第22話 始祖の吸血鬼VS憤怒の魔王Ⅲ

「よぉエンマ、ここからが本番だ」


 憤怒の魔王サタンが東条エンマの呼びかけにより降臨した。

 黒い門から出てきたその存在は最強の堕天使であり悪魔の王。

 だが、始祖の吸血鬼により伝承を奪われ、弱体化していた。


「おや、魔王自ら出向くとは、今の貴殿では余には勝てないだろうに」

「ああ、確かに今のオレは本来より弱い、だがエンマがいる」

「サタンのおっちゃん、俺達の実力みせてやろうぜ!」

「二対一だ、簡単には死なんぞ」


 魔王サタンはその言葉と共に両腕に二色の炎を灯し。

 始祖の吸血鬼へと勢いをつけて突進する。

 全てを燃やす黒炎と全てを消滅させる碧色の炎を同時に操るその姿は正に魔王。


「惜しいな、魔王サタン、今の貴殿では余には届かない」


 始祖の吸血鬼は先の攻防で取り込んだ黒炎をサタン目掛けて放つ。

 オリジナルを凌駕した力を発揮するその特性により、

本来、魔王サタンの力でありながら本人が押されていた。


「……やはり始祖は伊達ではないか」

「俺を忘れるなよ! ”双剣の舞”」


 始祖の吸血鬼が放つ攻撃に耐えられず、魔王サタンは後方へと押し返された。

 しかし、速さを生かした形態になり、

東条エンマが始祖の吸血鬼に透かさず切りかかる。


「無駄だと言っている、君の主が敵わぬ相手に勝てると思っているのかい?」


 始祖の吸血鬼は切りかかってきたその短剣の先を指で摘まむ。

 勢いを完全に指先だけで殺し。

 風の元素の天使エレメントから取り込んだ力で吹き飛ばした。

 遥か後方に飛ばされた東条エンマはあまりの力の差に愕然としていた。


「コイツ、強くなり続けてるのか?」

「エンマよ、無事か?」

「サタンのおっちゃん、アイツさっきより強くなってやがるぞ」

「ああ、奴は他の始祖と比べても異端だ」


 始祖の吸血鬼は解放リベレイトにより奪った伝承を己の逸話として昇華させ。

 存在の格を上げて、神魔としての強さを底上げしていた。

 故に、根本的に力のぶつかり合いでは勝機はなかった。


「余は他の始祖とは違い、


 始祖の吸血鬼はゆっくりと優雅に二人の前へ歩いてくる。

 赤いドレスがゆらりと動き、朝の光がこの場を照らす。

 歩く度にコツリと響くヒールの音は死が近づくかのように重く聞こえる。


「こりゃ学校は遅刻だな、サタンのおっちゃん、これ勝てるか?」

「エンマよ、お前は逃げろ」

「逃げるわけないだろ、最後まで戦うぜ、それが俺の代償だ!」

「ふっ、そうだったな、お前は妥協も挫折も、逃げることすら許されない」


 魔王サタンと東条エンマは体力も気力も限界に近い。

 想定以上に相手が強すぎた、いや、相性が悪すぎたのだ。

 始祖の吸血鬼は契約者バトラーにとっては天敵とも言える化け物だった。


「余の眷属を見せてあげよう、魔王サタン、君にこそ相応しい」

「これは…… 何故だ、何故お前が!」


 魔王サタンは始祖の吸血鬼が呼び出した存在が何か知っていた。

 始祖の吸血鬼の声に答え、空間に切れ目が生じる。

 その切れ目から大量の水が溢れ出ており、中から蛇のような悪魔が現れる。

 焔彰人ほむらあきとと契約していた神魔であり、サタンと並ぶ魔王。


「余の眷属、嫉妬の魔王レヴィアタンさ」

「馬鹿な!   神魔を眷属にするなどありえん!」

「サタンのおっちゃん、あれって同じ魔王か?」


 魔王サタンの浮かべるその表情は絶望に染まっていく。

 ここへきて、の存在が敵として現れたのだ。


オレと同じ大罪の魔王だ、弱体化した今、奴まで相手にする余裕などないぞ」


 本来、魔王サタンは大罪の魔王の中でも最強の存在だ。

 しかし、格そのものである伝承を搾取された今。

 魔王一体が相手であっても勝つのは至難。


「さて、君達の力を、優勝者シードの実力を余に示せ」


 始祖の吸血鬼は再び黒炎を手元に出現させ、魔王サタンへ放つ。

 魔王サタンは碧色の炎で威力を弱めるが相殺できず左腕が燃え尽きる。


「サタンのおっちゃん!  腕が……」

「エンマよ、お前の戦う理由はなんだ?」

「急にどうしたんだよ……救える奴を助けるためだ、知ってるだろ」

「ここでお前が敗れれば、あの吸血鬼によって数多の契約者が死に絶えるぞ」


 東条エンマは常に自分へ”枷”かせをかけている。

 それは、相手を殺したくない、敵すらも救いたいという願望。

 争いを止め、誰かを救うことに力を用いることこそ信念。


「ああ、だから俺はあの吸血鬼を止める」

「エンマよ、止めるにはもう奴を殺す他ない」

「アイツに体を使われてる子を助ける!」

「エンマ……甘さを捨てろ、枷を壊せ」


 魔王サタンはこのままでは勝ち目がないことを察していた。

 もはや、救うなどと言っている場合ではなかった。

 ここでこの吸血鬼を殺さねば、もう誰も止めれなくなる。


「けど……俺は……」

「いいかエンマ、まずはあの魔王を仕留めろ、枷を外したお前ならば可能だ」

「おう、けど、吸血鬼はどうする?」

オレが時間を稼ぐ、お前は魔王を葬ってこい」


