第33話 好敵手

「誰だお前。……普通の契約者バトラーじゃないな?」


 俺はスノウを助けに森へ来て、敵の男を殺した。

 それと同時に俺と同い年くらいの奴が歩いて来る。

 茶色いコートで虫も殺せそうにないほど爽やかな雰囲気。


「僕かい? 僕は空蝉春草うつせみしゅんそう。君の名前を教えてほしいな」

「俺は田中太郎だぞ。お前は敵か?」

「どうかな? 僕の敵になりえるのは――”強者”だけさ」


 ……コイツ、危険な気がする。

 問答無用で眼の契約紋を起動させ、目の前の奴に死を付与する。


「そうか。なら――


 ……なんだ? 死なない?

 優しい笑みを浮かべて興味深そうに俺を観察している。

 メデバドの力が効かない奴なんているのか?


「ハハ、君は強いね。けど――


 辺りに木製の置時計が無数に出現し、針が逆向きに回っていく。

 ……なんだこれ。

 視界にノイズがかかり、何処か感覚を狂わされる。世界が歪み、俺の力も全て


「もうすぐ、彼ら――”灼聖者”の侵攻が始まるよ」

「……なんだそれ」

「創造神の契約者は僕に任せておくといい。君には彼らの相手を頼んだよ」

「うるせぇ。メデバド、力を貸せ!」


 ――承知シタ。汝、ガンバ!


 そんなふざけた無機質ないつもの声が頭に響く。

 黒い砂が俺の周囲に広がり、辺りの概念ごと全てを殺しつくす。


「……これは。驚いたよ、

「その割には余裕があるように見えるぞ」

「いいのかい? そこの……スノウさんだったかな。死んでしまうよ?」

「っ! ……くそ。メデバド、どうすればいい?」


 後ろを見ればスノウが意識を失って倒れている。全力を出せば近くのスノウを巻き込んで殺してしまう。

 だが、コイツを相手にいつも通りの力じゃ通用しない。一体何なんだコイツは、苦戦なんてしたことなかったのに。


「心配する必要はないよ。ほら――


 広がっていた黒い砂が俺の意志とは関係なく集合していく。

 全て時間を遡るように俺の元へ返ってくる。


 ――汝、コノ青年トハ戦ウナ。


「……どういう意味だ、メデバド」


 さっきまでとは違ってメデバドの言葉は真剣に聞こえる。

 ……メデバドが警戒してるのか?

 いつも我最強とか言ってた癖に使えねぇ、あとでデコピンしとこ。


 ――我、早ク帰ッテ、ゲームシタイ。


「……いや、俺もギャルゲしたいけどね。怒るぞ?」


 うん。メデバドの奴、警戒どころか眼中になさそうだな。

 けど、この空蝉とかいう奴、明らかに強い。

 普通にやってても勝てる気がしないんだが……。


「君も僕も、人間は多忙だ。今回はここまでかな」

「引くのか? お前ホント何しに来たんだよ」

「ハハ、挨拶だよ。僕の好敵手かもしれない君にね」


 何がそんなに嬉しいのか、満面の笑みで俺を見てくる。

 率直に言って、気色悪い。

 俺は男と見つめ合う趣味はないぞ、こっち見んな。


「君が――待ってるよ」

「お前、いちいち分かりにくいぞ。意味わからん」

「君には、期待しているんだ。同じ神の契約者としてね」

「随分と上からだな、ぶっとばすぞ」


 俺を馬鹿にしてるのか認めてるのか分からん。スノウが近くにいなければ絶対に殺してるぞ。

 ……? 空蝉が手元の本を俺に差し出してくる。


「何故、主人公にはライバルがいるのかな?」

「知るか。なんなんだよ……」

「何故、主人公にはボスが立ちふさがるのかな?」

「じゃなきゃ面白くなんないだろ。アホか」


 さっきからブツブツと意味わからん。コイツ、かなり変人気質なタイプだな。

 まったく、少しは俺を見習ってほしいものだ。


「そう、面白くない。刺激のある”時間”が必要なんだ」

「あ、そう。もういいから帰るなら早くいけよ」


 本を地面に置き、意味深な笑みを浮かべて俺を見てきた。

 手の甲にある契約紋を起動させ、再び時計の針が加速する。

 すると一瞬、針が止まり、姿が消える。


「次は――君の”時間”を僕に教えておくれ」


 耳元で囁かれ、背筋がゾッとした。

 ……消えた? 気色悪い奴だ、二度と会いたくない。

 もう其処には、俺と寝ているスノウしかいなかった。


「……何でアイツ本を置いてったんだ?」


 多分なんかメッセージ的な意味があるんだろうな。

 あんな意味深な笑顔だったし……。

 俺は気絶してるスノウを抱え、スッキリした笑みを浮かべる。


「うん。無視して帰ろ」


 空蝉春草のメッセージとか気にせず俺は来た道を戻った。

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