第93話 初代VS最強の契約者 Ⅱ

「この時代風に表現するなら、吾輩は――”自然の灼聖者リーベ”とでも言うべきか」


 全ての生物が、根源的に恐怖するのは神魔でも悪意でもない。

 死でも、子孫を残せない絶望とも違う。

 答えは明快――災害であり、自然だ。理由なく恐れるものだ。勝てるかどうかを考えることすらしないだろう。そういうものだからだ。

 言ってしまえば本能なのである。


「この時代の、人間達は知性で克服した気でいても、根源的には恐れている。それは種族としては適応できても、単一個体では手に負えない事実に変わりないからだ」


 死ノ神であるメデちゃんであっても、限界はある。

 無論、嵐や噴火程度ならどうにかできるであろう。しかし、それは目に付く範囲に限定される。世界規模で同時多発的には対処できない。

 この世界で最強の神魔でも不可能なのだ。


「貴様は、災害を相手にする覚悟があるのかね? 吾輩は強いぞ」


 吾輩と戦うのなら、それはこの世の摂理と戦うに等しい。自殺行為に他ならないであろう。灼聖者として有する力は、過去の神魔戦争の中でもであった。

 鬼神の契約者には、互角以上に対応されたが、アレは例外中の例外だ。


「素朴な疑問なんだが、どうして俺が覚悟なんてする必要があるんだ? お前が絡んでくるから、ちょっと遊んでやるだけだぞ」

「ハッハハ! 生意気な」


 絶対的強者故の傲慢。不遜にして、滲み出る自信。間違いなく、目の前の青年はこの時代の頂点であり、最強であろう。

 吾輩の勘は当たる。

 覇気のない表情でも、特徴のない雰囲気でも、この青年は強者だ。


「メデちゃんに選ばれた者同士、良き勝負となることを望む」

「その前提が間違いだぞ」

「……何?」

「勝負なんて成立してない。お前だけが一方的に命がけの遊びをするんだよ。俺にとってお前は脅威じゃない。ただの蹂躙だ」


 この青年からは生気を感じない。

 景色でも眺めているような、どこか傍観的視点でこちらを見ている。

 不気味な眼だ。まるで虫けらでも観察しているような……。


「流石に温厚な吾輩でも、腹立たしいと感じる」

「お前の言い分も大概だぞ?」

「……それもそうか。では始めるか、貴様の言う”遊び”を」


 吾輩は手を目の前の青年に向ける。

 それを不思議そうに、青年は首をかしげながら見ているだけだ。


「言ったであろう。自然を司るのだと」

「……ん?」


 直後――青年の体から炎が燃え上がる。自然発火させたのだ。

 空気中のプラズマを操作することも可能。

 無数の雷を落とすこともできれば、嵐を発生させることもできる。


「こんな芸当も可能である」

「面白い手品だな」


 周囲は雨と暴風が吹き荒れ、立っているだけでも人の身では辛いであろう。

 瓦礫ですら、吹き飛んでいる。

 しかし、青年は動かない。微動だにしない。影響がない。


「馬鹿な……。貴様、本当に生物か?」

「は? なに、俺の顔が人間には見えないってこと? お前にだけは言われたくないんですけど?」

「い、いやそうではない……」


 青年はなにやら勘違いをして、怒っている。怒りの基準が謎である。

 メデちゃんの力を使った様子がない……。

 だが、契約紋を起動すらせずに、まるで影響がないのは一体どういう?


「お前に与えるハンデは二つ。俺は創造神とメデバドの力しか使わない。そして、ギルバやメデバドの手は借りない」

「……ハンデだと? 吾輩を愚弄するかっ!」


 どんな原理かは不明だが、創造神の力で耐え凌いだようだ。

 しかし、右目と右手の契約紋は起動していない。どうなっている?

 まさか、素のスペックで創造神の力を扱えるわけでもあるまい。この青年は人間であり、吾輩のような灼聖者ではないのだから。


「……二重の契約とはな。それも最高位の神々を。信じられん化物であるな」


 それにあの口ぶり、本当に加減するつもりらしい。

 まさか吾輩を相手に、そこまでする愚か者がいようとは……世界は広い。

 いや、時代は果てしないと言うべきか?