 魔王サタンは覚悟を決めた、それは己が吸血鬼を殺すことだ。

 東条エンマには力がある、しかし、人を殺せない。

 ならば、吸血鬼に使われているあの少女を殺すのは自分の役だと。


「ふう、俺は、”妥協”しねぇ、”諦め”ねぇ!」


 東条エンマは深呼吸をして代償に差し出した感情を口にする。

 妥協、諦め、挫折、絶望。

 その類の不の感情の全てを差し出し、常に代償として力に還元されている。

 東条エンマがこの感情を持つと瞬時に力の源へと変わるのだ。


「エンマ、行ってこい」

「おう、”双剣の舞”、嫉妬の魔王だろうが切り伏せる!」


 東条エンマは二本の短剣を構え、腰を落とす。

 その表情と気迫は先までとは別人のような鋭いモノ。

 次の瞬間、今までとは数段違う速さでレヴィアタンを切り刻んでゆく。


「ギギャアアアアアアアア!」


 嫉妬の魔王レヴィアタンは悲鳴にも似た咆哮を挙げる。

 動くことすら許さない程の速さで血しぶきが飛ぶ。

 二本の剣の光が飛び交うその光景はまるで乱舞のようである。


「……何故だ、余の解放リベレイトで魔王サタンの力は弱まったはず」


 契約主である魔王サタンの力が弱まれば東条エンマの力も下がる。

 だが、力を引き出す先であるサタンが弱体化したのであり。

 東条エンマが引き出している力の量が爆発的に増えているのだ。


「始祖の吸血鬼、驚いただろう? 」


 魔王サタンが始祖の吸血鬼の目の前へやって来た。


「……代償を追加で払っているとでも言うのかい? 」

「ご明察だ、奴が絶望し、挫折する場面になれば代償が増え、力が増す」

「馬鹿な……主である君すら超えている」

「ああ、今のエンマは力が一時的にオレすら上回る」


 これは神魔戦争のシステムを利用した戦い方である。

 人間が代償を払い、神魔が力を引き出す権利を差し出す。

 差し出した代償はいるのだ。

 そして、もし、引き出す力の割合が神魔の力の総量を超えたら?


 答えは単純明快、


「……そうか、君達が優勝者シードである訳を理解したよ」

「始祖の吸血鬼、何故その少女の体を使う?」

「この子から余が消えれば、半日もせずに死んでしまうからさ」

「……なるほどな、ならば何も言わん、お前はオレが仕留める」


 魔王サタンは始祖の吸血鬼と向き合い戦闘態勢をとる。


「君達に敬意をもって、余も切り札を使うとしよう」

「……何?  貴様、まだ何かあるとでも、……まさか!」

「一つ、あるだろう?  余は契約者バトラーでもある」

「……貴様、自分自身を呼び出すつもりか!」


 そう、まだ一つだけ始祖の吸血鬼が使用していない権能がある。

 それは、”召喚”サモン、神魔をこちら側へ呼び出す最終手段。


「サタンのおっちゃん、倒したぜ」


 東条エンマはレヴィアタンを切り伏せ、魔王サタンの元へやって来る。


「君達二人は、完全な状態の余が相手をするとしよう、召喚サモン


 始祖の吸血鬼は契約紋を掲げ、手のひらを空に翳す。


「エンマ、奴は自分を呼び出すつもりだ」

「……そんなこと出来るのか?」

「分からん、だが、自身であれば同意は不要だろう」


 始祖の吸血鬼だったドレス姿の少女は意識を失い。

 その体はゆっくりと倒れる、そして――

少女を抱きかかえる美しき存在が目の前に出現した。


「やぁ、完全なる始祖を相手にする準備はできているかい?」


 魔王サタンと東条エンマは目の前の存在に恐怖していた。

 明らかに今まで相手をしていた者とは別次元の存在感。


「サタンのおっちゃん、……こんな化け物に勝てるのか?」

「無理だろう、持続時間は数分だろうが、数秒で終わりそうだ」


 少女を抱えたまま、始祖の吸血鬼は手のひらを二人へ向ける。


「最強に至るその日まで、余は止まることは出来ぬ」


 その言葉と共に威力が桁違いの電撃が東条エンマを襲った。

 今までとは違い、碧色の炎ですら消しきれない圧倒的火力。


「ぐぁ、く……そ、また、救えなかった」


 東条エンマはその言葉を最後に意識を失った。

 魔王サタンも電撃のダメージで膝をつく。


「ここまでか、……エンマよ」


 始祖の吸血鬼は召喚サモンを解き、抱えた少女の中へ消えていく。

 そして再び少女に宿り、口元に牙が出現する。


「案ずるな、魔王サタン、その青年を殺しはしない」

「始祖の吸血鬼、貴様の目的は一体……」

「余は、創造主を討ち、その後で天の座に昇る、故に優勝者シードであるその青年を今殺すわけにはいかぬ」

「創造神に挑むだと、そうか、オレの伝承を奪ったのはそのためか」


 魔王サタンは始祖の吸血鬼がなそうとする全てを察した。

 だが、同時にそれが修羅の道であることも理解した。


「その青年は優しすぎる、戦いに身をおくべきではない」

「ああ、だが、エンマが決めた道だ」

「精々その青年を守ることだ、魔王サタン」


 始祖の吸血鬼は魔王サタンを背に去った。

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