第63話 氷結の雪女

「”悪よこおれ”――貴方は、私の前に立つ価値もありませんよ」


 神魔も人も関係なく、弱きを救い、悪を裁く。

 それが私――白波瀬しらはせ 冷花れいかの在り方で、戦う理由。

 天の座なんてモノのには興味がない。


「貴方は始祖でしょう? 何を企んでいるんです?」


 私は問いかける。

 夜道を歩いていたら、唐突に攻撃を受けた。

 この神魔には、契約者がいない。

 それに服装が組織的で、どうにも指示をうけていた様子です。


「やべ~。こりゃ、ギルバ様に怒られるかもぉ~」


 始祖の妖精――本来なら、上位の存在であり強者。

 恐らく、襲われたのが私でなければ、死んでいたでしょう。

 話を聞いていると、人違いで攻撃をしかけてきたようです。


「殺すつもりで襲ったんですから、文句はありませんね?」

「待って~! 死にたくないよぉ~」

「慈悲はありません。私、降りかかる火の粉は凍らせる主義なので」


 契約紋を起動させ、バタバタと足掻く始祖を凍らせていく。

 概念ごと凍らせ、あらゆる異能を封印する力。

 どんなに強い神魔でも、一度捕まれば逃れる手段はない。


「ギルバ様の元に還るのヤダ~! 絶対、怒れるもん……」


 子供のように涙目で私を見つめてくる……。

 というよりも、幼稚園児くらいの背丈で言動も子供っぽい。

 黒い軍服を着ているけど、全然似合ってないです。


「誰です、それ? 全部話せば、助けてもいいですよ?」

「ほ、本当……? 話すからこの氷どうにかしてぇ~」


 何だか調子の狂う神魔ですね……。

 話が下手で、要領を得ないですが、凡そは理解しました。

 どうやら、”ギルバ様”なる人物が首領であり、始祖を束ねているのだとか。


「はぁ……。私を、その最後の始祖だとかと勘違いしたわけですね?」

「うん。だって……ブラッドの今の姿とか知らないもん!」

「……私に逆ギレしないでくださいよ」


 いつものことですが、厄介ごとのようです……。

 ギルバ様とやらが悪巧みしているなら、私が止める。

 私が救う、私が英雄なんて要らない世界に。


「他の始祖は何処ですか?」


 どうやら、五体の始祖が散らばって行動しているらしい。

 始祖の吸血鬼を巡って、今この町で戦いが起きている?

 ともかく、始祖を止めるのが先決でしょう……。


「近い所だと~公園? ディア君が戦ってるかも」

「……ディアボロスですか。確か、始祖の悪魔でしたね?」

「よく知ってるね~。でも、邪魔はしないほうがいいと思う」


 先程までとは違い、真剣な声で警告してくる。

 それは、悪魔の戦いを邪魔するな、という意味なのか。

 それとも――


「ギルバ様の邪魔をしたら――?」

「私、貴方には本気出してません」


 始祖を束ねるなんて芸当、間違いなく優勝者シードでしょう。

 恐らく、今まで戦ってきた相手とは格が違う。

 ですが、私は強い。神様が相手でもない限り、敗北なんて有り得ません。


「私、結構強いですよ。なにせ――


 この神魔の主と同格だと告げても、表情に変化がない。

 ただ、可哀想なモノを見るような、憐れんだ視線があるだけ。


「そうですか……。そのギルバ様が上だと、思っているのですね?」

「強さとかじゃないよ~。私達じゃ絶対に勝てない」

「ふふ、面白いじゃないですか。自分で確かめます、案内してください」




「おいおい……。ガッカリさせんなよ、ガキ」


 始祖の悪魔――ディアボロスが夜の公園で呟く。

 周囲は悲惨なもので、壊れたブランコが転がっている。

 地面に伏している青年を、その鋭い眼光で睨みつけた。


「サタンのおっちゃん……。コイツの能力、何なんだ?」

「エンマよ、恐らくだが奴の力はカウンターだ」

「反射みたいなもんか? 厄介だぜ」


 東条エンマは額の汗を拭い、考える。

 敵の力量を見誤り、有体に言えばピンチだった。

 最初こそ奮闘していたものの、次第に攻撃が効かなくなったのだ。


「反射だァ? そんな安物ちゃちじゃねェよ。耐性ってやつさ」


 そう――反射なんて生易しい力ではなかった。

 攻撃を受ければ、耐性を獲得し、倍の威力で攻撃が可能になる。

 戦えば戦う程に強くなり続ける。一撃で仕留める他に斃す手段がない。


「お前が俺を殴ったら、倍の威力で殴り返せる。

 一度受けた攻撃は一切効果がない。とまぁ、そんなとこかァ?」


 懇切丁寧に能力を説明するディアボロス。

 この程度では、自分は語れないと。

 本来の強さはこの能力とは別にあるのだと。


「俺はよォ……悪魔の祖だぜ? 忘れてねぇか、パチモン魔王」


 瞬間――ディアボロスの姿は消え、煙となって周囲に溶け込む。

 始祖の神魔は原則として、自身に連なる神魔の力を行使可能なのだ。

 つまり、全ての悪魔の能力を使うことができるのだと。


「幻影の悪魔の力さ。偽物のお前にはできねェよなァ?」


 サタンは、元は堕天使であり魔王。

 故に――生粋の悪魔ではなく、王ではあっても祖ではないのだ。

 しかし、ディアボロスもまた、サタンの能力だけは使えない。


「”憤怒ふんぬ魔剣まけん”――周囲を焼き払えば関係ねぇ!」


 概念ごと燃やし尽くす黒い炎が、片手剣から放たれる。

 幻覚で姿を隠そうとも、この力の前では無意味。

 彼は、魔王サタンの契約者であり強者。


「お前の耐性と、俺の魔剣。


 概念を燃やす魔王の力。耐性を獲得した始祖の力。

 真っ向からぶつけてやると、東条エンマは宣言する。


「お前、やっぱり馬鹿だろ。効かねぇってんだろうがよォ!」


 ディアボロスが笑い、殴りかかろうと踏み出す直前。

 エンマが放っていた炎すら凍り。

 周囲の全てが氷結した世界へと変化していく……。


「一旦止めてもらってもいいです?」


 全てを凍てつかせた張本人。一人の少女が立っていた。

 長く艶やかな黒髪で、マフラーを纏い、学生服を着ている。

 ミニスカートから見える綺麗な足には、ストッキング。

 右と左で色が違ったり、夏なのにマフラーだったりと、普通ではない。


「ああ? 誰だテメェ、邪魔してんじゃねェよォ!」


 迷うことなく、標的をエンマから少女へと変えるディアボロス。

 契約者なのは間違いなく、厄介だと直感したこそ。

 東条エンマの仲間だった場合、流石のディアボロスでも苦戦は免れない。


「”悪よ凍れ”――私、悪魔って大っ嫌いなんです」


 近づくディアボロスを氷が覆い。

 力任せに砕いて逃れようともがくが、それ以上の速さで凍っていく。

 一瞬だ――時間にして数秒で、ディアボロスは凍り、砕け、絶命した。


 

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