第81話 動き出す最強 Ⅱ
「……良い本だったよ」
この世界において、永久なモノは――”変化”だけである。
古い哲学者の言葉だ。
なら、僕がこの手に持つ本はどうだろう?
「中身は同じでも、読んだ”時間”によって感想が変わる」
本は――文字の
だが、読む側――つまりは、人間の変化は劇的だ。
子供の頃に読んだ本も、大人になれば色褪せる。
「時ノ神である君には、意味のない話だったかな?」
僕は、隣に立つ少女に問いかけた。
姿形こそ人間の少女だが、最強の神魔である彼女に。
不思議そうに、首をかしげながら少女――”アークエルト”が口を開く。
「本は、知ってる……よ?」
「ハハ、そうだね。僕がいつも読んでいるから、当然だ」
「ねぇねぇ、春草。良い本……? 教えて」
アークエルトが読書する姿は、どうにも想像できない。
恐らく、質問の意図は僕の感想、その理由についてだろう。
何故、良い本だと感じたのか。それが知りたいらしい。
「良い本はね、誰もが思い――
けれど口にはしなかったことを、強い言葉で言い切っている物さ」
人間は、積み重ねた”時間”を肯定されると喜ぶ。
自分が感じた時間を、誰かが強く言い切ってくれることを欲している。
一つの言葉を求めて、彷徨うのが人生なのかもしれない。
「……? よく、分からない、よ?」
「アークエルトには、難しかったかな……」
「春草、いじわる……しない、で」
「ハハ、ごめんよ。簡単に言えば、君が思ったことを書いてある本だよ」
この後の戦いを、生き残れたなら。契約したままで、いられたなら。
その時は、アークエルトに面白い本でも買ってあげようかな。
この会話が最後かもしれないと思うと、少し寂しいものだ。
「きっと、この戦いが最後だ。君と組めて、楽しかったよ」
「……? 私……も、楽しかった、よ」
僕は、待ち望んでいた。
終わりを、死を、そして――――”敗北”を。
だが、”その時”がついぞ訪れることはなかった。ただの一度だって。
「君なら――僕にも教えてくれるんだろう?」
僕以外の、もう一人の最強である――田中太郎なら。
他の世界には無い、この世界だけの、僕だけの死神なら。
君にとっての僕は、他愛ない存在だろうか?
「君には、僕はどう映っているのかな」
*
「なぁ、
俺は、横にフワフワと浮遊している少女に問いかける。
創造神の契約者――ギルバ。いや、元とか付けるべきかも。
ギルバは、やれやれと首をふると、鼻で笑った。
「察する能力がないから、お前は”童貞”なのじゃ」
「……俺、もう帰ろうかな」
「ま、待て! 本当に帰ろうとするでないわっ!」
空蝉を殺すため、俺は今、道端を歩いていた。
そう――”徒歩”で向かっていた。瞬間移動ができるのに!
今の俺は、創造神の力も使うことが可能なのだ。
「もう瞬間移動しようぜ、歩くの疲れた」
「体力がなくて、初体験で失敗するタイプじゃなお前」
「よーし、歩くの頑張っちゃうぞー」
「……手のひらクルックルッじゃのう、コイツ」
いざ――脱童貞という時に、体力がなくて失敗。
想像するだけで、トラウマレベルである。
イメージトレーニングだけは欠かさない俺が言うのだから、間違いない。
「でも、場所はマジで分からなくね?」
「恐らく、童とお前が戦った、あの場所じゃ」
「えぇ……。またあのビルの階段を登るのかよ」
かつて、ギルバと戦った場所。
それはビルの屋上で、螺旋階段が連なる所だった。
ぶっちゃけ、面倒くさいので帰りたい。
「せめてさ、ビルの前までは瞬間移動しない?」
そんな俺の小賢しい提案に、ギルバはため息をつく。
心底呆れたような、そんな表情だ。
「”創造神の力”を使えるという、情報を与えるつもりか?」
「え……?」
「アドバンテージを自ら捨てるなど、愚かじゃのう……」
「うぅ……。分かったよ、歩くよ!」
メデバドやギルバが、神魔の気配を察知するように。
”アークエルト”もまた、こちらを感じとれるかもしれない。
もしも、創造神の力だとバレたら、武器を捨てるようなものだった。
「なんか、俺っていつもロリをつれて歩いてるような」
メデバド然り、ゴール然り、ギルバ然り。
ロリっ子を連れ、敵の所まで歩く……。
こんな事ばっかりだから、子連れと間違われるんだよなぁ。
「にっしっし……。童の姿は、お前にしか見えんのじゃ」
「あ、そういえば言ってたな。忘れてた」
俺には普通に見えてるし、会話できるので忘れていた。
というか、傍から見たら、今の俺って一人で話してる?
ダメだ、考えるのはやめよう。
「お、着いた」
話しながら歩いていると、あっという間にビルの前だった。
*
「やぁ、待っていたよ――――田中太郎」
ビルの屋上――そこに佇む、美しい青年が呟く。
茶色いコートに、耳にかかるくらいの茶髪。
手元には、読み終わったであろう哲学書があった。
「君が来る前に、
その言葉の通り、彼の足元には死体が転がっていた。
この世界において、既に優勝者は二人だけ。
青年――空蝉春草と、彼が呼んだ、田中太郎のみだ。
「君が天の座を目指すなら、もう――僕を殺す他にない」
それこそが狙い、それだけが悲願。
空蝉春草の言葉には、そんな思いが込められているようだった。
契約者を千人も殺すのは、あまりに遠い道のり。故にこそ。
「さぁ――君の”時間”を教えておくれ」
空蝉春草はそう言うと、契約紋を起動させる。
その手元には、細く美しい剣が一本。
持ち手から剣先まで白く、鍔の部分には時計が埋め込まれていた。
「お望み通り――”死”を教えてやるさ」
コツコツと、階段を登る音が響いている。
凄まじく、禍々しい黒い塵が周囲に広がっていく。
やって来た人物は、その平凡な容姿に似つかわしくない殺気を放っていた。
「お前を、殺しに来たぞ――――空蝉春草」
狂ったような笑みで、田中太郎はそう言った。
その眼には、契約紋が宿っており、既に戦闘態勢に入っている。
お互いに必要以上には、近寄らない。
「時ノ剣――”君は生れなかった”」
空蝉春草は、静かに、時ノ剣を振るう。
”時間”を斬るという、数多の優勝者たちを葬った力だ。
あの東条エンマでさえ、なす術がなかった反則的な一振り。
「君の”過去”を斬った。今の君は、直に消滅する」
両腕を広げながら、空蝉春草は笑いかける。
この世界の最強も、そんな程度なのか、と。
神の契約者とはいえ、所詮は自分には及ばないのだ。
「興ざめと言ったら失礼かな。でも、とても残――」
残念だ。そう言いかけて、空蝉春草は黙り込む。
手元の武器が――時ノ剣が、ボロボロと塵になっていくからだ。
僅か数秒で、砂とも分からぬ塵に変貌したソレを見て、呆然とする。
「なぁ――”死んだ力”の話をして、楽しいのか?」
田中太郎は静かに、だが笑いながらそう言った。
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