第64話 始祖の天使

「ぅぐ……。アタシ、一番ヤバイ奴を相手してるかも」


 魂操の灼聖者――マルカ・クラウススは呟く。

 その姿に傷はなく、これと言って攻撃をされた跡はない。

 にも拘わらず、地面に片膝をつき、息を切らしていた。


「あのバカ、助けに来るって言ったくせに……」


 東条エンマと共に、始祖の吸血鬼に頼まれた足止め。

 その結果、マルカが出会った始祖は圧倒的だった。

 先制攻撃を容易く防がれ、気が付いた時には、視界を奪われていたのだ。


「疲れたフェイスですね。何故、邪魔をするのですか?」


 中学生くらいの若い少女で、黒い軍服を着用している。

 腰まである銀色の髪と、白い瞳で、その姿は美しい。

 しかし、その背中からは――六枚の羽が生えており、人ではない。


「アンタに……始祖の吸血鬼を奪われたら、困るのよ」


 創造神の契約者は、何故か始祖の吸血鬼を欲している。

 奪われたら、どんな事が起こるか分からないのだ。

 故に、東条エンマと共に止めることを決意した。


「ギルバ様の邪魔は、オススメしません。

 私を相手にその有様では、戦うなどノーウェイです」


 始祖の天使――アワイは、親切心から忠告をした。

 主に命令されたのは、”最後の始祖”を回収すること。

 邪魔をしてきた灼聖者を、殺すつもりはなかったのだ。


「確かに、アタシじゃアンタには勝てない。

 けど、足止めくらいなら、できる!」


 マルカが吠えるように足止めを宣言した、その瞬間――


「それはノーです。私は、親衛隊の中でもスペシャルなので」


 無慈悲にも、真実を告げる始祖の天使。

 彼女は言葉通り、他の始祖とは違い、ギルバからとある”許可”を貰っていた。

 通常、ギルバの支配下におちた始祖は、その力を封じられる。


「他の親衛隊は、力が発揮できません」

「……他の? アンタは違うってわけ?」


 そう――ギルバから、全開で戦う許可を貰っているのは彼女だけ。

 親衛隊のまとめ役として、本来の力を振るうことを認められていた。


「ブラッドの場所をプリーズです」


 始祖の吸血鬼の居場所を吐けと、最後の警告だった。



「で、貴方は誰ですか。契約者ですよね?」


 夜の公園で、一人の少女が問いかけた。

 長く艶やかな黒髪で、マフラーを纏い、学生服を着ている。

 ミニスカートから見える綺麗な足には、色違いのストッキング。

 独特の雰囲気を放ち、その瞳には、好戦的な色が浮かんでいた。


「おう。俺は東条エンマだ、よろしく」

「貴方とヨロシクする気は有りません。さようなら」


 エンマの挨拶を即答で拒絶。

 話すことはないと、歩き去っていく。


「えぇ……。待ってくれ、力を貸してくれないか?」

「私は忙しんです。ギルバ様とやらを、退治するので」

「事情だけでも聴いてくれねぇか? 創造神の契約者を止めたいんだ」

 

 ピクリと、東条エンマの言葉に動きを止める少女。

 偶然にも、目的は同じ――創造神の契約者。

 少女は一考し、東条エンマを見据え、そして――


「”悪よ凍れ”――――」


 再び周囲が凍りつき、東条エンマを氷が覆っていく。

 しかし、一瞬で砕け散り、東条エンマには傷一つとしてなかった。


「……悪人ではないようですね。ちょっと意外かも」

「どんな確認方法だよっ! あせったぜ……」


 彼女の氷は概念すら凍らせ、封じることが可能。

 故に、”悪”という概念を有していたなら――東条エンマは死んでいた。

 結果的には無害であったが、大抵の人間は無事では済まない。


「私はこの力を信用してます。なので、貴方は敵ではない」

「……? よく分かんねぇけど、仲間になってくれるのか?」

「業腹ですが、仕方ありません。それで、状況を説明してください」


 東条エンマは謎の少女に、これまでの事を説明する。

 始祖の吸血鬼に足止めを頼まれたこと、創造神が敵であること。

 もう一人の協力者、マルカ・クラウススのことなど。


「なるほど、大体理解しました。

 では、既に二体は撃破したことになりますね」


 始祖の悪魔、始祖の妖精。

 二体もの始祖を倒した少女の強さは普通ではなかった。


「えーと……雪女も優勝者シードなのか?」


 優勝者なら、納得のいく強さだと、東条エンマは確認する。

 名前がわからず雪女と口にしたが、少女から殺気が放たれた。


「誰が雪女ですか、凍らせますよ? はぁ……白波瀬しらはせです」


 自己紹介を放棄した自分が悪いと、白波瀬は思い直す。

 ため息交じりに、苗字だけを伝えていた。


「私”も”ということは、貴方は優勝者なんですね?」

「ああ、俺は優勝者だぜ。だからって襲ってくるなよ」

「私、天の座には興味ないので。その口ぶりでは、貴方も特殊みたいですね」


 本来――神魔戦争では、優勝者を殺せば勝利となる。

 しかし、この二人は勝利ではなく、それぞれ別の目的があった。

 故に、殺し合う気はないのだと。


「では、もう一人の協力者さんを、助けにいきましょうか」



「舐めんじゃ……ない、わよ……」


 目が見えない、音も聞こえない。

 始祖の天使――恐らくは、その能力。

 視覚や聴覚、五感を封じられ、戦うことすらままならない。


「アタシは、魂操の灼聖者。この程度で!」


 他者の魂を借り、自身の力に変換できる私だからこそ。

 自分ではなく、他人の視覚と聴覚を使うことで逃れていた。


「……ディアボロスの役立たず」


 ボソッと、始祖の天使が呟く。

 アタシではない、別の方向を見て困った顔をしている。

 間に合った、あのバカがやっと来た!


「よお、待たせたな――マルカ」


 黒い片手剣を握り、走ってくるエンマ。

 そして、もう一人。アタシの知らない契約者を連れていた。

 アイツ……この短期間でまた仲間を増やしたの?


「遅い! あとはアンタに任せたから、何とかしなさいよ」

「おう! 任せておけ、俺がアイツも、創造神も止めてやる」


 コイツなら、なんとかしてくれる。

 この始祖の天使が相手でも、きっと勝てる。

 アタシを救ってくれたように、今回もきっと。


「お前が、始祖の天使か? 悪いが、止めさせてもらうぜ!」


 エンマが始祖の天使に向かって、魔剣を振るった。

 

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