第91話 原初の灼聖者

「……吾輩わがはいの眠りを妨げるのは貴様か?」

「え、あ、うん」

「ふむ、見たこともない種族だな。というより、会話ができるのか」

「私の能力の一つで、この時代の言語を与えたからね。まぁ、日本語くらいなんだけどさ。私達は”人間”だよ。貴方達のことは灼聖者って呼んでる」


 蘇生に成功した。

 灼聖者という、私達人間の祖先にして――”初代”死ノ神の契約者。

 人型ではあるが、肌の色は赤黒く、両肩には蛇のような生き物が二体うねうねと動いている。尻尾みたいな物だろうか?

 何よりも、その左目には炎が宿っている。契約紋とは違う、別の何かが刻まれているらしい。


「一人称が吾輩って……なんか思ってたより貫録ないなぁ」

「なぬ……?」

「うーん、これはハズレっぽい」


 とても神魔戦争で恐れられた最強とは思えない。

 容姿こそ人間とは違うが、中身が残念過ぎる。まるで強者には見えなかった。


「吾輩を蘇生させたのか?」

「そうだよ。私は刻ノ名輪廻――生命神の契約者」

「ほう……。メデちゃんが言っていた奴か。優勝者以外に同格がいると」

「え?」


 この初代の言った”メデちゃん”とは、恐らく死ノ神のことだろう。

 つまり、生命神の存在を死ノ神は知っている?

 ……というか、メデちゃんって。


「死ノ神は生命神を知ってるんだ? 初参戦のはずなんだけどなぁ」

「いいや、具体的には知らんだろう。メデちゃんはテキトーだからな」

「でさ、手伝って欲しいことがあるんだよね」


 私がそう口にした瞬間――


「お前は、メデちゃんの敵なのか? 殺すぞ」

「……っ」


 まるで別人のように、凄まじい殺気だった。

 思わず契約紋を起動させてしまった。警戒した。私が反射的に恐怖する程だ。

 距離をとる。


「吾輩は天の座へ至り、願いを叶え、自分だけの世界を創り、寿命を終えて、眠ったというのに……。今更何を手伝えと? 何のメリットがある?」

「”今代”の死ノ神の契約者をどうにかしてほしい」

「…………」


 私の言葉を確かめるように、目を閉じて黙り込む”初代”。

 このままだと危険だ。最悪戦闘になるかもしれない。

 最初の印象とは真逆で、圧倒強者の風格を感じる。戦闘になると豹変するようだ。


「確かに、メデちゃんの気配がするな。あぁ可愛い。可愛いよメデちゃん! 直ぐに吾輩が向かいに行くからなっ! あの美しく可愛い骸骨姿をまた見せてくれっ!」

「ちょ、ちょっと。落ち着いて……」


 もうめちゃくちゃだ。

 思考回路が謎だった。とても私がコントロールできる存在じゃない。

 今は敵対しないことが重要だろう。


「利用するためとはいえ、蘇生には感謝しよう。メデちゃんを愛でる機会が再びあるとはな……。貴様の願いを叶えてやっても良い」

「本当? ならさ、今の死ノ神の契約者の力を測って欲しいんだよね」

「吾輩以外では、メデちゃんの力はあまり引き出せないであろう。相思相愛の吾輩ですら、三割程度であるからな」

「今代は半分くらいだって、ジェロさん……生命神が言ってたけど?」


 その私の言葉で、初代はまた黙った。

 周囲の総てが死に絶える。空気も、温度も、時間の流れすら。

 私でなければ既に死んでいるだろう。しかし、これは攻撃ではない。力の一旦を解き放っただけ。それだけで桁違い。


「ねぇ、私じゃなきゃ死んでるんだけど……」

「貴様ならばこの程度は問題あるまい。嘗ての神魔戦争ですら、そこそこであろう」

「私でそこそこか、やっぱ最初の神魔戦争ってヤバそうだね」


 初代の顔に憤怒の色が浮かぶ。

 その敵意は私でない誰か――恐らくは今代の死ノ神の契約者へ向けている。

 これはラッキーだ。都合が良い。


「勘違いするな。戦闘能力の話だ。過去の全てを蘇生し、率いる総力を鑑みれば貴様は規格外であろうよ……。吾輩を動かしているのがその証拠だ」


 そう、単一性能では弱い。

 けれど総力では最強に届きうる。それが生命神の契約者の戦い方なのだから。

 個人的に、この”初代”は本命じゃない。


「初代さん、あまりこの時代を侮らない方が良いよ? 油断しないようにね」

「……そうだな。メデちゃんが選ぶ存在だ。並ではあるまい」

 

