第61話 回収開始

「……貴様、そんな理由で、わらわを見逃すつもりか?」


 開いた口が塞がらないとはこのことか……。

 何を言われたのか、一瞬理解できなかったのじゃ。

 しかし、本当にそれだけなのだろう。信じられん……。


「お前が俺の邪魔をしないなら、殺す気はないぞ」


 空蝉のように上からほくそ笑むのではなく。

 ただ事実として差がありすぎる。

 力、何処までも圧倒的な強さ。こちらを馬鹿にする必要すらない怪物。

 この男、田中太郎は掛け値なしの化け物じゃ……。


「にっしっし……。言っておくが、いずれ邪魔はするのじゃ」

「そうか、その時に俺が勝ったら……」

「ふむ、筆おろしの相手でも、好きにすればよい」


 始祖の吸血鬼を回収し、世界と融合すれば……。

 この男や空蝉とも戦えるはずじゃ。

 そこまでして漸く、勝てるかどうか。やはり桁が違う。


「次は――童が勝つ。それまでは、そちらこそ邪魔するでないぞ?」

「俺はこう見えても忙しいぞ」


 田中太郎はギャルゲがどうのと独り言を呟いている。

 意味はよく分からんが、ろくでもない内容なのは間違いない。

 ふざけた男、しかし空蝉よりは好感が持てる奴じゃ。


「行ったか……。お前達、いつまで怯えている?」


 金色の灼聖者を連れ、田中太郎は帰った。

 周囲で息をひそめていた部下達に声を掛ける。

 無理もない、むしろ褒め称えるべきじゃろう……。


「ギルバ様、ソーリーです……。我々では足手まといと判断しました」

「よい。事実、童を含めて秒殺され兼ねない男じゃ」


 始祖の天使――アワイが悔しそうに首を垂れる。

 次々に黑の親衛隊が集い、全員が膝をつく。

 無様に敗北した童に、変わらず忠誠を尽くすつもりらしい。


「これより、始祖の吸血鬼――ブラッドを回収に向かう」


 田中太郎は一度ブラッドを殺したと言っていた。

 しかし、間違いなく生きている……。

 業腹だが、空蝉が巻き戻したとしか思えん……。



「痛ってぇ……。たっく、怪我だらけだぜ」

「魔王化の影響だな、エンマよ」


 虚空の灼聖者との戦いで、俺は――魔王化を使った。

 そこから先の記憶は一切ない……。

 どうなってんだ? 周囲は瓦礫一つなく平和だ。


「なんで町が元に戻ってる? いや、虚空の灼聖者は?」


 サタンのおっちゃんに問い詰めようと口を開く。

 相手は強敵だった。

 魔王化したとはいえ、この程度ですむとは思えない。


「死んだとも。久しいね、東条エンマ」


 聞いたことのある声が響き、思わず震える。

 振り返ると、そこには――始祖の吸血鬼が立っていた。

 赤いドレスに深紅の瞳、口元の牙。そして、この迫力。


「お前、生きてた……のか?」

「余は死んだよ……。だが、今は生きている」


 相変わらず回りくどい喋り方をする奴だぜ……。

 何がなんだか分からない。

 俺が始祖の吸血鬼と話していると、もう一人誰かが走ってきた。


「アンタ、目覚めたのね……。心配させんじゃないわよ!」


 フリフリとしたメイド服に、ツインテールで紅色の赤い髪。

 左目には”Ⅵ”のマークがあり、涙目でこちらを睨んでいる。

 魂操の灼聖者――マルカ・クラウスス。


「マルカも無事だったか、良かったぜ」

「はぁ……。アンタ、少しは自分の心配をしなさいよ」

「俺の心配はマルカに任せる。これからは仲間なんだろ?」

「ホント馬鹿ね。嫌いじゃないけど……」


 始祖の吸血鬼は俺とマルカを見て、何か言いたげだ。

 少し考える仕種をすると、言った。


「貴殿らの力を――に貸してはくれないか?」

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