第48話 マルカ・クラウスス
子供の頃は――天使だとか、神様なんてモノも信じていた。
無邪気なアタシは、ソレが人間を守ってくれると疑わなかった……。
人間よりも上位の存在が、何故――人如きのためにあると考えたのだろうか。
「……アタシを救う?
アタシは目の前にいる契約者の青年に問いかける。
健康的な肉体に、高校生くらいの年齢。
けれど、神魔と契約して殺し合いに参加する”悪”だ。
「おう、俺は殺さないのがモットーだからなっ!」
東条エンマと名乗ったコイツは、今なんと言ったのか……?
殺さずに止めると、灼聖者であるアタシに加減するとでも?
矛盾だらけの言葉に思わず笑ってしまいそうだ。
「それは矛盾してる。神魔戦争に参加する意味がないじゃない」
そう――コイツが契約者の時点で、それは考えられない。
戦い、勝ち残り、殺し合って、神魔のために生きる
そんな人間が今更、殺さないことがモットー?
だからアタシを止める、救ってやるですって?
「俺は勝つことに興味ないからな。救うための力が必要だっただけだ」
「ふざけないで……そんな理由で戦う契約者なんて、いるはずがない!」
全ての神魔は悪だ。それに惑わされ、欲望のままに生きる奴も悪だ。
アタシの両親は契約者だった。
半年前のことだ、唐突にこの世界で神魔戦争が始まって。
お父さんとお母さんは殺し合って、どちらも死んだ。
優しい人達だった、自分の欲望のために殺し合うはずもなかった……。
「咲夜とアタシ達が、
「誰も殺させないし、俺は止めるぜ?」
どうせコイツも口だけだ、
萬物に宿る全ての魂を操作し、介入できるこの力の前で嘘は通用しない。
人間は追い込まれて初めてその本質を見せる。
「この力の前でも――そんなことが言える……?」
辺りを無数の白い霊体が徘徊し、東条エンマを囲んでいく。
殺傷能力はないが、体に僅かでも触れれば精神を蝕む攻撃だ。
戦闘の――それも殺し合いでは致命的なダメージになる。
「言ったはずだぜ。俺は――
握っていたはずの黒く禍々しい片手剣は姿を変化させていた。
白く美しく、碧色の炎が剣の周りを廻っている。
東条エンマが一振りするだけで、全ての霊体は消滅していた。
「
……どうやら、三種類の形態を使い分ける戦闘スタイルらしい。
攻撃重視なのがさっきまでの黒い魔剣。
なら、恐らくコレは、防御に重きをおく能力かもしれない……。
しかも双剣の状態だと異常にスピードが速い……。
「……確かにアンタは強い。けど、アタシ相手なら関係ない!」
純粋な戦闘能力では勝てないかもしれない。
でも、その前提条件は戦う場合であって、今回は違う。
直接的に魂――つまりは精神にすら介入を可能とするアタシは別だ。
「アンタの欲望を刺激して、綺麗な台詞なんて言わせない!」
灼聖者として、アタシが咲夜から託された力は一つの鍵だった。
人間の心を開ける鍵であり、誰かの世界を閉じる鍵でもある。
手のひらを東条エンマに向けて、欲望の扉を開けるイメージをする。
「……嘘……そんな、はずが、ない」
魂は嘘をつかない、偽ることはできない。
人は後天的に変わることができる生き物だけど、本質は簡単には変わらない。
アタシは人生観を狂わされる程の出来事で変化した。
”悪”を殺すことで救い、救われるだろう生き方に……。
「両親は強盗に殺された。許せなかったし、悲しかった。
けど、俺が最初考えたのは、襲われてる他の人を助けることだった」
アタシと似ていて、けど真逆の道を選択した奴。
殺すことでしか救えない、報われない生き方を選んだアタシ。
殺すことを疎み、他者を救うことでしか生きれないコイツ……。
「誰かを救う覚悟は――お前にあるか?」
「そんなモノ、初めて人を殺した日に手に入れたわ!」
コイツはダメだ。存在してはいけない、認められない。
アタシは東条エンマという在り方を赦せない。
契約者であるコイツが、本当に他者を救うためだけに戦うなら。
アタシの両親はなんだったと言うのか、それじゃまるで……。
「アンタがいたら――家族は……今まで殺してきた契約者が報われない!」
「ああ、だからこれ以上殺させない。俺がお前ごと救ってやる!」
アタシの魂が消えたっていい。死んだって構わない。
だから――コイツを殺す力を貸して……。
神様なんかに祈らない、神魔なんかに頼らない。
周囲の魂を全てアタシの中へ集合させ、神魔すら超えた存在へ昇華する!
「
魂にも強度が存在する。それは、一つでは脆く弱い。
けど、数十、数百という圧倒的な量となれば話は変わる。
当然、一人の魂の容量を超えて、長く使えば死に至る諸刃の剣だ。
「この町で戦って死んだ契約者と住人、その全てに一人で勝てる?」
人を凌駕する身体能力に留まらず、物理限界すら超える化け物。
それが今のアタシ、肉体という枷すら意味をなさない。
存在としての格が違う、そして――覚悟の差を教えてやる!
「アンタの力じゃ……アタシを救うことなんてできない!」
視界に捉えることすら困難な速さで懐まで踏み込み。
右手を心臓を目掛けて全力で叩きつける。
……つもりだった。当たり前であるように剣で受け止めていた。
「マルカ・クラウスス、それがお前の全力だな?」
「――ッ!」
「お前のソレは覚悟じゃないぜ。逃げてるだけだ!」
……どうして。ここまでしても、優勝者には通用しない?
契約者の中でも特別に強いとは聞いていた。
ここまで差があるの? 違う、コイツの言った通りだ。
「……覚悟の差、アタシが見せつけられちゃったか……」
碧色の炎がアタシの中に集まっていた魂すら消滅させていく。
概念ごと消滅させる力……ギルスと似た能力だったんだ……。
まるで歯が立たなかった。契約者に負けたアタシにもう価値なんてない。
「殺した数より、誰かを助けようぜ。俺が一緒にいるからよ!」
「……なによ。口説いてるわけ?」
「おう、ちょうど仲間が欲しかったからな」
「……変な奴。負けたアタシは殺される、ギルスが見逃すはずないし」
アイツは咲夜に変わって灼聖者を管理していて、とにかく強い。
この東条エンマよりもまず間違いなく強い。
アタシといれば、コイツも殺される……。
「言ったろ、俺が救ってやるって。ソイツも倒して守ってやるさ」
「……馬鹿ねアンタ。仕方ないから、アタシも守ってあげるわよ」
それでもコイツの笑顔と覚悟には期待してしまう。
本当に守りきってくれるような、そんな幻想を抱いてしまうくらいに。
そして――やはりアタシの道に希望なんてものは、なかった。
「随分と楽しそうだな、マルカ。俺様を、相手にするつもりか?」
唐突に男の声が響く。ここは戦場で爆音だらけのはずだ。
にもかかわらず、辺りは静寂していて物音一つしない。
不自然に音が消滅し、白い男が瓦礫の上に立っていた。
「お前さん風に言うなら、殺して救ってやる、だったか……?」
”Ⅳ”のマークを左目に宿す灼聖者は不敵に笑った。
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