第25話 始祖の吸血鬼VS田中太郎Ⅱ

「そうか、なら――


 足が震える、凡そ人間の放つモノと思えない殺気だ。

 目の前の青年は今まで出会った誰とも違う桁違いの存在。

 だが、余とて負けるわけにはいかぬ。


「……君は強者だ、故に余には勝てない」


 そう、相手の神魔が強ければその伝承もまた強力。

 そして――余の解放リベレイトを持ってすればソレを奪える。


「うるせぇ、何かあるなら使ってみろよ」


 この青年は強い、だからこそ油断が生まれている。

 勝機があるとすれば、まだ彼の知りえない力で封殺する他にない。

 余の”伝承の女王”の能力は

 彼が契約する神魔が強ければ強い程に余の得る力も上がる。


「見せてあげよう、解放リベレイト、”伝承の女王”」


 余にとっては切り札の一つ、これで勝ちも見えてくる。

 周囲に赤色の光が広がり、伝承を掴むために彼に手を向ける。

 っ! ……なんだ、これは。……掴めない、だと?

 馬鹿な、……奪えないのか?


「何故、伝承が奪えない!」


 今まで一度もこんな事はなかった。

 どんな神魔でも必ず伝承が存在するはずだ!

 ならば――何故、奪えない? 

 余の力で奪えないのは精々、格の高い超位の神々くらいだ。


「なんだ、終わりか?」


 田中太郎と名乗った青年は特に何をするでもなく。

 ただ、余を観察している、いや、傍観しているとでも言うべきか。

 どうにも他人事のように俯瞰している節がある。


「……君は一体、何と契約している?」

「秘密だ。まぁ、知ったところで――


 っ! ……なんだ、コレは……?

 全身からあらゆる感覚が失われていく。

 そうか、彼の能力の発動条件は、か。

 契約紋が眼に出現してる時点で気が付くべきであった。


「この体では危険か、致し方あるまい、召喚サモン!」


 瑠璃の体を壊されては本末転倒、肉体を”転送”の異能で安全な場所へ送る。

 時間制限のある召喚サモンはできれば使用したくはなかった。

 だが、このままではこの体を壊される。

 それだけは避けなければいけない、この子に傷はつけさせない!


「完全な始祖の吸血鬼たる余が君の相手をしよう」


 完全な状態での顕現が可能なのは精々十分が限度。

 この青年を相手に果たして十分で足りるかどうか。

 だが、その十分の間だけは、余に勝る者などそうはいない。

 彼と同じ優勝者シードである魔王サタンすらもこの余には届かなかった。


「お、やっと本人が出てきたか」

「君のその余裕もここまでさ、今の余は優勝者シードでも勝つことは至難」


 相も変わらず彼の表情に変化は見られない。

 いや、恐らくは内面でもまったく動じていないのだろう。

 だが、何故、余が直接出てきたことに喜ぶ?


「だからさ、これで――?」


 ……何を、言っている? この姿を見て加減だと?

 強がりには見えない、本気で言っている?

 人間の少女ではなく、神魔である余ならば迷わず殺せると?

 彼にとっては先程までと今の余にはでしかないのか。


「余を侮ったこと、無数の異能を持って後悔させてあげよう」


 幾千にも及ぶ無数の異能の行使。

 さらには、オリジナルを凌駕した圧倒的火力。

 今の余には契約者としての制約はない、精々侮ればいい、驕ればいいさ。

 ”座標交換”の異能を使い、彼の背後に周り、”電撃”の異能を放つ。


「好きなだけ使っていいぞ、”一つ一つ殺してやるから”」


 彼は背後を振り返りそれと同時に電撃が一瞬で消えた。

 僅かでも視界に入れば瞬時に殺され、使用不能になるのか?

 再び”座標交換”の異能を使用し、距離をとる。

 背筋が凍る思いだ、あと少し遅ければ

 

「……なるほど、君の弱点はことだね」


 途轍もなく強力な能力だが、視界を封じれば可能性はある。

 ならば、視界に干渉する類の異能で戦うのみ。

 ”幻覚”の異能と”錯覚”の異能を同時に発動させる。

 ……発動しない? いや、違う、


「なんかヤバそうだから――


 ……なんだ、この理不尽な強さは。

 ダメだ、この青年には数では勝てない、どうする?

 今までに取り込んだ神魔の力ではまるで歯が立たない。


「創造神にも匹敵するその力、君は一体……」

「俺の契約主は死ノ神だ、このおぶってる奴がメデバド」


 死ノ神だと? 十三体の優勝者シードの中にいる三体の神か!

 そうか、余を生み出した創造神と並ぶ存在の契約者!

 いや、仮にそうだとして、死神はまだ

 神の力をここまで引き出せる人間がいるのか……。


「何故だ! こんな、こんな所で余は敗れるわけにはいかぬ!」

「なんだ、もう万策尽きたのか?」

「……余は誓ったのだ、あの子に永遠を与えると」


 負けられない、あの子を救えるのは余を於いて他にない。

 病室で一人、孤独に死を待っていたあの子を。

 始祖である余を呼び出すほど渇望した永遠を、悲願を!

