第44話 絶望の権化

「これは一体……こんな馬鹿なことが……」


 奇跡そのものを振るう黄金の一撃、それが一瞬で消された?

 青年の周りには、ジリジリと朽ちた砂が舞っている……。

 それが意味することは、ただ一つ。


「お前が、俺を殺せる可能性なんて――


 青年は握りこぶしを開いて、手の中の砂を捨てた。

 奇跡すら介在する余地がないこの力……彼は一体、何者だ?

 いや、この青年――田中太郎の正体は重要ではない。

 問題なのは、あらゆる可能性の中にすら、勝機が存在していないことだ。


「なるほど、確かに貴方の強さは想定外だ。ですが――」


 私は、灼聖者リーベはこの程度の絶望には屈しない。

 恐らく、この青年と自力だけで戦えるのは空蝉春草くらいでしょう。

 創造神の支配を防ぐための侵攻で、それ以上の存在に殺される。

 まったく、笑えない皮肉だ。


「……言ったでしょう。私は、共有きょうゆう灼聖者リーベだと」


 田中太郎――貴方の力を、知識も経験も全て、共有すればいい。

 私だけでは勝ち目がなくとも、貴方自身ならば可能性も生まれる。

 青年はただ私を視ており、まるで動揺はなく。

 私を侮っているのか、やってみろとばかりに何もしない……。


回帰レイグレシオ十二じゅうに共鳴きょうめい――――”知識ちしき”」


 私の十二の共鳴は、一人を対象として

 まずは最初の一つ、彼の培ってきた”知識”からだ。

 これを共有すれば、彼の戦術や判断基準が明確になる。


「――こ、これは……?」


 ……酷い、あまりにも酷い。

 彼の知識は偏っている、性的な知識ばかりのようだ。

 まるで参考にならない……彼には戦術など存在しない。

 戦略も工夫もなく、出鱈目に力を振りかざしてるだけとは……。


十二じゅうに共鳴きょうめい――――”経験”」


 なんだ、これは……?

 私の中に、彼の暗闇のような絶望が流れてくる……。

 吐き気を催す程の”死”と――生への渇望。

 親戚の病死、両親の事故死、そして――使


「う、ぐぅあ……。恐怖と絶望しかない、なんだこれは……」


 そうか、この青年もまた、神魔しんまによって狂わされた人間。

 死に寄り添い、身近に感じ、共に歩む。

 それでも、強い性欲を糧に強く生きて、誰よりも自分のために生を欲する。

 死とは真逆とも言える概念を宿す青年、だから死ノ神を呼び出すに至った。


「なんとも恐ろしい人ですね。なるほど、確かに貴方の好敵手のようだ」


 ですが……心得ていますか、空蝉春草。

 この青年は貴方ですらも手に余る、あまりに危険だ。

 彼を――田中太郎を完成させてはならない。

 今はまだ経験が少なく、場数が不足している。


「貴方を殺すなら、私を他にそれができる者はいないでしょう……」


 恐らく、今この瞬間が唯一にして最後のチャンス。

 この青年がこの侵攻を生き残れば、もう誰にも止められない。

 私がやるしかない、だが……果たして勝てるのか?


「知ってるか? 死にはいろんな形があるんだぞ」

「――ッ」


 田中太郎を中心に黒い何かが広がり、立つことすらできない……。

 動けない、気力も、意志すらも全てが殺される。

 この青年を前に、終わりあるモノで挑んでは勝てない。

 私は、折れるわけにはいかない……まだ、立てる!


「十二の共鳴――――”感覚”」


 彼の見ている世界は――虚ろで、色の感じない景色。

 そこには感動も希望もなく、生きるための活力が存在しない。

 この不気味で絶望に満ちた景色は代償ですか……。

 性欲を払い、より死に近くなった世界、発狂しても不思議ではない。


「何故……。貴方は何故、平然としていられるのですか?」


 吐き気に耐えられず、私は戦いの最中でありながら嘔吐する。

 こんな感覚の中で生きるなど、常人では考えられない……。

 まだ十代の青年が、これほどに死を感じて何故……?


「そうか、俺は平然としてるのか。お前は、どうなんだ?」


 いや、この青年は――田中太郎は

 私は、前提を間違えているのではないか。

 これは戦いではなく、彼が、私の死の形を知りたいだけではないか?


「私は、人のまま戦っていますよ。少なくとも、貴方よりは……」


 彼の言葉通りだった、最初から――勝機など存在しなかった。

 戦いですらなかったのだ、一方的に死を通告されていたに過ぎない。

 彼は、私のためにただ、死の理由――死ノ形を問いかけていただけ……。


「吸血鬼がさ、契約者の子のために死んだんだ」


 田中太郎は日の沈んだ空を見上げ、思い出すように呟く。

 一体、なにを話ている……?

 ギロリと、再び私を直視して、何処か狂気じみた笑みを浮かべる。


「お前には、はあるのか?」


 彼の問に――私は、空蝉春草うつせみしゅんそうと出会った、あの日を思い出していた。

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