第65話 東条エンマVS始祖の天使

 生きる理由を探せる者は、幸福だ。

 生きる目的を持っている者は、もっと幸福だ。

 人間も、神魔でさえも、明確な存在意義なんてない。

 だからせめて、この”世界”だけは――明確にしようと。


「ギルバ様……」


 私の主――創造神の契約者。

 彼女は人の身でありながら、神の力を振るう。

 ギルバ様は、この世界に意味を与える唯一の存在。


「”アワイ”、お前は――わらわのために在るのじゃ!」


 その日、始祖の天使わたしは意味と名を与えられた。

 神魔でありながら、伝承も、戦う理由すら持ち合わせていない。

 何故、存在しているのか。どうして生まれたのか。


「私は……。ギルバ様のために生まれたのですか?」


 私は問いかける。何度も、何万年も探してきた答えを。

 目の前に佇む小柄な少女は、優しく笑っている。


「にっしっし……。人も神魔も、世界すら童のために在る」

「神魔戦争は、貴方が完成するためにあるシステムだと?」

「さてな……。そう考えた方が面白いのじゃ」


 面白いと、ギルバ様はよく口にする。

 人間特有の感性なのか、私に備わっていないだけなのか。

 はたまた、ギルバ様が特別な化け物だったのかもしれない。


「天の座は、

「……?」


 ギルバ様の言葉に、私は首をかしげる。

 神魔戦争の優勝者――その特権であり、システム。

 そんな天の座に、不満があるとでも言うのでしょうか?


「童はな、この世界を変えたい。別の世界には興味がないのじゃ」

「……」


 私は言葉を失う。ギルバ様の言っていることは出鱈目だ。

 この世界は全ての大本、神魔戦争というシステムの力で天の座に昇る。

 だというのに、この世界を変える……?


