第50話 始祖の吸血鬼VS虚空の灼聖者

「そうか、お前が最後の始祖か……。探し物が、自ら来るとはな」


 俺様の前に立つ神魔は――始祖の吸血鬼。

 どうやら、契約者の肉体を借りて戦っているらしい……。

 だが妙だ、本来であればこの町の契約者は、全滅していてもおかしくはない。


のことを知っているのかい?」

「知っている……。創造神に挑むために、力を蓄えていると聞いたぞ?」


 コイツがいて何故、この町は平和でいられた……?

 こうして相対しているだけでも、異様な強さを感じる。

 俺様でも、気を抜けば命取りな相手だろう……。


「残念だが、今のは――

「……何?」


 それは一体どういうことだ、と。

 俺様がそう質問しようとすると、暴走していた化け物が咆哮をあげる。


「グギャアアアアア!」


 東条エンマ、もはや人間としての面影はないな……。

 無差別に辺りに光線を放ち、破壊の限りを尽くしている……。

 だがどうする? この化け物と始祖まで相手にする余裕はない。


「案ずる必要はないさ。解放リベレイト――”伝承の女王”」


 なんだ……? 周囲に赤色の光が広がり、始祖の吸血鬼が何かを掴む。

 暴走状態だった東条エンマは、一瞬にして姿が元に戻った。

 空から落ちてきた東条エンマを始祖の吸血鬼が抱き留める。

 あの化け物をいとも簡単に止めてみせるとは、流石は始祖か。


「何をした……? いや、何故助けた?」

「フフ、余が救ったのは東条エンマであって、君ではないよ」


 俺様にとって、最も脅威だったのはあの化け物だ。

 それを止めたのは、本来であれば悪手。

 しかし、東条エンマは殺すことを嫌っていた。

 それを阻止するために――奴の信念のためだけに、止めたとでも言うのか?


「何より――これで、。君の血も、貰うとしよう」

「――ッ!」


 ……なんという迫力だ。この俺様が、怯まされるとはな。

 始祖の中でも唯一、コイツだけがギルバの手から逃れている。

 最後の始祖であるこのブラッドの回収も、俺様の目的の一つだ。


「流石、というべきか。これは……俺様も分が悪そうだ」


 俺様でも歯が立たないようなら、咲夜に頼るしかない。

 しかし、咲夜は現在、フェリシア邸にいたあの男と戦っている。

 あのゴールが味方をした奴だ、かなり危険な相手だろう……。


「魔王サタン。貴殿の力を――借りるとしよう」


 なんだ、これは……?

 目の前には、冗談のような光景が広がっている。

 始祖の吸血鬼は、両手に”黒”と”碧”の炎を宿し、俺様を見て笑っていた。

 これは――これではまるで、東条エンマだ。


「何故だ、どうやってその力を使っている……?」

「同じだと思うのかい? 君が相手にしているのは”始祖”だと忘れているよ」


 始祖の吸血鬼がそう言うと同時に、黒炎が俺様を覆う。

 速い、使い方も威力も東条エンマを超えているのか?

 だが、俺様の能力ならば消し去ることが可能だ。


「甘いぞ、始祖の吸血鬼。俺様には、その程度では通用しない」


 俺様を――虚空こくう灼聖者リーベを舐めるなよ、始祖!

 全てを”無に還す”虚空の力を使い、球体を出現させ奴の攻撃を消す。

 それと同時に、始祖の吸血鬼はニヤリと不気味に笑う。


「ああ――知っているとも。君が、使待っていただけさ」


 俺様の球体が、奴の手のひらへ、円を描くように吸い込まれる。

 小さな飴玉くらいになったソレを、口へ運ぶ……。

 何が起こっている? いや、そもそも何故、奴は東条エンマの力を使えた?

 致命的なミスを犯したような悪寒が、全身を襲う。


は――形のある”異能”を食らう。君の力は便利だね、感謝するよ」


 馬鹿な、異能を食らうだと……?

 だとすれば、俺様がコイツに勝つ手段はない……。

 吸血鬼はその特性から――超速再生を有している。

 つまり、物理的な攻撃では致命傷にはならない、そして


「クソが、俺様では勝てない……か。咲夜! 聞こえるか!」


 灼聖者のリーダーであり、最強の男へ助けを求める。

 ”共有”を司る咲夜は、常にこちらを把握しているはずだ。

 さらに位置を一瞬で共有できる、つまり、ここへ来れる!