「貴様が痛みを感じぬのは、不死であるのは、メデちゃんの力あってこそ。しかし、同質の力であれば無効化できる」

「おう、今のところメデバドの力は別に使ってないけどな?」

「これからの話である」

「へぇ」


 吾輩は既に契約者ではない。メデちゃんとの契約は途切れている。

 契約の期限は原則として一万年であり、天の座に上った後も時間が経過すれば終わりを迎える。それ故に、吾輩は寿命で死んだのだ。


「吾輩はメデちゃんから力は借りておらぬ。代償もない。これは吾輩自身の力」


 天の座に至った存在には二つの権能が与えられる。

 一つは自身の肉体を変質させること。

 もう一つは、望んだ平行世界を創り出すこと。


 二つ目を実行する場所を”天の座”と呼び、勝利した瞬間――その場所へと向かうことになるのだ。

 そして、その場所は通常の生物では到達できない次元にある。

 生命として、進化を求められるのだ。それこそが、一つ目の権能。


「この死の力は、吾輩を死ノ神と同質の存在へと創り変えた故。要するに、つまり――メデちゃんとお揃いにしたかったのである」

「理由がだっさいな」


 今の吾輩は、死ノ神ギ・メデバドと同等の存在と言える。

 いや、灼聖者としての力や、いつでも肉体を変質させ進化ができる分、吾輩の方が強いくらいであろう。


「天の座に至るとは、そういうことよ。貴様では勝ち目などない」

「知ってるか?」

「むぅ?」

「戦闘能力だけで言えば、俺は天の座とやらに行く必要はないんだよ」

「――っ!」


 青年がそう言った瞬間――


「グハッ」


 凄まじい爆風だった。何をされたのかすら理解できない。

 一瞬だが、青年の指先に青い光が収束していた。粒のようなその小さな何かをこちらに放ったことまでは目視できたが……。


「これはメデちゃんの力か? しかし、威力が強すぎる」

「おいおい、一発だけで大げさだな。数万単位でもかすり傷くらいじゃないと俺の相手は務まらないぞ?」


 その言葉がハッタリでないと証明するように、無数の粒が青年の背後に出現する。

 この爆発する粒は不自然な威力だ。

 何よりも不思議なのは、こちらも死の力を使い相殺したつもりだった。しかし、傷を負った。あれを無制限に放てるのか……。


「なん、だ……?」

「これも、アイツらは簡単に突破してきたけど、お前はどうかな?」


 周囲の全てに目がある。

 空にも、地面にも、瓦礫にも、降っている雨にすら。


「くっ……」


 気が付けば、青年の右目の契約紋が起動している。

 メデちゃんの力を使い始めたらしい。恐ろしいことに、周囲の目、その視線に入ると死の力をくらってしまうようだ。


「舐めるなよ、若僧。吾輩を誰だと思っている!」


 こちらも死の力を解き放ち、周囲の目を殺し尽くす。しかし、粒の方までは対処できない。爆発が直撃してしまった……。

 吾輩の右半身は既に無い。不死性を無効化できるのは向こうとて同じ。このままでは本当に殺される。


「言ったはずだ。吾輩には権能がある。肉体を吹き飛ばすことに意味などない」

「戦いの最中に、そんな細かく創り直すゆとりがあるなら、好きにしろ」

「……おのれ」


 あの若僧が引き出せるメデちゃんの力は、約半分。

 メデちゃんと同等である吾輩が威力で負けるとは信じられん。あの青い光、創造神の力を応用しているのか……?


「どうした? のんきに考え事か?」

「……っ」


 いつの間にか、吾輩の背後に青年が立っていた。

 手元に出現した鎌で刈り取られた。血しぶきが舞った。久しぶりの激痛に顔が引きつるのが分かる。


「ここまで強いとはな……。刻ノ名輪廻が警戒するだけはあるか」

「誰それ、お前を使って俺を覗いてる奴のこと?」

「馬鹿な!」


 そんなことまで分かるはずがない。気が付いているのか?