 踏みにじらせるわけにはいかぬ!


「……そのために沢山の奴を殺したんだろ?」

「あの子のためだ、お前達人間では瑠璃を救えない!」

「一度でも”自分のために誰かを殺してくれ”なんて言ったのか?」


 ……言ってはいない。

 あの子がそんな言葉を吠えるはずがない。

 優しく、最後の瞬間まで誰かのためと願っていた。

 だが、余は知っている、余だけが理解できる。


「あの子は死にたくないと願っていた!」


 ”生成”の異能を使い、片手剣を創り出し全力で切りかかる。

 さらに追加で”威力強化”の異能で一撃の力を強める。

 剣の切っ先が彼の眼に届く僅か手前で止まった。

 いや、彼の指が刃先を摘まんでいる。


「”威力は死んでる”、そんな力じゃ俺には勝てないぞ」

「……誰が救えた! 呼び出された余が救わずして誰があの子を救える!」

「誰だって死にたくない、けど、その子は受け入れていたんじゃないのか?」

「……君に何が分かる! 力を借り、粋がっているだけの子供に!」


 この青年は運よく最上位の存在と契約しただけの子供だ。

 そんな青年に何が理解できる、彼女の孤独を語るな!


「借り物だろうが力だ、これは戦いだぞ? 

「っ! ……余は負けない、君を下し、最強に至る」

「俺はさ、勝つためなら誰でも殺せるぞ?」

「余とて同じことだ! あの子ためならば誰であれ殺す!」


 そう、誰が相手でも、神と戦うことになったとしても。

 一人のために全てを犠牲にする覚悟を持って挑んでいる。

 ……もう行使できる強力な異能は殆ど使い切った。

 だが、最後のその瞬間まで諦めない、ここで終われない。


「殺す理由にその子を使うなよ、自分がしたくてしたんだろ」

「違う! 余は自分のために、私欲で戦っているわけではない!」

「自分のためって割り切れないなら、俺には勝てないぞ」


 ……おのれ、体の感覚が死んでいく。

 視界も思考も、筋力も、触覚も消えていく。

 何故だ、どうして届かない?


「現実を直視できないなら、その”視界はいらないな”」

「っ!」

「自分のために立てないなら、その”足もいらないな”」

「……っく、貴様、余の


 どうしてこんな子供に敗北しなければならない?

 何故、余の覚悟を、彼女の願いを否定されなければならない!

 

「動機が誰かのためでも良い、けど殺したのはお前だ」

「……」

「最後は自分のためだと言ってみせろよ、責任を他人に擦り付けるな」

「余は、……間違えたのか?」


 彼女は、瑠璃は一度も”助けて”とは言わなかった。

 言ってはくれなかった、余は戦うために呼ばれたというのに。

 彼女を危険な戦いに巻き込み、心を痛めてほしくはなかった。


「……」


 目の前の青年、田中太郎は何も答えない。

 ……そうか、君とて答えなど分かるはずもないか。

 田中太郎、君ならばあの子と共に戦う道を選んだのか?


「あの子を弱者と決めつけ、戦いから遠ざけた」

「ああ」

「余は、あの子の言葉を、心を知ろうとしなかった」

「……そうかもな」


 余は、彼女の”死にたくない”という”本心だけ”を知っていたのだ。

 だから――本質を見誤った。

 あの子は、死を受け入れていて、最後に誰かのために何かを残したかった。

 体が、格が、神魔としての力が死んでいくのを感じる。


「余は、負けるのか? ……ここで死ぬのか」

「納得がいかないか?」


 ……納得か、いくはずもないだろうに。

 こんな、何も成せず、何も残せずに終わるのだ。

 なら、最後くらいは、強がってみせよう。


「いや、ここで死ぬのは自分のため、ということにするさ」

「そうか。お前、今まで戦った奴で一番強かったぞ」

「……世辞などいらないさ、まるで歯が立たなかった」

「心の話だぞ、ソレは俺より強かった」


 まったく、最後の最後で憎めない青年だ。

 君が神に選ばれた理由が少しだけ分かった気がするよ。

 ”座標交換”の異能はもう使えない、もう触れることはできない。

 彼女に、瑠璃へ手を伸ばす。


「ん、あの子を連れてくるから待ってろ」


 ……もはや喋ることすらできない。

 余の気持ちを察したのか田中太郎が瑠璃を連れてこちらに向かってくる。

 最後にもう一度だけ、話がしたかった。

 ……ダメか、体が砂になり朽ちていく。


「る、り、すま、ない」


 上手く発音ができないか……。

 君の願いを叶えられなかった、すまない。

 余はただ、君に幸せになって欲しかった。

 人並に笑って欲しかった、けど、大丈夫だ。


「ま、かせ、た、田中、太郎」


 きっと、君ならその子も救ってくれるのだろう?

 そのデタラメな強さで、余にはなかった覚悟で。

 今度は、余が眠る番か、不思議と恐怖はないものだな。


 ――さらばだ、瑠璃。

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