最終章
生命神参戦編
第88話 刻ノ名輪廻
全ての命は等価である。
悪人も善人も、子供も、老人も、道端の花でさえも、分け隔てなく一つの命。それはこの能力が証明している。
だけど、私は優先順位を考える。価値の差を考える。
「私の世界には、過去だけがあれば良い」
私は考える。例えば過去の偉人のことを。何かを成し遂げた人々について。
彼らには実績がある。信用も、ノウハウも、全てがある。
足りなかったのは”時間”だけ。人間だから寿命で死んだ。彼らの命は有限だった。
「もし、一人を殺して一人を蘇生できるなら――」
誰しもが、一度くらいは考えること。
私はそれを実行できてしまう。道端の花を使って、死人を蘇生できる。
命を奪い、命を与えることができてしまう。
「今を生きる人々を可能性と呼ぶのが嫌いなの。確かに成し遂げた、過去の命の方がずっと尊いって、そう思わない?」
「はて、分かりませんな……」
私の問いに、契約する神魔が答える。
生命神バルジェロ――今は人間の姿をしていて、枯れ木のような老人だ。
神魔戦争に参加したことがない、存在すら認知されていない神格。
「初参戦のジェロさんには、人間の話なんて分からないか」
「いいえ、この時代のことは勉強していますよ」
「この時代は、もうすぐ終わっちゃうけどね」
「そうですな。我々以外は全滅するでしょう。死ノ神は格が違いますから」
私達の眼前には、消え去った町がある。
いや、その表現は適切じゃない。だって、もう無いんだから。
「優勝者も、創造神も、全滅かぁ」
「……そのようですな」
創造神の契約者がこの町から、世界を変えようとした。
神魔戦争のルールを根底から変えて、力づくで永遠に変わらない理を創ろうと企んだけど、失敗したらしい。
「創造神を殺したのは、たぶん死ノ神だよね?」
「ええ、間違いなく」
「創造神如きに、こんな戦いができるかなぁ?」
「……確かに、解せないのは事実です。ギルバなる契約者が動いた時期と微妙にズレていますし、この規模の戦いになるとは思えない」
数週間前には、決着していたはずだ。
なら、この戦いは何だろう?
死ノ神の契約者を相手に、戦いが成立する時点で相手もそれなりだ。
「優勝者を虐殺したのは誰?」
「……死ノ神ではない、でしょう。
「なら、創造神の契約者かな」
「いいえ、創造神でも全ての優勝者を殺すのは厳しいでしょう」
「……消去法でいくと、時ノ神ってこと?」
ジェロさん曰く、死ノ神を人間が呼び出すだけでも異常な事態だと言う。
創造神の契約者もいて、時ノ神まで参加してたことになる。
文字通り、全ての優勝者が今回の神魔戦争にはいたのだ。でも、全滅した。
「結局、死ノ神だけが勝ち残った」
「……時ノ神クロノスですら、死ノ神とは戦いにならないでしょうな」
「相手、誰だったんだろうね? まぁ私達よりも、弱かっただろうけど」
死ノ神と戦えるのは、私だけ。
唯一の同格である――生命神の契約者だけ。
最後の優勝者である死ノ神の契約者を殺し、神魔戦争に勝つ。明確なゴールだ。
「
「ええ、きっと……」
その少女は純粋だった。だからこそ、この時代に絶望していた。未来に希望を感じることなく、ただ過去だけを愛しているような可哀想な子。
「代償を払った貴方のためにも勝ちましょう」
「私じゃないよ、代償を払ったのは輪廻」
「そうですな」
彼女は――”自己”を代償にした。
自我と言っても良いし、人格とも言える。ともかく、願った自分自身を代償にすることが最も力を引き出せたのだ。
だから捨てた。
なんの迷いもなく、思想ごと”自己”を売り払った。目的のために。
「私は輪廻の思想を、願いを継いでいるだけ」
私は――刻ノ名輪廻の成れの果て。抜け殻に宿った、ちっぽけな人格。
記憶もない。願った憶えすらない。
手元にある、この日記帳に記された彼女の思想や願望。それを叶えるために戦う。
「自己を代償にした貴方は、利他的な生き方しかできない」
ジェロさんの言葉通り、私は自分のために戦えない。過去の自分も他人だ。他人のためにしか戦えない、それこそが真の代償だと言える。
「自分のためだけに生きてるのが、現代の人間。私はね、そんな人々を根こそぎ殺し尽くして、過去の偉人を蘇生させたい。生者と死者を逆転させる」
それが刻ノ名輪廻の願いだった。
今の私は、そんな願いを叶えたいと思う。どこまでも利他的な私だからこそ。
「これから先の契約者は、きっと地獄だろうね」
「そうですな。死ノ神の契約者は千人殺すしかない。我々と戦うまでは止まらないでしょう。どうされるおつもりか?」
「何もしないよ」
「ほう……」
「大半の契約者は利己的で、罪深い人達だもの。刻ノ名輪廻の世界にはいらない」
人間には思いやる力があった。
痛みを知らず、優しさを向けられないなら救いはある。
だが違う。この時代の人々は痛みを知りながら、寄り添わない。罪深い。
「私達も、準備が必要だね」
「相手は死ノ神ですからな。これは勘ですが、歴代の中でも今回は最強でしょう」
「創造神と時ノ神を葬ったなら、そうだよね」
残骸すらない町だったこの場所で、死ノ神と戦った誰かはきっと弱い。
この世は結果が全てだ。過程はどうでも良い。
負けたなら、今まで死ノ神に敗れた相手と変わらない。その程度だった。
「時ノ神の契約者も、弱者だった」
「……我々が強いのですよ。死ノ神と力は同じ。差があるとするなら――」
「覚悟の差」
きっと時ノ神の契約者も、創造神の契約者も、それが足りなかった。
死ノ神の契約者にはあるのかな……。
刻ノ名輪廻と戦えるだけの、信念や思想があるのかなぁ?
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