第45話 神魔戦争

「君は、人間が好きなんだろう?」


 その日――烈火咲夜れっかさくやは世界の真実を知った。

 朝の陽ざしが気持ちよく感じる時間、その男に出会ったのだ。

 庭の花に水をやる途中、唐突に不思議な問いを投げかけられる。


「……貴方は何方どなたですか? 勝手に入られては困りますね」


 咲夜は、目の前の青年を上から下まで観察する。

 謎の青年は茶色いコートに身を包み、爽やかだが何処か不気味な印象。

 佇まいや言葉一つとっても独特の雰囲気を感じさせた。


「僕かい? 僕は――空蝉うつせみ春草しゅんそう。君に伝えたいことがあるんだ」


 咲夜は、孤児院で生活をしており、人の温かさを感じることが好きだった。

 しかし――彼は、誰にも人間という種を愛してることを教えてはいない。

 烈火咲夜の在り方を知る人間など、本来存在するはずもないのだ。

 にも拘らず、彼の態度は、まるで咲夜のことを深く知っているとすら錯覚させる。


「この世界には――独自のシステムが存在する」

「……システム、ですか?」


 咲夜も暇人ではない、本来であればこんな話は聞くに値しないだろう。

 だが、空蝉春草の言葉には経験に裏付けされた自信を感じたのだ。

 彼の言葉はまるで、世界を掌握しているような、そんな確信があった。


「うん、システムだ。神魔戦争しんませんそう――それが、

「……? それを私に伝え、一体どんな意味があると?」


 咲夜の問に、空蝉春草は微笑むだけで答える気はないようだった。

 この青年の行動そのものには、大した意味などないのではないか。

 青年の雰囲気から、咲夜は直感的にそう感じた。


「新たな世界を作る、十三個の席を巡った神魔しんまの代理戦争」

「……そんな世迷言を信じると思うのですか」


 空蝉春草は右手を咲夜に向け、

 咲夜は不気味な感覚と現象に思わず恐怖する。

 すると、ジュワジュワと灼熱の炎が左目に宿り”Ⅰ”のマークとなった。


「君の自由にするといい。それは――灼聖者リーベの力さ」

「こ、これは……? 貴方は一体、何者ですか?」


 咲夜が至極当然の質問をしても、空蝉春草はケラケラと笑うだけ。

 自身の正体を咲夜には教えるつもりはないのだろう……。


「この世界には本来、その力は存在しない。

 人の可能性、その極致。その十二個の力は元来、君のものでもある」


 空蝉春草の言葉は矛盾だらけで、咲夜には理解が及ばない。

 いや、全ての人々がこの青年を理解するなど不可能だろう、と。

 あらゆる認識に於いて、致命的に他とズレているのだ。


「貴方の目的は……私になにをさせたいのでしょう?」


 青年の言葉は支離滅裂に聞こえ、目的がみえない。

 何故、まだ起きてもいないことを視てきたように話すのか。

 何故、こんな力が咲夜に備わっていることを知っているのか。

 そんな疑問を全てのせて、咲夜は問いかける。


「これから人間達は、変化を求められる。

 人を愛する君が、抗うための手段を与えただけだよ」


 神魔戦争――その戦いが始まれば、人は形を保てない。

 あらゆる修羅神仏の力を振るうのは、他でもない人間なのだ。

 つまり――人が人のままで神魔に抗う術を用意した、ということ。


「……私に、その神魔戦争を止めて欲しいのですか?」

「ハハ、まさか。……むしろ、僕は参加したいくらいさ」

「……?」


 咲夜は納得がいかない顔をしながらも、それ以上は聞かなかった。

 あくまでも与えられたのは力のみ、理由は自分で探せばいい、と。


「私は――人の世を守るために、この力を使いましょう」


 咲夜は一つの決意を抱く、人を闘争の道具になど、させないと。

 孤児院の子供は勿論、全ての人々を救ってみせる、そう決意する。

 咲夜の言葉を聞くと、空蝉春草はとても優しく笑った。


「僕は……世界の外側に生きている」


 空蝉春草の唐突な言葉に、咲夜は聞き入る。

 神魔に与えられるでもなく、何故か超常の力を持つ青年。

 その独白ともいえる独り言に耳を傾けていた。


「いつの日にか、人の身に余る概念を宿す者が現れる。

 僕と同じ、本来存在してはならない致命的なバグ」


 朝日が昇る空に、遠くにいる誰かへ向けるように、呟いた。

 きっと、この青年は好敵手を探しているのだと、咲夜は理解する。

 これまでの人生で巡り合うこともなく、孤独だったのだろう、と。


「この世界だけは、完全には見通すことができない。

 きっと、僕すら殺せる、そんな存在がいるはずなんだ」


 狂気的なまでの渇望を感じて、咲夜は息を吞む。

 恐らく、空蝉春草が探し求めているモノは化け物だ。

 詰まる所、、そう言っているのだから。


「それは……迷惑な話ですね。貴方のような人が他にいるなど悪い冗談だ」


 咲夜は憐れみの視線を向け、思いにふける。

 そんな存在がいるはずもないだろう、と。



「――まったく、困ったものですね……」


 私は地面に片膝をつきながら、目の前の絶望を見上げる。

 そこに佇むのは圧倒的強者――死ノ神と契約する青年。

 田中太郎と名乗った彼は、間違いなく最強の契約者だ。


「希望や願い――”奇跡”すらも、俺の前では、


 黒く禍々しい死の嵐が、彼の周囲に渦巻いていた。

 死とは逆の境地を誰よりも強く宿す青年……。

 人並はずれた性欲を持っていても、本来であればそこに意味などない。


「この世界に貴方がいること、それ事態が原因ですか……」


 空蝉春草は言った、

 本来、噛み合ってはならない歯車が出会っている……。

 死ノ神という最上位の神魔、人を超えた概念――性欲を宿す青年。


「私が止める、ここで――貴方を必ず仕留めてみせます!」


 自分を奮い立たせるため、震える声で叫ぶ。

 もはや、勝機などないと、そんなことは理解している……。

 しかし――納得など、できるはずもない!


「そうか――お前の死ノ形は……”覚悟”か」


 田中太郎は余裕を崩さず、冷たい眼で私を直視している……。

 灼聖者の全て――十二の力を集約させた一撃を穿つ。

 それは即ち、人の可能性そのものを乗せた渾身の攻撃。

 しかし――私が力を行使するより先に、全て消失していた。


「……人では、如何なる可能性であっても、神魔には及ばないというのですか」


 既に――私の持つ全ての力は砕かれ……死んでいたのだ。

 戦うことすら赦されない、対等であることすらできない。

 そんな――絶対的な存在にして化け物。


「人も神魔も関係ないぞ。お前はただ――


 ……とてもシンプルで、優しい答えですね。

 田中太郎は私と戦っていたのだと、対等だったと言ったのだ。

 意識も保てませんか……感覚も殆ど残っていない。


「貴方は、ギルバや空蝉春草を止めることができるのですか?」


 薄れる意識の中で、最後に田中太郎へ問いかける。

 私の目的と信念は――ここで死んだ。

 だが、世界は――仲間たちの戦いは続いていくのだ。


「そいつらが俺に出会ったなら――


 思わず乾いた笑いがこみ上げてくる。

 きっと、彼の言葉には偽りはなく、私と同じ結末なのだと。

 心配など、最初から不要だったようです……。


「田中太郎……あとは、頼み、ました……よ」


 私の意識と人生は――そこで途切れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る