 吾輩を相手に、自らハンデを背負うのは、力を見せないためであったか。


「力の扱いに長けているのは、吾輩の方であるぞ!」

「おっと」


 吾輩は身に纏っている死の力を、青年に向けて放つ。扱いに慣れれば、黒い砂を出さずとも死の力を纏えるのである。

 そして目視でそれを判断するのは難しい。実体がないからだ。


「む、避けたか」

「そういうのは、空蝉アイツで体験済みなんでね」

「……戦闘経験も、吾輩に匹敵するとは。恐れ入ったぞ、若僧」


 まさか、天の座の権能と、死の力を使っても劣勢とは想像もしていなかった。経験値の差で戦おうにも、思った以上に僅差だ。


「だが、灼聖者としての力にまでは、対処できまい」

「おいおい、マジか」


 吾輩の力で、隕石をこの周辺に向けて落とす。

 細かい攻防でも、力の威力でも劣勢なのは事実。ならば、物量で屠るのが手っ取り早い。一つや二つではない。何十という規模だ。


「貴様のその”粒”の威力と、吾輩の物量で勝負といこう」

「言ったろ、お前じゃ勝負にならないんだよ」

「…………な、に」


 降り注ぐはずだった隕石は、一瞬で消え失せた。

 破壊されるでもなく、殺されるでもなく、まるでどこか別の空間にでも消えたような、あまりにも一瞬の出来事だった。


「あの粒は、攻撃だけではないのか……? 異空間?」

「思考が遅いな、元カレ君」

「……!?」


 青く光る小さな粒を、またぶつけられた。しかし爆ぜた様子はない。

 気が付けば、吾輩は知らない場所にいた。

 いや、知らぬ空間とでも言うべきか。ともかく移動させられている?


「どこだここは……。なっ! 馬鹿な!」

 

 あの青年の姿はない。

 恐らくこの空間に閉じ込められたのだろう。だが、問題はそこではない。

 先の、吾輩が落とした数十の隕石が、頭上に見えている。


「くっ……! ダメか、操作が間に合わな――」



「自分の隕石に潰されるとか、ドジっ子かよ」

「にっしっし……。気の毒じゃのう。紛れもなく強者ではあるが、世界と融合した童と同等、と言ったところなのじゃ」


 天の座とやらに行けても、あの時のギルバくらいの脅威らしい。

 というか、あの時のギルバってそんな強かったのか。解放で一撃だったし、知らなかった。思ってたより、世界がヤバかったのか?

 そう言えば、真冬ちゃん達が焦ってたもんな。


「そろそろ、出てくるのじゃ」

「……だろうな」


 あの時のギルバと同等なら、この程度じゃ死なないだろう。

 今回は殺すつもりはないし、それで問題ないけど。


「万が一、隕石で死んでたとしても、エルトの力で巻き戻せば良いし」

「それよりも、あの灼聖者の背後にいる存在が気になるのう。小手調べに使うにしてはあの初代は強力過ぎるのじゃ」

「ん、元カレ君って初代なの? めっちゃ先輩じゃん」


 俺はその情報の方が驚きだ。

 ギルバは初代を操っている奴が気になるらしい。自分で戦わない時点で小者だと思うけどな……。

 というより、背後で操る黒幕の存在に気が付くギルバは流石だった。


「蘇生が可能という事実は素通りにはできん。空蝉を蘇生されては最悪なのじゃ」

「アイツが蘇生を受け入れるとは思えないけどな」

「黒幕と手を組まれれば、今度は童達が敗れるかもしれんのじゃ」


 ギルバは心配性だな。

 空蝉なら、利用することはあっても誰かと組むとは思えない。

 あのアークエルトですら、力不足だと切り捨てた奴だからな……。


「まぁ、確かに危険と言えばそうかもな」

「初代には、黒幕の所在を吐かせる必要があるのじゃ」

「遊んでる場合じゃないか」

 