 死ノ神が選んだ、か。

 どうにも私の印象と異なる。選んだのは契約者の方だとすら感じる。そんなレベルじゃない気がするのだ。

 あの時――攻撃を受けた時、ジェロさんには得体の知れない恐怖があったらしい。だからこそ、私は過去の全てで軍勢を作る決断をしたのだから。


「一応言っておくけど、初代さんの目を通して戦いは観察するよ?」

「構わんぞ? 吾輩が勝利し、メデちゃんを取り戻す勇姿を目に焼き付けるがよい」

「あー、うん。頑張ってね」


 目的が酷い。

 まるで恋人が寝取られたから奪い返すみたいな、そんな感覚で話している。


「さて、最後に一つ忠告だ」

「ん、なに?」


 初代さんが真剣な声色で、初めて私をちゃんと見ている。


「吾輩は、本命ではないのだろう? 小手調べに使うくらいだからな。だがな、その本命とやらに手を出すのは止めておけ。吾輩の勘はよく当たるのでな」

「今代の死ノ神の契約者を追い詰めた存在がいる。それを蘇生させるつもりだけど、何でダメなの?」

「ただの勘だ。吾輩とは利害が一致したが、?」


 何を言うのかと思えば……。笑ってしまう。


「それは有り得ないよ。蘇生の前に魂の残留思念と対話できるから。私だって警戒するよ、この町の惨状を見ればそれなりなのは分かるし」


 この何も無い町で、死ノ神の契約者と戦った誰か。恐らくは時ノ神の契約者。

 ソレが、そこそこ強いのは分かる。

 蘇生の前に残留思念と対話して、問題がなければ仲間にする。だから安全だ。


「だが、吾輩の時はいきなり蘇生したであろう?」

「だって思念すら残ってないからさ……。昔の存在すぎて」

「なるほどな」


 けど、初代さんはまだ納得できないような顔だった。

 この町を眺めて、首をひねっている。


「吾輩の直感が言っているのだ。とな。むしろ……メデちゃんはどうやって勝ったのか、不思議にすら感じる」

「は……?」

「いや、なに。こちらの話よ。輪廻とやら、貴様が死ねば吾輩はどうなる?」

「何もないよ。蘇生した時点で、私とは関わりないからね。そのまま活動できる」

「そうか……。ならば無駄な忠告であったな。忘れろ」

「えぇ」


 凄い自分勝手な理論だった。

 死ノ神の契約者って、こんな奴ばっかりなんだろうか?


「では、吾輩は行くぞ」

「いってらっしゃい」


 凄い速さで飛んでいく。身体能力も、人間とはかけ離れているらしい。

 本当に、死ノ神の居場所が分かるみたい。

 初代さんには期待しよう。できるだけ死ノ神の契約者の力を引き出して、情報を得られることを祈ってる。


「……忠告は、考慮するべきかな」


 あの初代さんが、あそこまで言うのだから最後にしよう。

 他の候補を全て蘇生してから、最後に本命を蘇生する。それなら、敵対されても他と組んで叩けば脅威じゃないはず。


「そもそも残留思念じゃ、意思疎通しかできないし……。真に受けすぎてもね」


 死んだ人間の意識なんかに、警戒する方が異常だ。

 所詮は敗者なのだから。

 この町で戦った誰かは、情報を持っている。戦力になる。それだけ。


「ね、ジェロさん」

「そうですな……。あの初代殿も、貴方の――

「ヒントはあげたけどね。勘が良い割には気が付かなかった」


 私が召喚するまでもなく、ジェロさんは自由意思でこちらに来れる。けど、ジェロさんの力を借りるまでもなく、勝てた。

 もしも初代が敵対しても、この場で勝ったのは私だ。


「太古の存在に、現代の言葉を与えた時点で、違和感くらい持てばいいのにね」

「……気がかりなのは、最初から最後まで一貫して――この町の”敗者”へ意識を向けていたことですな」

「眼中にないから、私の力を見落としたってこと?」

「考えすぎですな。既に敗れた存在を、我々以上に警戒するはずもない……」


 私は過去の存在を好いている。

 確かに成し遂げたことのある彼らを、尊敬すらしている。でも、敗者は別だ。

 過程は関係ない。結果が全て。勝てなかったなら、その程度でしかない。


「敗者の分際でさ、私より警戒されてたなら腹立たしいよね」

「勘違いでしょう」

「まぁいいや……。早く残りも蘇生しちゃおうか」


 私は怒りながらも、少しだけ楽しみに思う。残る花は三つ。

 二つは初代と同様に、最初の神魔戦争で強者だった存在を蘇生させるつもりだ。

 そして最後の一つは――その敗者に使う。


「話をするのが楽しみだよ」


 花に感謝と謝罪を伝えながら、私は力を起動させた――

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