第34話 堕ちた女神

「レイア君、……どうやら敵襲のようです」


 そう口にしたのは緑色のワンピースを着用する女性。

 その口調は淡々としており、表情からは動揺などは窺えない。


「クレアさんは冷静ですね~。僕、戦いとかめんどいですぅ」


 クレアの言葉に答えたのは忍者装束を纏う子供。

 独特の口調に怠そうに腕を伸ばして屈伸させている。


「残念ですが、既に一人、この辺りにいるはずです」

「ええ~。クレアさんにおまかせしますぅ」


 フェリシア・ルイ・スノウを追ってきた数人の契約者バトラー。 

 クレア達はそれぞれ相手をするため、森の中を探索している。 

 五天竜は通常の契約者では一体ですら脅威。

 にもかかわらず、二人で一人ずつ確実に殺すために組んでいた。


「夏の森は虫が多くていやになるわ。また虫がみたいね」


 何時からか――――二人の前に一人の少女が佇んでいた。


「……貴方達が変態さんの敵かしら?」

「真冬、その言い方じゃ伝わらないよ」

「あら、そうね。けど、どうせ殺すのだからいいじゃない」


 女体の悪魔を背後に連れて、楽しげに会話をする少女。

 学生服を着ており、腰まである黒髪に透き通るような緑の瞳。

 クレアとレイアは目の前の少女へ警戒を強め睨みつける。


「逃げられても面倒ね――”止まってなさい”」

「――ッ!」

「……動けない……ですぅ」


 少女が命令を口にした途端に二人は言霊の拘束を受ける。

 指先すら動かすことを許さない強力な縛り。

 だが、当然このまま易々と殺される二人ではない。

 言霊で束縛を受けながらも手の契約紋を起動させる。


召喚サモン――――源植の竜インピアトオリジンドラゴン

召喚サモン――――猛毒の竜ポイズンドラゴンですぅ!」

 

 周りの木々に強い風が吹き荒れ、葉が辺りを舞い散る。

 無数の花で構成される羽に枝の手足、源植の竜が咆哮をあげる。

 さらにもう一体、紫色の液体が竜の形へ変質していく。

 源植の竜、猛毒の竜、二体の五天竜が朝の森に降臨した。


「ふふ、召喚サモン――――


 真冬の首元が輝き、契約紋が起動する。


「……一体何を? 貴方は既に悪魔を呼び出しているでしょう?」


 クレアの疑問に答えるように存在がその姿を変える。

 悪魔の象徴である禍々しい角と羽が消失していく。

 タローマティの額に緑の文様が浮かび、光で辺りが満ちた。


「今度は――だけよ」


 如何に五天竜といえども女神の威光に怯み、威嚇の咆哮をあげる。

 タローマティがその右腕を猛毒の竜へと向ける。

 ジリジリとモザイクがかかり、電子のように崩れていく。


「――ッ! レイア君、召喚サモンを解きなさい!」


 クレアは目の前のソレが別次元の強さだと直感した。

 一瞬の判断を誤れば、神魔そのものを殺されるのだと。


「クレアさん、あの神魔何なんですぅ」

「信じがたいですが、どうやら神を呼び出しているようです」

「ボク達は今、神龍の加護を受けているはずですぅ」

「神龍より上位の神魔だと考えるべきでしょう」


 クレアは唇を嚙みしめ、自身も召喚サモンを解いた。

 明らかに対峙している少女は優勝者シードクラスの強さを兼ね備えている。

 五天竜ですらも迂闊に呼び出せば一瞬で殺される程の差を感じたのだ。


「仕方がありません。レイア君、貴方は他の二人を呼んできてください」

「……急いで呼んできますぅ!」


 仲間を呼ぶためレイアは身軽に走り出す。

 その動きに迷いはなく、スラスラと木々を避けて進む。

 

