第37話 死ノ神
「貴方も――”願い”で救ってさしあげましょう」
契約者とは違い、制約も制限も存在せず、願望を体現する。
本来であれば、警戒する必要すらない。
だが、藤原勘助の本能がこの青年は危険だと告げていた。
「知ってるか? 願いにも鮮度ってものがあるんだぞ。欲しかった物がある日に突然いらなくなったり、どうでもよくなったりさ」
「……何の話ですかねぇ。貴方は不気味ですよ、ええ」
藤原勘助は慢心せず、先手必勝と自身の願いを発動させる。
青年の体は内側から火を噴き、燃え始め、その命を蝕んでいく。
にも拘わらず、青年は平然と景色でも見るように佇む。
「やはり、貴方は危険ですねぇ。顔色一つ変えないとは……」
如何に強大な能力であっても、契約者の青年は若い。
だからこそ、痛みや恐怖には耐性が低いと踏んでいたのだ。
そして――気付けば藤原勘助の願いは消えている。
「その願いは――――死んでるぞ」
藤原勘助は驚愕するも瞬時に思考を切り替える。
自身の願いを体現して戦う彼にとって、迷いは致命傷になり兼ねないのだ。
青年がどのような力で願いを無効化しているのか。
それを探るためにも休みなく畳み掛けるしかない、と。
「足元は消え、呼吸はできない――水に包まれ、雷に撃たれますよ、ええ」
藤原勘助の言葉通り、青年の足元には大きな空洞ができる。
さらに、足元から水が出て集まり、青年を包むと、落雷が降り注ぐ。
怒涛の勢いで展開する攻撃を仕掛け、一つの願いへの対処を封じる。
これならば、例え青年の能力を把握せずとも勝てる、そう考えたのだ。
「死の概念があるモノじゃあ――俺には通用しないぞ?」
だが、そんな藤原勘助の考えを嘲笑うように、全て朽ちて消えていく。
体現した願望も、事象も物も全て――終わりがあるのだ。
終わり在る願いに、死が訪れるのは定め――殺されて当然だろう、と。
「貴方は一体……。
何より、信じ難いのは召喚や解放もしてなくてコレなのだ。
「俺は田中太郎だぞ。何処にでもいる普通の大学生! あれ、なんか今のギャルゲ主人公ぽい、この自己紹介気に入ったかも……」
呑気な自己紹介をする田中太郎を他所に、藤原勘助は恐怖していた。
まるで自身に関心が向けられていない。
田中太郎という青年にとって、自分は――新しい自己紹介と大差ない、つまらない出来事に過ぎないのだ。
「やはり、神魔は人を狂わせる……。貴方のように壊れる前に、人々を私が救わねばなりませんねぇ、ええ!」
藤原勘助はあらゆる願いを――自分自身に付与する。
田中太郎にはどんな願いも意味を成さない。
ならば、自分を最強の存在へと高めれば良い、と。
「
「お、おう。急にどうしたのお前……」
相も変わらず田中太郎は眼の契約紋を通して傍観している。
藤原勘助は何をしたのかすら理解が及ばない青年に憐みの視線を向けた。
願いにより、田中太郎の目の前に出現し、強化した右腕でを振るう。
「
田中太郎から黒い砂が大量に沸きだし、辺りを概念ごと殺し尽くす。
無機質な声と共に、砂は形をなし、徐々に人型になっていく。
藤原勘助は腕を上げたまま、その場に呆然と立っていた。
「……ありえません。
紫の長髪に幼いが妖艶な整った顔、そして黒いドレス姿。
その正体こそ不明であるが、間違いなく青年と契約する神魔。
起きるはずのない事態に藤原勘助は動揺していた。
「え、だって俺、コイツを呼んでないし……」
「我、来チャッタ」
「来ちゃったじゃねぇよ……。まぁいいや、早く殺して帰ろうぜ」
「我、頑張ル! 我、最強、我カッチョイイ!」
殺し合う最中であるとは思えないふざけた会話。
対照的に藤原勘助の足はガクガクと震えが止まらない。
少女の姿をした神魔が出現してから、戦意を保つことすらできなくなっていた。
「こ、これは一体……?
藤原勘助が知る限り、創造神ですらもそんな芸当は不可能だった。
つまり――自分が挑んでいるソレは、それよりも上位の存在だということ。
否、本当は理解していたのだ、だが認められない。
「ま、まさか……。
創造神よりも上位の神など、二体しか存在しない。
その中でも頂点に位置する最強の神魔……。
「我ハ、
死ノ神と名乗った最強の存在は田中太郎の前に立つ。
その姿を前に――戦意など消え失せ、願う気力すらも殺される。
願いとは、言い換えれば”希望”であり、生あってこそ。
その全てを終わらせる――そんな存在を前に、何を願えというのか。
「さ、咲夜様にお伝えしなければ! まさかこれ程の化け物がいるなど……」
藤原勘助を除けば全ての
創造神を呼び出したギルバ以外には神の参加は確認されていなかった。
上位三人の灼聖者は別格の強さを誇る。
しかし、事前の準備もなしにこの化け物と出会えば壊滅し兼ねない、と。
「汝ニ残ル願イハ、”死”――ノミダ」
だが、藤原勘助は情報を伝えるという願いを持つことすら
彼に残された道はただ一つ、死を懇願することだけ。
死神は死が近い人間の前に現れ、その魂を連れていくとされる。
愚かにも自分からそんな存在に近寄り――剰え戦いを挑んだ。
「冗談ではありませんよぉ、ええ! まだ死ぬわけには……」
「邪魔をしたお前が悪い、俺は童貞捨てるのに必死なんだよ!」
藤原勘助は青年の言葉で
これは――戦いですらなかったのだ。
お互いの信念が衝突したわけでも、大層な理由の前に敗北したわけでもない。
ただ、子供のようにふざけた理由で自分は殺されるのだ、と。
「何故……こんな青年が死ノ神を呼べたというのですか!」
「汝、喋ル必要ハナイ――考エル必要モ、ナイ」
「――ッ! ぐぁ……あ、あぁ」
それは、かつて己が数多の契約者に与えてきた理不尽な死。
今度はお前の番だとばかりに、目の前にいる少女はニヤリと笑う。
体も心も――全て、生きているモノが砂になり、朽ちる。
「咲夜様……も、申し訳ない、です、ねぇ……ええ」
己の失態を悔いての謝罪、仲間に何も伝えることすら叶わない。
皮肉にも願いを叶え、契約者を殺してきた藤原勘助。
その最後は何も叶わず、理不尽な力の前にただ、死を待つだけだった。
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