屋から持ってきて、全力で裏に向かって逃げた。

 アイツは関わったらヤバイ気がするのだ。


「あれまじで悪魔なのか? とにかく逃げるしかない」


 ヘェリシア邸には何故か緊急時に逃げれるように地下から裏に向かって逃げれる通路があるのだ。

 本来は災害時を想定している作りなのだろう、今回は役に立ったと言える。


「警察ってわけにもいかないしなぁ、どうしたもんかな」


 地下から外に出ると外はもう夕方だった、今日は家に戻るわけにもいかない。

 一夜くらいなら野宿するのも手だが、相手が相手だけに外だと不安だ。


「おい、ガキ、お前契約者バトラーなんだろう?」

「ナニソレオイシイノ」


 話しかけてきたのは黒いコートにサングラスのダンディなオッサンだった。

 ばとらーとか言ってるからさっきの悪魔の仲間だろうか?

 だが肯定すれば殺される可能性がありそうなので知らないふりをした。


「ん? 契約紋が反応していない? 違ったか」

「あの、もういいですか?」


 ほぼ間違いなく悪魔の仲間だろう、だが俺が悪魔に狙われている奴だと思われなければ逃げ切れそうだ。


「おう、……人違いだった。すまんな」

「良ければこれどうぞ」


 俺は手に持っていた漫画を手渡した。

 あの悪魔の仲間ならこのオッサンから渡してもらうとしよう。


「……」

「どうかしました?」


 しくったか、バレたかもしれない。漫画を見て鬼のような形相で唸っている。


「坊主、俺はな、……ナイスバデェな女性が好きなんだよ!」

「ロリはロマンなんですよ、成長すればナイスバデェにもスレンダー美女にもなるんだ! ロリをなめんじゃねぇ!」


 おっといけない、幼女を馬鹿にされたのが許せなくて熱く語ってしまった。

 だがこの人、俺と同じ人種なのではないだろうか?


「そ、そうか! これは俺の想像力を試しているってことか!」

「そうさ、ロリはロマンなんだぜ」


 その手があったかとばかりに目を輝かせるダンディなオッサン。

 なおサングラスなので実際は分からない。

 ただこのオッサンこっち側の人らしい、仲良くできそうだ。


「坊主、いや先生! この漫画大事に使わせてもらうぜ☆」

「せめて読むって言ってくれ、じゃあなオッサン」


 こうしてピンチ? をエロ漫画で俺は回避した。

 この時はそう思っていた。

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