「……反応が、ない? 咲夜! 聞こえないのか……!?」


 何故だ。アイツは俺様を見捨てるような男ではない。

 つまり、こちらを見る余裕などない程の相手だということか……。

 いや、仮にそうだとしても、一言くらいはあるはずだ……。


「仲間を呼んで、に勝てると思っているのかい?」


 確かに、コイツに六人も仲間の灼聖者は敗北した。

 そして――このままでは、俺様も間違いなく殺されるだろう……。

 だが、咲夜なら話は別だ。時数字が三より上の奴は別格の強さを誇る。


咲夜さくやは強い。俺様達のリーダーであり、最強の男だ!」

「フフ、なるほど……。恐らく、”死神”に――出合っているね」


 死神だと……? この始祖ですら、そこまで恐れる何かがいるのか?

 この町は異常だ。元々は五天竜と元素の天使を潰すために来た。

 だが、実際はどうだ? 魔王サタンに始祖の吸血鬼。

 神魔の中でも屈指の強さを持つ存在ばかりで、灼聖者は返り討ちにあっている。


「……まだ、何かいるとでも言うのか?」

「ああ、失礼。今の言葉は比喩ひゆではないよ。――”死神”さ」


 まさか、そんなことが……。

 参加しているとでもいうのか、神魔しんまの頂点が、あの死ノ神が。

 まるで――全てのピースが繋がり、パズルが解けたような感覚だ。


「あり、えない……。神魔戦争に死ノ神が? 人間が呼べるはずが……」


 この化け物じみた始祖がいて、この町が平穏だった理由。

 奇跡の灼聖者であるゴールが裏切った理由……。

 最強の灼聖者である咲夜が音信不通な理由。


「咲夜は……負けた、のか。殺された? 死んだのか……?」


 直感が訴えている、これが事実であり現実だと。

 だが、到底信じられない。あの咲夜が、敗北したなど……。

 受け入れたくなどない……。

 これまで共に戦い、あの男の背中についてきた。


、疑うべきだったか……」


 乾いた笑いがこみ上げてくる。

 俺様の中の大事な何かが折れた、そう感じる……。

 もはや、俺様を含めた灼聖者に勝ち目などない、可能性は皆無だ。

 この侵攻で敗北したのは人間だ、もう神魔から人を救うことは叶わない。


「死ノ神だと、ふざけるなっ! クソが、くそっ……」


 たとえ、この始祖の吸血鬼や魔王サタンを殺しても意味などない。

 五天竜も元素の天使も関係ない。

 死ノ神――たった一つの存在だけで、


藤原勘助ふじわらかんすけ、お前は――この事実を知って消されたのか……」

 

 創造神の契約者は、始祖を回収し、配下にしていると聞く。

 せめて、コイツだけは、始祖の吸血鬼だけは俺様が殺す!

 俺様がギルバに一矢報いるためには――それしかない!


「俺様はここまでか。構わん、俺様と共に――死んでもらうぞ始祖の吸血鬼!」


 決死の覚悟で、俺様は力を解き放つ。

 虚空の力には必ず制限をかけているのだ。

 自分自身を巻き込む可能性を考慮していたが、もう必要はない……。


「貴殿の覚悟には敬意を――だが、余に


 俺様と全く同じ――いや、それ以上の力で消し去っている?

 そうか――”異能を食らう”とは、そういうことか……。

 異能の無効化ではなく、奪い取り、自身を強化していたと?


「ハッハハ。これはダメか、すまんな咲夜……」


 自分の力で殺されるとは、笑えない。

 まるで勝てる気がしない。あまりにも強すぎる……。

 俺様の体も――意識も、全てが無へ還っていく……。


「俺様は――お前みたいに、なりたかっ……た」


 走馬灯のように、薄れていく意識の中で、手を伸ばす。

 この力で消えれば、誰の記憶にも残らない。

 なかったことになる、完全なる”無”それが虚空の力。


「咲夜……。今、そっちに行く。次は……うま、く、やろうぜ」


 俺様が最後に見た景色は――夜の月に照らされた、吸血鬼の姿だった。

 

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