第52話 創造神の契約者

「にっしっし……。前に戦った灼聖者リーベは――強かったぞ?」


 口元を小さな手で抑え、不気味な笑いを浮かべる少女。

 その姿は、裸に黒いレインコートのような、服とも言えない何かを着ている。

 ピンク色の瞳と、足元まである水色の長髪は、凡そ人間には見えない。


「……そう。創造神の契約者って、貴方なのね?」

「いかにも。神と契約し、始祖を従え、世界を救う”スーパー美少女”じゃ!」

「呆れた、それ……本気で言っていたのね……」


 創造神の契約者に問いかけるのは、古風な和服を着る女性。

 その左目には”Ⅲ”のマークが宿り、灼聖者である証。

 その表情には不快の色が表れており、目の前の少女を観察している。


「分かっとらんのう……。わらわのような人間でなければ、神など呼べないのじゃ」

「咲夜君の話じゃ、強いみたいだけど……楽しませてくれるのかしら?」


 神代刹那の言葉に、笑っていたギルバは真顔になる。

 先程までの気さくさや、可愛らしさはどこへやら。

 冷徹に、冷酷な瞳へと変化していく……。

 まるで――虫けらでも眺めるような、人を遥か高みから覗いている神の眼。


「まったく……。小娘め、勘違いするでないわ――

「――っ」


 殺気とも違う、ただ――道端の石でも蹴るように。

 その気になれば、いつでも消せる命だと。

 楽しませるのはお前だと、僅かな視線で思い知らされる迫力。


「このわらわに、大口を叩いた不敬……ゆるせるか――


 ギルバの両手から、五つの光が飛び出し輝く。

 その全ては――徐々にその姿を変え、人型の何かになった。

 現れた五体の神魔らしき者に共通しているのは、その恰好。

 軍服のような黒い衣装で統一されており、全員がギルバに片膝をついている。


「さて、小娘。お前――”始祖の神魔”を、何体相手にできる?」


 あまりの光景に、流石の神代刹那も言葉を失っていた。

 今のギルバの言葉は、死の宣告に等しい。

 五体の始祖を相手に――お前は戦えるのか、と。

 始祖の神魔など、本来であれば一体ですらも脅威……。


「冗談でしょう? 五体の神魔を、それも”始祖”が、人間に従うはずもない」

「お前のような、小物であればそうじゃのう」

「言ってくれるじゃない……。貴方の”起源”――貰うわ」


 そう――根源の灼聖者である彼女は、”人の起源”を武器にする。

 それ故に、契約者――つまりは人間に対して有利な能力だといえる。

 この少女が、強い人間であればあるだけ、得られる力も多いのだ。


「にっしっし……。言い忘れたが、童は”人”ではないぞ?」

「――ッ!」


 右手を見て、神代刹那は顔を歪める。

 武器として顕現しているはずのモノが、ないのだ。

 ”人間以外からは具象化できない”ことを除けば、失敗など有り得ない。

 つまり――言葉通り、目の前にいる少女は、人間ではないのだ。


「人じゃ、ない……? 一体それは――」


 言葉を言い切るよりも前に、に違和感を覚えたのだ。

 絶句してしまった、といったほうが正確か。

 その手には、神代刹那の見慣れた、使い慣れた武器が握られている。


「”起源”じゃったかのう? ほれ、再現してやったぞ」

「え……? それ、まさか……私の……」


 それはまるで――神代刹那の”起源”を具象化したかのような武器。

 いつも自分が他者から奪い使う、ソレが目の前にあるのだ。

 想像を超えた事態に、理解が追いつかず、混乱していた。


「なに、簡単なことじゃ。即興そっきょうで――お前の”能力を造った”だけのことよ」

「造った……? 私の、力を……?」


 神代刹那の表情は、絶望に染まっていく……。

 まったく理解の及ばない、想像の外。

 理解の範疇を凌駕する、圧倒的な理不尽。

 他者の――それも灼聖者である自分の能力を、容易くつくる化け物。


「信じられんか? 理解できぬか、”創造力”が足りんのじゃ」


 能力の一切が通用せず、相手は自由に能力を造り出せる。

 その上で、五体の始祖とこの化け物と戦う。

 どう考え得ても希望が見えないと、神代刹那は笑う。


「勝てる気がしない、なんて言葉、初めて実感したわ」


 神代刹那は、咲夜とゴールが病的に恐れていたことを思い出す。

 創造神の契約者を、いつも警戒し、畏怖していた。

 自分よりも強い二人が、何故そこまで気に掛けるのか理解できなかったのだ。


「失望させてくれるなよ、小娘。わらわの想像を超えてみせろ」


 過去に具象化した”起源”を握り、神代刹那は地面を駆ける。

 一度でも、具象化すれば、以後いつでも使用可能な力なのだ。

 武器だけでなく、その人間の歴史すらも獲得できる。

 どんな達人の技も、一瞬で手に入れて、強くなり続けてきた。


「ええ、楽しみましょう? やっと、殺し甲斐がいのある相手なんだもの!」


 一瞬で間合いを詰め、刀のような武器で首へ一閃。

 意外なことに、周りの神魔は全員が無反応で止める様子もない。

 達人の培った経験と、人間離れした運動能力。

 流石の始祖も、反応すらもできないのか、と。


「つまらんのう……。こんな攻撃、想像がつくじゃろう」

「っ! 嘘、でしょ? 傷一つない……?」

「言ったじゃろう。”想像を超えてみろ”、と」


 神代刹那が今まで獲得した、どんな経験にもない、底知れなさ。

 別の次元の――神様そのものを相手にしているような恐怖。

 武器を握る手は、カタカタと震えていた……。


――効果がないのじゃ。悪いのう」

「……そんなの……どうしろと言うの?」

「にっしっし……。どうにもならん、やれ――」


 ギルバの言葉を聞くと、それまで跪いていた始祖が動きだす。

 軍服姿の女性に見える一体から、天使のような六枚の羽が生える。

 人に擬態しているソレは――”始祖の天使”だった、ということだろう。


「ギルバ様、この人間はどう処理されますか?」

「くっ……。動け、ない……。これは何」


 神代刹那の首を背後から掴む神魔は、主に問いかける。

 始祖の天使の能力なのか、触れているだけで動きを封じられていた。

 

「殺す必要はない。ただ、奪え。お前の仕事じゃ」

「……御意。両手、両足、五感の全てを――封じます」

「――ッ!」


 始祖の天使の言葉に――神代刹那は恐怖で震える。

 彼女にとって、戦えないことは何よりも苦痛なのだ。

 戦いの末に死ぬこと、殺されることに、恐怖などない。


「お前の不敬は、今後――戦えない体で、で、許してやろう」

「申し訳ございません、ギルバ様。既に聴覚も封じました」

「にっしっし……。童も”創造力”が足りんか」


 灼聖者の中でも強者だったはずの神代刹那。

 その最後は、生きながらにして、殺され続けるような苦痛。

 赤子の手をひねるように――遊ばれ、潰されるだけだった。

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