第19話 始祖の吸血鬼VS神崎真冬

「あと少し、あと僅かで余は伝承の力を取り戻す」


 赤いドレスに深紅の瞳、艶やかな肩まである黒髪。

 ヒールの靴と口元には牙、彼女は始祖の吸血鬼。

 夜の森で多くの契約者バトラーを眷属として従えて行進するその姿は女王を彷彿とさせる。


「おや、客人かな?」

「貴方、契約者バトラーでいいのかしら?」

「そうでもある、とだけ言っておこう」

「ふーん、まぁいいわ、マティ、召喚サモン


 ゆっくりと眷属の軍勢の前に何者かが歩いてくる。

 眷属となった者達や吸血鬼に臆することなく佇む少女。

 学生服に腰まである黒髪と透き通るような緑色の目。

 本来であれば場違いな制服姿の少女の背後には女体の悪魔が浮遊していた。


「君は強そうだね、丁度よい、血を貰うとしよう」

「夏は蚊が多いから鬱陶しいのよね」

「余は始祖の吸血鬼、光栄に思うと良い」

「蚊と大差ないわ、”止まりなさい”」


 始祖の吸血鬼は神崎真冬の言霊により身動きを封じられる。

 だがその程度では動揺はしない、眷属の動きまで封じたわけではないからだ。

 

「余の動きを封じるとして、眷属はどうするつもりかな?」

「凄い数の契約者バトラーね、けど、私を相手にするなら悪手よ」

「ほう? 余の眷属を侮ってはいけないよ」

「その言葉、そのままお返しするわ、”吸血鬼を殺しなさい”」


 神崎真冬は人差し指を対象へと向け、眷属に服従の言霊を行使した。

 始祖の吸血鬼の表情は驚愕に染まっていく。

 従えた眷属すら操ることを可能にする言霊の力との相性は最悪である。

 身動き取れない彼女に己の眷属が牙をむく。


「その力、並の契約者バトラーではないらしい」

「私、この後のスケジュール忙しいから、早く死んでもらえるかしら?」

「余を侮るな、君に始祖の力を見せてあげよう」


 始祖の吸血鬼は手のひらを空に翳し、契約紋を起動させる。

 全ての眷属は重力がかかり地面に縛り付けられる。

 さらに、辺り一帯に無数の雷が降り注ぎ、眷属となった契約者バトラーを感電させた。


「重力操作に電撃、二つも能力を有しているのね」

「取り込んだ異能の数など、覚えていないとも」


 神崎真冬と大悪魔タローマティの表情には少し警戒が混ざる。

 今の発言は無数の異能を行使できることを指していたからだ。


「君の力は便利そうだ、何としてでも、君の血を頂こう」

「真冬、始祖は強い、を使いな」


 契約する悪魔の言葉に神崎真冬は頷く。

 言霊の力はタローマティのの能力に過ぎない。

 神崎真冬はその美しい艶やかな髪をなびかせ、首筋の契約紋を晒し。

 タローマティの女神としての側面の力を行使するため言葉を口にする。


解放リベレイト”女神めがみ隠然”いんぜん


 翡翠色の光が神崎真冬を中心として広がっていく。

 薄い膜状になったソレは周囲一帯を包み込み、固有の世界を完成させた。

 神崎真冬を核として一キロ以内で女神の力を行使することを可能とする場所。


「なに? 解放と召喚を同時に使えるのかい?」


 そう、本来、解放リベレイトは神魔を召喚サモンした状態では使うことはできない。

 一度神魔の召喚サモンを解き、一人にならなければ行使できない最終奥義。

 だが、神崎真冬はそれを同時に行っていたことが始祖の吸血鬼を驚愕させた。


「マティは二つの側面があるの、今ここにいるのは悪魔のタローマティ」

「そうか、今、君が解放した力は」

「ええ、女神としての側面の解放、だから同時にできるのよ」


 二つ以上の側面や逸話のある神魔だけにできる裏技である。

 そして、この世界の構成によって行使される能力、それは事象改変。


「余の伝承の力に対抗する手段がコレか」

「ふふ、精々足掻きなさい?」

「神魔の異能ならばいざ知らず、神その者の力は余とて食らうことはできない」

「この世界で私に勝つのは至難だと思うけれど、降参する?」

「君は余が出会った中では間違いなく最強だろう、だが足りない」


 ”神魔しんま”という括りには二つの意味がある。

 一つは人間が人ならざる者に畏怖を込めて総称した言葉。

 そして、もう一つは”神の使い魔”という意味合いも含んでいるのだ。

 故に、格の違う神の力は始祖の吸血鬼でも取り込むことは不可能である。


「あら、勝てる気でいるのかしら?」

「余はいずれ”創造神アルカテラシオン”を葬る、今更、神を恐れたりしないとも」

「そう、貴方はその神を殺すために力を集めてるのね?」

「否、創造主の淘汰は手段だよ、余の目的は他にある」


 始祖の吸血鬼はその言葉を最後に契約紋を再び起動させる。

 神崎真冬の近辺に彼女を囲むように爆炎の渦が出現する。

 炎の元素の天使エレメントから取り込んだ力、全てを灰燼に帰す程の威力。

 だが、全てを改変できるこの世界でダメージを与えることなど出来ない。


「この世界は私がルールなの、何をしても無駄よ」

「今ので無傷とは、余でも分が悪い、か」

「貴方では私の力との相性が悪いわ、諦めなさい」

「余は負けるわけにはいかぬ、約束を果たすまで、余は終われない」


 始祖の吸血鬼は一人の少女と約束を果たす、ただそれだけの為に戦うのだ。

 神であれ、なんであれ、打ち砕き、最強を目指し歩み続ける。


「ふーん、まぁ、信念があるなら精々足掻くことね」

優勝者シードにも匹敵するその力、君は何故戦う?」

「そう、貴方知らないのね、優勝者シードはこんな次元じゃないわ」

「君こそ戯言を、充分に君は強い、余の知る優勝者シードとも戦える強さだ」


 神崎真冬はクスクスと始祖の吸血鬼を見て笑う。


「マティ、私って強いらしいわ」

「強いよ、田中太郎が規格外過ぎただけだよ」

「変態さんの家に集合するの忘れてたわ、貴方、見逃してあげる」


 神崎真冬は唐突に何かを思い出すと信じがたい言葉を放った。

 始祖の吸血鬼はニヤリと笑みを零し、挑発する。


「余を逃がせば、後悔することになる」

「そうね、今より強くなるでしょうね」

「正気の沙汰ではない、余を侮りすぎているよ」

「どうせ、あの変態さんには勝てないもの、好きになさい」


 始祖の吸血鬼は困惑しながらも夜の闇の中へと撤退した。

 神崎真冬はこの選択が後にどう影響するのか、興味深そうに夜空を見上げる。


「マティ、あの吸血鬼、どこまで強くなるかしら?」

「さぁね、けど、彼には届かないだろうね」

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