「天の座に昇らずに、神魔戦争ごと変えるつもりですか?」

「うむ。童の世界に、争いは不要じゃ。未知と平和だけがあればよい」


 全ての始祖を取り込み、力を完成させ、世界と融合して創り直す。

 それがギルバ様の計画だった。

 創造神の力をもってしても、不可能な芸当と言わざるを得ない。


「にっしっし……。無理だと思うか?」

「はい」

「ならば、人間が”アルカテラシオン”を取り込めるかのう?」

「不可能、ですね……」


 そう――ギルバ様は、創造神アルカテラシオンを取り込んだ。

 契約どころか、力を根こそぎ奪いとった。

 本来であれば不可能なこと、有り得ない現象。


「であれば、世界を変えるくらい造作もない。違うか?」

「……」


 ギルバ様には、不可能という概念はないのでしょう。

 神すらねじ伏せ、世界の理も自分のためにあると疑わない化け物。

 神魔戦争を根本から消し去るなど、他の契約者は黙っていないに違いない。


「童が在る限り、意味のない奴などおらん」

「全てはギルバ様のために生まれたから、ですか?」

「うむ、”スーパー美少女”だからのう!」



「嘘、だろ……」


 東条エンマは驚愕に目を見開く。

 始祖の天使に魔剣を振りかざした瞬間、砕けたのだ。

 異能で防がれた経験はあっても、壊されたことはなかった。


「”アワイ”と言います。是非、あわちゃんと呼んでください」


 そんなふざけた自己紹介と同時、東条エンマは吹き飛ばされる。

 地面を転がりながら、再び魔剣を造り、立ち上がった。


「サタンのおっちゃん……。どうなってんだあれ」

「エンマよ、あれは異能ではない……。基礎能力だな」


 防がれたわけでも、異能で砕かれたわけでもない。

 ただ、斬れなかった。純粋な力の差。


「雪女、お前はアレを倒せるか?」

「誰が雪女ですか、次言ったら本当に凍らせますよ?」

「お前の氷は通じるのか? 正直、ピンチだぜ」


 東条エンマの横に並び、にらみつける白波瀬。

 その表情は優れず、目の前の始祖が強者であると語っている。


「私はそうでもないですよ」


 白波瀬はそう言うと、始祖の天使に向かって走り出す。

 壁のように、周囲を氷が覆って退路を塞いでいた。

 両手に氷を作り出し、その形状を剣のように変えていく。


「悪よ凍れ――――」


 始祖の天使は足元から凍っていき、身動きを封じられていた。

 白波瀬の剣が、始祖の天使の心臓に届くその瞬間――


「え……?」


 白波瀬から大量の血しぶきが舞った。

 突き刺したはずの始祖の天使には傷一つなく。

 逆に白波瀬の胸から血が溢れ、止まらずに倒れる。


「な……に、が……」


 地面に伏しながら、状況がまるで呑み込めず呆然とする白波瀬。

 何故、自分が倒れているのか。過程と結果がまるで逆だと。


「”結果の逆転”――それが私のパワーです」


 緊張感など欠片もない声で告げる始祖の天使。

 斬ったから、斬られる。

 歩けば伏し、見ようとすれば視界は封じられる、と。


「これ、が……始祖ですか……」


 白波瀬は傷を凍らせ、止血してフラフラと立ち上がる。

 思考を巡らせ、対策を考えるが……。


「おい! 大丈夫か雪女!」

「怒ってる余裕は、なさそうですね……」

「おかげで能力は分かった、下がっててくれ」


 東条エンマが白波瀬に駆け寄り、抱きかかえて距離をとった。

 後ろで待機していたマルカ・クラウススもやって来る。


「アタシとこの子で、援護に徹する。アンタに任せるから」

「おう! もしも俺が”魔王化”したら、逃げてくれよ」

「気にせず、本気でぶっ飛ばしてきなさい!」

「行ってくるぜ。――”憤怒の魔剣”!」


 東条エンマの魔剣に黒い炎が集まり、周囲の氷を燃やし尽くす。

 先程までとは別人のように速く、始祖の天使に向かっていく。

 困難であればあるほど、絶望的であればこそ、強いのが東条エンマだった。


「……? 強くなってる、ミラクルですね」


 東条エンマが全力で剣を振り、黒い炎が始祖の天使を襲う。

 しかし、片手で炎に触れ、”燃えるという結果”が逆転する。

 さらに触れた瞬間、東条エンマの視界も封じられていた。


「くそっ、目が見えねぇ……」


 見えるという結果。聞こえるという結果。

 五感で当たり前に起こりえる事象ですら、例外ではない。

 東条エンマは直感する。この現象は触れることが発動条件だと。


「やべぇ……」


 手応えだけを頼りに、炎を全力で放ち続ける。

 触覚すら曖昧になる中、何故か感覚が鮮明になった。


「”魂操の灼聖者”を侮るんじゃないわよ!」


 背後でマルカ・クラウススが吠える。

 周囲には霊体のような、光が飛び回っていた。

 彼女の能力で五感を一時的に与えて、感覚を取り戻せたのだと。


「助かる、ぜ! 燃えろおおお!」


 概念ごと燃やす黒い炎、結果を逆転させる天使の力が衝突していた。

 マルカの力で、本来の数倍は力を発揮して尚、互角。

 東条エンマの代償の追加で、次第に炎の勢いが勝っていく。


「渾身の一撃……。ですが、避ければノープロブレムです」


 分が悪いと判断し、回避しようと動く始祖の天使。

 しかし、足元が凍りつき、封じられていた。

 氷に”逆転の力”を使えば、炎が防ぎきれないと。苦悶の表情を浮かべる。


「……強い。ギルバ様、ソーリーです」


 優勝者が二人と灼聖者が一人。

 流石に無理があったと諦め、始祖の天使は目を瞑る。

 役目を果たせず、散っていくことを主に謝った。


「誰が死んでよいと言った。虫けらと戯れ、散るなど笑えんのう」


 炎も氷も一瞬にして消えさり、全員が動けず震える。

 始祖の天使の横には、いつの間にか一人の少女が立っていた。

 裸の上から黒いレインコートを着ているような恰好。

 足元まである水色の髪に、ピンクの瞳。人からかけ離れた容姿。


「まぁよい……。ブラッドは捕獲した。あとは――掃除じゃ」


 どさりと、地面に倒れる人影。

 始祖の吸血鬼が少女に引きずられ、ボロボロの姿になっていた。

 東条エンマは困惑し、同時に恐怖する。

 始祖の吸血鬼が敗北したという光景が、信じられなかった。


「おい、待てよ……。ソイツは返してもらうぜ!」


 東条エンマは少女に向かって剣の切っ先を向ける。

 その剣はカタカタと音をたてており、手元が震えていた。


「ほう……。童と戦うつもりか? やめておけ、犬死するだけじゃ」


 少女にひと睨みされただけで、東条エンマは足が震えて膝をつく。

 恐怖を抑え、なんとか立とうと剣を使って立ち上がる。


「勝てるかどうかは知らねぇ……。けど、ソイツは助けるぜ!」


 恐怖に屈することなく、正面から言ってのけた東条エンマ。

 その姿を見ると、少女――ギルバは笑う。


「にっしっし……。そうか、なら――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る