 目の前の初代よりも、ギルバは黒幕を異常に恐れているみたいだ。

 このままだと、ギルバが勝手に参戦しそうだし、遊びは中断だな。


「メデちゃんをかえ、返せえええええええええええええええええええええええ!」


 そんな叫び声と共に、空間にヒビが入る。

 パリパリと割れていく。

 その中から数えきれない程の黒い蛇が出てきた。なにあれ気持ち悪い。


「まさか、空間の総量を超えたのか?」


 閉じ込めた空間のサイズは、かなりのものだったはずだけど。

 あの蛇が増えすぎて、入りきらずに決壊したっぽいな。


「肉体を変質させるとか言ってたけどさぁ、アレはキモイって」

「生物ではなく、生命への進化と言っておったからのう。あんな芸当ができても不思議ではないのじゃ」

「空蝉ほど強くないけど、空蝉くらい気持ち悪い」

「同感なのじゃ」


 繁殖というか、増殖というか、そんな性質まであるらしい。

 自然の灼聖者を自称するだけある。

 ……というか、灼聖者ってことは、ゴールや咲夜と同じ存在なのか?


「謎が多いな」

「吾輩は無限! 吾輩は不滅! 吾輩のメデちゃんへの愛が!」

「うるせぇ」


 無数の蛇がそれぞれ巨大化する。しかも、その一体ごとがさっきまでの初代と同じくらいの死の力を纏っているっぽい。

 ……これは流石にヤバイな。


「この町も地獄絵図だな……。今回は俺じゃなくて初代のせいだけど」

「マズイのじゃ。おい童貞、お前の粒を数万単位でぶつけても、恐らく滅ぼせないのじゃ……。逃げるしかないのう」

「なんで?」

「物量が違い過ぎるのじゃ、古代の最強を侮っておったわ!」


 なんか知らないが、ギルバは焦っているらしい。

 珍しく気が動転しているのだろう。


「確かに、ハンデを守ったままじゃ厳しいかもな。解放すればワンチャン?」

「いや、あれは単一個体の死を、その可能性を凝縮する解放だからのう。個体数があの規模では意味は無いのじゃ」


 これが初代の底力ってやつなのかね。厄介ではある。

 ただし、脅威ではない。

 このまま放置しても、俺が負けることはない。ただ、こっちが勝つこともない。


「めんどくせぇ」


 正直、俺も元カレ君を侮ってた。メデバドがめんどい奴認定してる時点で予想するべきだったな……。

 生命力や執着心。昔払っていた代償はそのあたりだろう。

 そういう本質だから――嘗てメデバドを召喚して契約できた。


「仕方がないか……。認めてやるぞ、元カレ君」

「なん、だ? 吾輩をををををを認め、認めるのかああああ」


 まともに会話もできないらしい。

 暴走状態なのか?

 ともかく、ハンデのままだと対処するのはダルそうだ。今回は引き分けってことにしておこう。

 時間があるなら、遊んでも良かったが、ギルバの言うようにそれどころじゃなくなったからな……。速攻で終わらせよう。


解放リベレイト――”時間剥奪じかんはくだつ”」


 ……なるほど。

 黒幕は刻ノ名輪廻――生命神の契約者か。元カレ君から時間を奪い、情報は得た。

 あとは黒幕に悟られないように、証拠を隠滅するのがベストだな。


「時ノ剣――”お前は蘇生されなかった”」


 俺は時ノ剣を一振りする。

 瞬間――初代死ノ神の契約者である元カレ君は、一匹残らず消滅した。

 蘇生されなかったことになったのだから、刻ノ名輪廻にこの戦闘の情報が露見する恐れはない。

 解放で記憶を含めた時間を奪われ、不意打ちで対応する暇もなく、初見で時ノ剣をくらえば、流石に俺でも勝てるか怪しい。


「……デタラメなのじゃ。童達、よくアークエルトに勝てたのう」

「本当にそれな」


 改めて、アークエルトって反則じゃね?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る