第66話 創造神VS憤怒の魔王Ⅰ
「
自分の行動で、他人にどんな迷惑をかけるか考えられないから。
誰かの時間を奪い、手間をかけさせるなどとは夢にも思わない。
こちらの力量を想像することすらなく、闇雲に挑む愚か者。
「はぁ、はぁ……。うっ、ぐぅ……」
青年が苦しそうに、肩で息をしながら睨んでくる。
その額には汗がつたい、色は赤い。血が混じっているからじゃろう。
周囲には少女が二人転がっている。
片方は契約者。もう一人は灼聖者かのう?
「にっしっし……。灼聖者と組む発想は悪くない」
契約者では、創造神たる童と戦うことすらできない。
全ての神魔にとって、祖にあたる存在故に。
だからこそ、勝つ算段として灼聖者と組むのは頷ける。
「創造力はあるが、格が足りんぞ」
青年は震えながらも、ひび割れた剣を離さない。
恐怖という感情がありながら、諦める気配がまるでない。
ふむ、それこそが払った代償というやつかもしれないのう。
「魔王サタン、お前とは一度戦ったはずじゃ。力の差は知っているな?」
童の言葉に、青年は目を見開いて驚いている。
反応から察するに、聞いていないようじゃのう。
「ほれ、お前も出てこい。
魔王サタン――神魔の中でも上位に属する強さ。
なによりも面白いのが、その伝承による特異性じゃ。
神に背き、抗い、挑むその在り方によって支配を受けない。
「サタンの、おっちゃん……は、呼ばねぇ、ぞ」
青年が強い眼差しでそう言うと、切っ先のない剣を突き付けてくる。
どうやら、呼び出せばサタンが殺されると思っているらしい。
それはつまり、力の差は理解した上で挑んでいるということ。
「まぁ……。お前の意志に関係なく、引きずり出すだけじゃ」
青年の胸元、その契約紋に手をかざす。
手を引き、魔王サタンを無理やりに召喚する。
「お前の代わりに――”
「なっ……」
青年の表情から血の気が引いていく。
何をされたのか、理解が及ばない様子。
神の契約者と戦うことの意味を、まだ分かっておらんか。
「のう……。久しいな、魔王サタン」
禍々しい黒い悪魔が、そこには立っていた。
*
「なんだよ、これ。化け物にも程があるだろ……」
東条エンマは絶望していた。
否、代償によって諦めることは許されず、絶望できずにいた。
他の二人のように、早々に倒れていれば楽だったかもしれない。
「あれは本当に、俺と同じ”
それは、一瞬のことだ。
マルカ・クラウススの援護をうけ、白波瀬と共に斬りかかった。
それが東条エンマの最も新しい記憶だ。
「マルカ! 白波瀬! 返事をしてくれっ!」
魔剣が少女に触れた瞬間、砕け散り。
気がつけば東条エンマは地面に伏していた。
マルカ・クラウススも、白波瀬も、血だらけで倒れている。
「――っ」
東条エンマは倒れる二人を見て、動きが固まる。
マルカ・クラウススは右腕が吹き飛び、白波瀬は両足が消えていた。
血が流れ、どちらも致命傷だ。刻々と命が消えていく。
そして、唐突に理解したのだ。二人は自分をかばったのだと。
「サタンのおっちゃん……。どうなってんだ!」
彼は契約主に激昂する。何故、こんなことになったのか、と。
しかし、本当は気が付いていた。全て自分の間違いだったのだ。
魔王サタンは警告していた。次元が違う化け物なのだと。
「エンマよ……。アレはもはや、
魔王サタンは過去の神魔戦争で一度、創造神に挑んだ。
その時は敗れたが、一矢報いて善戦した。
しかし、目の前の少女は別物だと。コレは契約者でも創造神でもない。
前回のことを、まるで見てきたかのように話す少女。
「創造神を、アルカテラシオンを取り込んだのか……?」
人間が神と契約するだけでも本来なら有り得ない。
それを、代償を払うどころか取り込んだ。
力を根こそぎ奪い、使いこなすコレは果たして人間なのか、と。
「エンマよ、どうやら別れのようだ。
「呼んだら、サタンのおっちゃんまで死ぬことになる……」
東条エンマは他者を救うために戦ってきた。
代償として、人としての機能を捨てでも救うことを選んだ。
その結果がこれだった。
始祖の吸血鬼は救えず、マルカも白波瀬も死ぬ。
「それで良い。
「ふざけんな! 俺はアンタを絶対呼ばねぇ」
ここでその選択をすれば、誰も救えない。
何より、逃げることが可能とも思えないのだと。
始祖の吸血鬼ですら、敗北し捕まったのだから。
そして――――
そんな最後の抵抗すら、無意味であった。
「なっ……」
魔王サタンが立っていた。目の前に呼び出されたのだ。
東条エンマは召喚などしていない。
ただ、相手が桁違いであると、まだ理解できていなかった。
「エンマよ、
契約が消えたら逃げろ。お前だけは絶対に死ぬな」
東条エンマは悟った。最初から選択肢などなかったのだと。
この少女に挑んだ時点で、自分は全てを失っていたのだ。
魔王サタンの警告も、今までのようにどうにかなると過信していた。
「俺は、間違えたのか……? また、救えないのか?」
両親が殺された時のように、理不尽な絶望に立ち尽くすのか。
自分に問いかけ、怒り。静かに憤り、その感情は紛れもなく……。
”憤怒”であった――――
「グルァアアアアアアアアアアアアア!!」
その瞬間、東条エンマは完全に”魔王化”した。
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