第32話 死ノ一歩

「君の力を我々に貸してはもらえないだろうか?」

「……」


 屈強な男がフェリシア・ルイ・スノウへ問いかけた。

 創造神の契約者、実在するかも怪しい存在。

 本来、人間と神が契約を結ぶなど有り得ないことなのだ。

 だが、スノウは以前、別の神と契約する青年と接触していた。


「……本当にいるとしても、どうして脅威になるの?」


 当然の疑問だった。

 仮に創造神の契約者が実在しても敵なのは当たり前なのだ。

 十三席ある天の座をかけて殺し合うのが神魔戦争なのだから。


「奴は――ギルバは優勝者シードであり、

「……?」


 スノウの表情には疑問が浮かぶ。

 神魔しんまを支配する、そんな能力なら優勝者シードでも別に不思議はない。

 重要なのは何故、創造神にそんな能力があるのか。


「創造神は、全ての始祖を生み出した存在なのだ」

「……始祖を生み出した?」

「そうだ、全ての神魔の原点だと言える」

「そんな……。それが本当なら勝ち目なんて……」


 始祖の神魔しんまは全て、創造神の魂を分けて作られた。

 それ故に、始祖とそこから連なる通常の神魔では逆らえない。

 だが、男はニヤリと笑い、ここからだという表情をする。


「言っただろう、”ほぼ”全ての神魔では逆らえないと」

「例外もあるってこと?」

「ああ、他の神――つまりだ」

「そっか……だから五天竜を集めたんだ」


 男とスノウが会話していると辺りの木々が枯れ始める。

 命ある森の全てが死に一人の青年がゆっくりと歩いて来た。

 青年が一歩進む度に木々は腐り、葉は砂となり朽ちる。


「……なんだ貴様は。辺りが一瞬で死んだ?」


 男の声には警戒が混じり、契約紋を起動させ戦闘態勢になる。


「お、いたいた。スノウ見つけたぞ」


 状況からは考えられない程に呑気な口調。

 冴えない容姿に覇気のない表情で如何にも平凡な青年だった。

 だが、その目には契約紋が浮かび、この惨状を作ったのもこの青年だ。


「タロウ! どうして……契約紋?」


 現れた青年に対して、スノウは困惑する。

 それは、家族であり、いるはずもない人物――田中太郎。

 何よりもその眼に浮かぶ契約紋は彼もまた、契約者である証。


「スノウも契約者バトラーだったんだな、ビックリしたぞ」

「……貴様、フェリシア・ルイ・スノウの親族か?」

「スノウを攫ったのはお前だな?」

「必要なことなのだ。創造神だけではない、侵攻も迫っている。我ら契約者が争う時間などない、神龍の力が必要なのだ」


 男の言葉にスノウは息を吞む、だが青年の方は反応を示さない。


「知らん。誰が来ても――ぞ」


 田中太郎の発言に屈強な男は蔑む目線を向ける。

 これからこの町に攻めてくる存在の危険性を男は正しく認識していた。

 だからこそ、目の前の青年の戯言を笑う。


「ふん、愚かな小僧だ。今の我々は神龍の加護を受けた状態にある」

「あ、そう。スノウ早く帰ろうぜ」

「……なめるなよ、小僧。召喚サモン――滅却の竜ディストラクションドラゴン!」


 眼中にないとでも言いたげな青年の対応に痺れを切らし神魔を呼び出す。

 黒い鎧、青い鱗に覆われた一体のドラゴンが出現した。

 咆哮をあげ、爆風となって森に吹き荒れる。


「こんなトカゲじゃどうせ誰にも勝てないぞ」

「……何?」

「ほら――もう”死んでる”」


 呼び出された竜の羽が砂になり、体も徐々に朽ちていく。

 空を飛ぶことは叶わず、地面で竜がもがく。

 その命は風前の灯火で男の契約紋が消えかかる。


「馬鹿な……なんだ、これは……」


 男は自身の消えかけている契約紋を凝視する。

 余りに一瞬の出来事で混乱し、冷静さを失っていた。

 戦いと言うには一方的に過ぎ、理解が追いついていない。


「くそっ……クレア達は何をしている?」

「ん? お前の仲間は多分、真冬ちゃんに殺されてる頃だぞ」

「貴様以外にも五天竜と戦える者がいるのか……」


 田中太郎が屈強な男へとその手を翳す。

 

「私を殺せば神龍の加護が消え、ギルバと戦う術がなくなるのだぞ?」

「俺の契約主は――死ノ神だ」

「――ッ! まさか、この町にギルバ以上の危険人物がいるとはな……」


 田中太郎が眼の契約紋を起動させ男に死を付与する。

 握りこぶしを作り、男は砂になり朽ちて絶命した。


「タロウ……強くなったんだね」

「スノウ無事だったか? 自分のために契約者バトラーになったぞ」

「うん。そっか、私も敵だよ? 助けていいの?」

「家族なのは変わらないぞ。スノウとは戦わない」


 お互いに契約者バトラーと知っても普段と変わりない態度。

 神魔を呼び出す程に願った何かがあるはずの二人。

 だが、互いに家族だと思い、戦う意思はなかった。


「……なんだこの音?」

「この感じ、前にも……」


 ――チクタク、チクタク。カチッ、カチ。


 そんな時計の針が動く音と共に何か本を手に持ち、歩いてくる人影。

 一歩近づく度に周りの木々が巻き戻り、元の森へと変わっていく。

 茶色いコートに耳にかかる茶髪。

 爽やかな笑みを浮かべ、何処か独特の雰囲気を醸し出す青年。


「見つけたよ、君が――僕の”好敵手”なんだね」

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