第62話 始祖の悪魔VS憤怒の魔王

 皆が主役なのだと、誰かが言った。

 成長すれば、そんな言葉を誰もが忘れていく……。

 物語の主人公みたいな英雄は、必要とされていない。


「それでも、俺は……」


 英雄が不要になったわけじゃない……。

 ただ、諦めただけだ。誰も助けてくれないし、救えないって。

 本当の意味で、英雄なんて不要な世界にしてみせる。


「そのための力だ。……そうだよな?」

「バカ者が……。エンマよ、総ては救えんぞ?」


 サタンのおっちゃんは優しい。

 憎まれ口を言っても、結局は力を貸して助けてくれる。

 今回も同じだ。神魔だろうと手が届くなら――


「……いいぜ。一体、何と戦うつもりなんだ?」


 始祖の吸血鬼に俺は問いかける。

 嘗ては敵だった奴、それでも――助けを求められたら救ってみせる。

 以前に遭遇した時とは違い、彼女は何処か諦めているような雰囲気だ。


「助力、感謝するよ。相手は――創造神の契約者」


 確かに、前も創造神を討つために契約者を殺していた。

 けど、道半ばで失敗に終わったはずだ。

 理由までは分からないが、何かに敗北したんだろう……。


「エンマよ、止めておけ。相手が悪すぎる」

「……サタンのおっちゃん、俺は戦うぜ」

「お前はアレを知らんのだ。根性でどうにかなる相手ではない」


 どうやら、サタンのおっちゃんは反対らしい……。

 いつものことだ。俺は代償で妥協ができないし、する気もない。

 例え相手が俺より強くても、全力で守り抜く。


「そうね……。契約者のアンタじゃまず負ける」


 これまで黙って聞いていた、マルカ・クラウススが口を開く。

 始祖と灼聖者だからこそ戦える。契約者では勝てない、か。

 なら、どうして始祖の吸血鬼は俺を頼る?


「俺には何か役目があるんだろ? 言ってくれ」


 俺の疑問に、始祖の吸血鬼はニヤリと笑う。

 そして、当たり前のように恐ろしい言葉を口にした。


「始祖を五体、君達に――

「は……?」


 一瞬、思考が停止する。冗談みたいな台詞だった。

 目の前のコイツと同格の神魔を五体……?

 無茶苦茶にも程があるぜ……。



「臭うぜェ……。俺が右で、てめぇが左だ。文句は?」


 鋭い眼光で、男が隣の仲間を睨みつける。

 黒い軍服を纏い、深紅の瞳に肩まである黒い髪。

 分岐している道を前に、不気味に笑っていた。


「……ノープロブレムです。お互い、ハッスルしましょう」


 応えた女性は、同じく黒い軍服に身を包んでいた。

 腰まである銀色の髪と、白い瞳で、その姿は美しい。

 背丈は中学生くらいで、まだあどけなさを感じさせる……。


「さて――どっちが当たりだろうなァ?」

「……どちらも違う可能性があります」

「はっ、俺は別にどっちでも構わねェ。


 男――始祖の悪魔は笑みを絶やさない。

 嬉しくてしょうがない、そんな表情で進む足は速い。


「いやがるなァ、おいッ! 悪魔の臭いがプンプンするぜェ?」


 始祖の天使と別れ、尋常ではない速さで走っていく。

 この男にとって、もはやブラッドなど眼中になかった。

 それは彼が戦う理由であり、斃すべき敵に他ならない。


「よォ……。俺は、始祖の悪魔――ディアボロスだ」


 男の前に佇む人影、二本の短剣を握る青年へ名乗る。

 健康的な肉体に白いシャツで、元気な学生を思わせる姿。

 しかし、胸元の契約紋を見れば、契約者なのは一目瞭然だった。


「俺は東条エンマ。魔王サタンの契約者だぜ!」

「そうかい……。なら、まぁ……死ねやァ!」


 その言葉を聞いた瞬間――ディアボロスは、東条エンマを殴りつけた。

 夜の公園で吹っ飛ばされ、勢いよく転がっていく。

 肉体が形を保っていることが、奇跡ともいえる一撃だった。


「パチモン風情が……。悪魔の始祖は俺だ、お前じゃねんだよォ!」


 自身こそが悪魔の祖であり、断じて魔王サタンではない、と。

 それを証明すること、正面から討ち果たすことこそが悲願。

 彼がこちらの道を選んだのは、このため。


「始祖の割には、ショボいパンチだったぜ」

「ガキが、手加減したに決まってるだろうが……」


 そして――当然のように立ち上がる青年に、驚きもしていない。

 この青年が、ただの契約者であったなら。

 既に一撃で終わっていただろう。しかし、彼に限っては有り得ない。


「俺は強いぜ、優勝者シードだからな! 解放リベレイト――”堕天だてん粛清剣しゅくせいけん”」


 いつの間にか、二本の短剣は一振りの片手剣へと変化している。

 碧色の炎が剣を廻り、循環している……。

 防御に秀でており、彼の扱う力の一つ。


「……それで威力を弱めたか。ハッハハ、やるじゃねェかァ!」


 お互いに力量を把握すると、動きを止め相手を見た。

 何故だろうかと、ディアボロスは考える。

 彼は魔王サタンを殺したい、だから戦う。

 では――東条エンマは? 始祖と戦うなど、リスクはあっても得は皆無だ。


「お前、なんで俺と戦ってんだァ?」


 優勝者の神魔に選ばれた人間は、良くも悪くも普通ではない。

 主であるギルバは異次元だとしても、大抵は狂っているのだ。

 故に、この青年――東条エンマとて例外ではないはずだ、と。


「守るため……。戦う理由は――


 ディアボロスは、馬鹿にするでも、笑うでもなく真顔だった。

 ため息をつくと、髪を掻き上げる。


「おいおい……。悪魔の力を借りて人助けだァ?」


 瞬間――ディアボロスから赤いオーラが放出する。

 雰囲気は一変し、これが始祖の本気なのだと。

 東条エンマは冷や汗が止まらない……。


「随分と素敵な馬鹿野郎じゃねェか。いいぜ、本気で殺してやるよ」

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