第51話 最後の灼聖者

 この世の全てには――”起源きげん”が存在する。

 ある時は、争いの理由であったり。

 また、或いは”人間”そのものにすら確かに備わっている……。


「私はね、戦いが好き……争いを、愛しているわ」


 戦争も、友人との他愛ないケンカであっても。

 それが戦いであれば、そこに人間の”起源”は見え隠れする。

 信念だとか、願いだとか、そんなつまらない代物じゃない。


「人間の本質――そのとうとさは、こんな風に、戦いの中でしか味わえないもの」


 私の前に佇む契約者さんも、そこらに転がる無数の死体も。

 その全ては――戦いでしか、輝くことのない素敵な玩具。

 他の灼聖者とは違って、私は神魔に感謝している。

 私という規格外の殺戮者は、”人間”相手に負けることは


「契約者さん、神魔しんまって素敵よね……。そう思わない?」


 私が問いかけた相手は、二十代前半くらいの女性。

 金髪碧眼で、モデルのような綺麗なスタイル。

 その手には、契約紋が浮かび、契約者であることは明白めいはく


「……どうして、なんでこんな酷いことをするの?」


 私のといに答えることもなく、質問で返してきた。

 もしかしたら、少し天然さんなのかもしれない……。

 この子は一体、何が酷いと感じたのか。

 背後には、五天竜らしきドラゴンが守るように飛んでいる。


「私はただ、戦いを能堪たんのうしてるだけよ。

 せっかく敵がいるんですもの、殺さなくちゃ、それこそ酷いわ」


 私の言葉に怒りを感じてるのかもしれない。

 可愛らしい顔で、こちらを睨みつけている……。

 恐らく、彼女の中で、私の価値観は許容できないモノなのかも。


「私は――フェリシア・ルイ・スノウだよっ。貴方は?」


 自己紹介……? やっぱり、少し変な子……。

 よく、物語の世界では、戦う相手の名前を知ろうとする。

 私はいつもソレが疑問だった。

 どうせ直ぐに殺しちゃうのに、知るべきモノは


「素敵な名前ね。私もたまには、自己紹介、してみようかしら?」


 私は”力”を発動させ、少しの殺気を放つ。

 威嚇なんかじゃない、警戒してるわけでもない。

 ただ、私という存在を知ってもらうために、殺意は必要不可欠だったから。


「私は、神代刹那かみしろせつな根源こんげん灼聖者リーベ――有する時数字は”Ⅲ”」


 人を形作るのは”起源”であり、変えることのできない本質が”根源”。

 その人間の歩んだ歴史である”起源”の具象化。

 その人間の生まれた色である”根源”の獲得。


「私はね――人間の”起源”を、

「……意味がわからないよ。ドラちゃん、攻撃してっ!」


 五天竜の一体である、最古の竜エンシェントドラゴンが咆哮をあげた。

 きっと、神魔の中でもそこそこは強い部類のはず。

 けれど、私は簡単に殺してしまわないよう、慎重に力を使う。


「あら、防御性能に特化してるのは珍しい。フフ、丁度いいけど」


 私は――彼女へ、彼女の心に手を伸ばす。

 深層に眠る、フェリシア・ルイ・スノウという歴史を掴む。

 歪な形をした何か、ソレを私の武器としてイメージする。


「貴方の”起源”は防御ね……。守るモノが多い人生だったのかしら?」

「え……? 何、それは……武器、なの」


 私が右手に握るソレを見て、彼女は言葉が出ないらしい。

 白く、Uの字形で中心部に取っ手のような部位がある。

 さらに、外側からは紫の光が巡っていて、凡そ武器とは形容しがたい物。


「あら、不気味に感じる? これ、?」

「――ッ! ドラちゃん戻って!」

「遅い。私を守るこの武器は――貴方の歴史、貴方の心」


 私の具象化した”起源”に、五天竜が勢いよく衝突する。

 その防御性能から、私には一切のダメージはない。

 そして――コレを傷つけ、壊すことは自分を破壊することと同義。


「ぐ……ぅ。あぁ、ううぐぅ……」


 たった一撃で、随分と苦しそうに地面に片膝をつく。

 他愛ない、つまらない、退屈な人。

 五天竜の契約者も、所詮はこんな程度なのかしら?

 そういえば、この子なら知っているかもしれない。


「ねぇ、ゴールちゃんが気に入っている子ってどこ?」

「……な、にぃを言って……」


 そう――私がこの侵攻で今、最も楽しみにしていることがある。

 それは、ゴールちゃんが裏切った理由に出合うこと。

 咲夜君は、確かに迎えに行くと言っていた。

 にも拘らず、恐らくは返り討ちにあって、殺された。


「貴方の記録を辿ると……。ダメね、今ので少し壊れてしまったみたい」

「ま……さか、タロウの、こと……?」

「良かった、まだ覚えていたのね? 案内してくれたら、見逃してあげてもいいわ」


 ゴールちゃんの強さは別格。私が唯一勝てない灼聖者。

 そんなあの子が、裏切ってまで、戦うべきではないと考えた。

 この町には――私を楽しませてくれる契約者がいる。


「さぁ――教えて、きっと心躍るような戦いが……」


 ……私が言葉を言い切る前に、何か前方から気配を感じた。

 今まで出会った契約者とは格が違う、何か。

 もしかしたら彼女の記録にいた、田中太郎君かしら?


「……違う。誰、貴方……?」


 周囲の瓦礫がれき木端微塵こっぱみじんにはじけ飛び、人影が見えてくる。

 まだ幼い少女、しかしその容姿は絶世の美しさを放つ。

 ピンク色の瞳に、裸の上からレインコートを着てるだけの恰好。

 足元まである水色の長髪は、凡そ人間離れした存在感を持っていた。


「ん、なんだお前。わらわの散歩を邪魔するな」


 ……動けない。私が恐怖を感じている?

 いや、そんなはずがない。戦いを愛する私が敵を恐れるなんて有り得ない。

 けど、直感的にわかる。強さの次元が違う。

 無数の戦場で殺して、磨いてきた感覚が、逃げろと訴える。


「あ、そうだ。お前、始祖の吸血鬼を知らんかのう?」

「……知らない。私は貴方を知りたいわ」


 私の言葉に、にっしっしと、独特の笑い方してこちらを見る。

 こうして相対していても、人間と対峙していると感じない……。

 異質すぎる存在感。人間でも神魔でもない不気味な雰囲気。


わらわは――”スーパー美少女”ギルバじゃ。よろしくのう?」

「……私、つまらない冗談って嫌いなの」

「お前の反応も大概つまらんのじゃ。言葉遊びにも、”創造性”は大事じゃぞ?」


 私は問答無用で、フェリシア・ルイ・スノウの”起源”で殴りつける。

 重量、硬さなど、能力と形以外の全てが調整可能な武器。

 契約者でも、人間ならただではすまないはず……。


「工夫を感じないのう……。つまらん、”創造力”が足りん」


 ……やっぱり、この少女は強い。

 平然と片手で受け止めている、人間なら簡単に絶命する威力なのに……。

 この私が、あしらわれている……。遊ばれている!

 屈辱ね、それは強者の特権であり、私だけの景色であるべきモノ。


「ふむ、”創造神の契約者”であるわらわの相手には――ちと


 自身よりも遥か弱者を眺めて、少女はニヤリと笑った。

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