「……あら。貴方、捨てられたの?」


 レイアを止めることもせず、残ったクレアに問いかける。

 真冬と悪魔に呼ばれていた少女はクスクスと笑っていた。

 逃げても結局は殺されるとでも言いたげな笑み。


「私をあまり侮らないほうが良いですよ。解放リベレイト――”峡谷きょうこく花園”はなぞの


 森の木々が――自然が全てより高く、空に伸びる。

 枝も花も全て横に広がり、谷底にいると錯覚を覚える程の規模。

 周囲の命あるモノは全て糧となり、様々な花が咲き誇る。


「ふーん。綺麗な能力ね、嫌いじゃないわ」


 本来、並の神魔しんまでは解放リベレイトしてもこの規模はありえない。

 五天竜の力が神龍の一部であると痛感させるに十分な程だった。

 クレアがレイアを遠ざけたのはからだ。


「……貴方は強い。ですが、慢心が過ぎますよ」

「ふふ、貴方がもっと強ければ慢心せずにすむのだけど」

「ですから――――

「……これは……何?」


 真冬の腕からゆっくりと小さなつぼみが幾つも生えた。

 両足からは根を張り、肉体は植物へと変質していく。

 体の至る所から芽が出ては花が咲き、その度に生命力を奪う。


「この解放リベレイトは範囲内の生命を奪いつくします」

「……そう。でも、生命力だけじゃなさそうね」

「ご明察通りです。神魔の力も微量ではありますが養分として奪います」

「……はぁ。嫌になるわね……」


 クレアは植物になる目の前の少女をほくそ笑む。

 自身の力を過信し、油断が仇になったのだ、と。

 元々、植物の多い場所での戦闘はクレアに有利だったのだ。

 それを悟らせることなく、弱いと見せかけ仕留めた。


「本当につまらない。勝った気でいるのかしら……」

「――ッ」


 女神タローマティは何時の間にか姿が

 普通に考えれば負け惜しみにしか聞こえない。

 だが、クレアは異様な危機感を覚えたのだ。

 まるで――本当にくだらないものを見るようなあの目に。


解放リベレイト――”女神めがみ隠然”いんぜん


 緑色の光が周囲に広がり、世界が構築される。

 神崎真冬がルールの場所、意のままに改変される世界。

 森は元の状態に書き換えられ、真冬の体も改変される。

 タローマティは事象を司る女神であり、解放も同様。


「……化け物ですね、貴方は。これが優勝者シードですか」

「ふふ……私は通常の契約者バトラーなのだけど」


 クレアは引きつった笑いを浮かべる。


「……笑えない冗談ですね。ですが、もうすぐ三人が来るはずです」

「来るわけないでしょう。私よりも強い変態さんが向かったんだもの、ふふ」


 真冬の言葉にそんなはずはないと、クレアは睨む。

 五天竜の契約者でも最強の自身ですら遊ばれるこの少女よりも強い。

 そんな馬鹿けた存在がいるとすればそれこそ創造神レベルの神魔だけ。


「貴方、加護とか言っていたけれど……どう?」

「……加護が……消え、て……」


 クレアは言われて初めて気が付いた。

 五天竜の契約者は揃って初めてその真価を発揮する。

 その神龍の加護が、それはつまり……。


「貴方の仲間は”死んでる”ってことみたいね」

「あ、……あぁ……そ、そんなはずは……」

「もういいわ。貴方、”眠りなさい”」


 戦意喪失していたクレアの意識を言霊で奪う。


「これで厄介そうなのは片付いたわね」

「そうだね、田中太郎を探す?」

「マティ、着物の人達の方へ行きましょう」

「ここから北側にいるみたいだね」


 フェリシア・ルイ・スノウという田中太郎の家族の救出。

 サングラスの男と着物の女の二人もこの森の何処かにいるのだ。


「はぁ……。本当はもう帰りたいのだけど……」

「だめだよ真冬。田中太郎に殺されるよ」

「あの二人は弱そうだったし、少し心配ね」

「露骨に切り替えたね……。真冬のそういう所、嫌いじゃないよ」

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