第60話 ギルバVS田中太郎

「ほう……。只者ではない、と思ってはいたがのう」


 まだ幼い少女が嬉しそうに呟いた。

 黒いレインコートのような服を、裸の上から着ているだけ。

 ピンクの瞳に、足元まである水色の美しい髪。

 その姿は、凡そ人間とはかけ離れた異質感を放っている。


「ゴールを連れて、俺は帰るぞ」


 少女とは対照的に、その男は何処までも平凡。

 普通を絵に描いたような青年で、強さを感じさせない。

 景色でも眺めるように――神格の少女を傍観している。


「にっしっし……。逃がすと思っておるのか?」


 創造神の契約者――ギルバ。

 彼女が逃がさないと言えば、本来は抗う術などない。

 どんな神魔であれ、支配下にあり、その契約者も然り。


「お前に――――?」


 瞬間――青年の気配が変化する。

 冷酷で冷徹な視線。障害物があるから壊そう。

 そんな遥か上から眺めるような、殺気とも言えぬ威圧。


わらわを相手に大口を叩いたな? 良いぞ――教えてやろう」


 少女――ギルバからすれば、青年の言葉は侮辱だろう。

 お前は障害物程度にはなれるのか、と。

 よりにもよって、神そのものである自身に向けられた。

 ならば、格の差を教えるだけ。


「これを防げるかのう? いな――ソレを守れるか?」


 青色の光が再びギルバの手に集まり、攻撃態勢に入る。

 青年――田中太郎は、ゴールを守らねばならない。

 これは純粋な戦闘ではなく、圧倒的にギルバが有利なのだ。

 一対一で挑め、そんな足手まといは捨て置け、と。


「何の話だ? 防ぐも何も――

「……っ」


 ギルバは驚愕に目を見開く。

 彼女が行使するはずだったソレは、かつて、空蝉うつせみですら防げなかった攻撃。

 未来からの攻撃を防ぐ、仮にそれだけなら驚きはしないだろう。


「これ、は……。お前――何者じゃ?」


 もはや、余裕などギルバの表情からは消えている……。

 発動より先に消された。その事実が信じられない、と。

 それはつまり――あらゆる未来で、殺されていることに他ならない。


「言ったろ、お前と同じだぞ。同じ――


 淡々とした青年の言葉に、ギルバは冷や汗が止まらない。

 優勝者だと彼は言ったのだ。そして――ギルバと同じだとも。

 答えは一つしかない。神魔の頂点――死ノ神の契約者。


「そうか……。やはり、貴様が空蝉の言っていた……」


 ギルバは最初から手は抜いていない。

 戦闘が始まったその瞬間から――支配を始めていた。

 しかし、一切の効果と影響がない。それどころか、力を封殺される始末。


「奴め……。コレをたおせだと? 貴様よりも上だろう!」


 ギルバは激昂する。ふざけるな、相手を選べ、と。

 空蝉の呪縛から逃れるにはコレを殺すしかない。

 しかし――その相手が空蝉よりも強いとは、どういう了見か。


「降参なら早くしろよ。じゃなきゃ――


 瞬間――青年から溢れ出る、瘴気とすら思える殺気。

 禍々しい死の息吹は、見ているだけで死を錯覚させる。

 逃げろ、戦うな、コレには勝てないと。本能が警戒を鳴らす。


「なんじゃ……これは……。力が計れぬ、これでは防げな――」

 

 そう――本来、ギルバは想定外の攻撃でしか倒せない。

 しかし、知らないモノ、理解不能な超位の力に、なす術がないのだ。

 何処までも理不尽な力。”測れないから防げない”。


「うっ……ぐ。おのれ、舐めてくれるな!」


 様々な能力を駆使して、試行錯誤。

 迫りくる死の力に――効果があるであろう異能を試す。

 しかし――どんな力を発動させても、瞬時に殺される。


「童が逃げるしかないか、とんでもないのう……」


 ギルバは悟った。コイツはアレと同格なのだと。

 時ノ神アークエルトと同様に、今の自分では直視することすら叶わない。

 青年の背中におぶられている黒いドレスの少女。

 アレこそが死ノ神――ギ・メデバドであると。


「正面からでは勝機はない……。契約紋を狙うしかないのう」


 これだけが唯一の可能性であり、勝機。

 例え神の契約者でも、契約紋を破壊されれば終わりだ。

 幸いにも、目という目立つ場所に施されている。


「弱点がそれしかない、か。まったく……化け物じゃ」


 瞬間移動で青年の懐に入り、契約紋を目掛けて攻撃を仕掛ける。

 ――そのはずだった。ギルバの体はピクリとも動かない。

 伸ばしていた腕から朽ちて、砂とも分からぬ塵になっていく……。


「契約紋は確かに弱点だぞ。だから――


 動きを殺す。距離を殺す。威力を殺す。戦意すらも殺される。

 戦うことを誰が赦した、おとなしく死ねと。

 死という終わりに向かうこと、それ以外の可能性は根こそぎ殺される。


「にっしっし……。降参じゃ。今の童では抵抗すらできん」


 言葉通り、ギルバは両手をあげて、降伏する。

 その腕も大半が骨から塵に変わっていく……。

 あと少しでも遅ければ、間違いなく死んでいただろう。


「ん、そうか。じゃあ帰る」


 あっけなく、簡単に青年はそう言った。

 あまりに拍子抜けするような返事に、ギルバは思わず笑う。

 お前などいつでも殺せると、眼中にないのだ。


「田中太郎! よいのか、次は――?」


 負け惜しみでもなく、ただの事実として。

 始祖を全て回収し、完全となった彼女ならば話は違うのだと。


「お前に言われたこと、考えたんだけどさ」

「はて……? なんの話じゃ?」


 青年は真剣な顔つきで、ギルバを見つめて言った――


「性欲取り戻した時の筆おろし。お前でいいや」




 



 

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