第40話 烈火咲夜

「まったく……。何故、俺様がこんな苦労を……」


 そう呟いたのは、エル・デイリー・ギルス――虚空こくう灼聖者リーベだ。

 彼は上司から藤原勘助が死んだとの報告を受けた。

 同行していたゴールの安否確認という任務。

 しかし、敵のアジトらしき場所へ行くも徒労に終わる……。


「アイツは、底が知れんな……。咲夜には直接伝えるべき、か」


 契約者の青年と応戦したが、その力は――圧倒的。

 幸いにもゴールは無事なようで、心配は必要ないようだった。

 灼聖者の長である咲夜へ報告する義務がある。

 ため息と共に、灼聖者の拠点へと足を踏み入れる。


「そろそろ、全員が揃っている頃合いだな。いや、神代と咲夜は遅れてくるか?」


 この町の教会を拠点として、まずは全員が招集された。

 契約者と神魔を滅ぼすための侵攻――つまりは戦争の準備。

 それぞれに思惑や信念はあれど、目的は一つ。

 そして――扉を開け、祭壇さいだんまでの身廊しんろうを進むと違和感を覚える。


「おや、またハズレか……。咲夜は来ないのかな?」

「何者だお前……。俺様がハズレ、だと?」


 教会の椅子に腰をかける青年が一人……。

 茶色いコートに耳にかかる茶髪で、何処か独特の雰囲気を醸し出す。

 狂気が見え隠れする爽やかな笑顔で不気味な男だった……。

 その手には哲学書があり、栞を挟んでいることから読書中だったと思われる。


「ハハ、君達が夢中になっている――契約者バトラーだよ」


 本来、あり得るはずもない言葉と状況……。

 ここは、灼聖者の拠点であり、既に大半の仲間が集まっているのだ。

 にも拘わらず、契約者が――


「な……。馬鹿な――灼聖者リーベが八人だぞ……?」


 床を見渡せば、見知った灼聖者が八人も転がっている……。

 上位者が不在とはいえ、一人一人が優勝者シードに匹敵する個人だ。

 それが――この青年一人に敗北したと、状況がそう語っていた。


「安心するといい。転がっているが、死んではいないよ」

「まったく、今日は厄日だな。俺様も、ついてないようだ」


 ギルスは問答無用とばかりにその力を発動させる。

 小さく、白い球体が辺りに出現し、その数は幾千にも及ぶ。

 灼聖者は、人の可能性や本質としての力を極めている。

 それ故――彼らの力はである。


「自己紹介がまだだったな。俺様はエル・デイリー・ギルス。虚空の灼聖者にして――有する時数字は”Ⅳ”」

「ハハ、シャボン玉みたいで、アークエルトが喜びそうだ」


 ギルスは舌打ちし、青年の言葉に既視感を覚える……。

 少し前に応戦した相手と同じ、絶対強者の余裕を感じたのだ。

 否、厳密には根本から自身とは別次元の存在だと直感した。


「俺様は学習できる男だ、油断はしない。回帰レイグレシオ――”への帰還きかん”」


 左目のマークが消え、同時に球体も消失する。

 ギルスの力の本質は――、ただそれだけだ。

 先程までの球体に僅かでも触れれば、存在ごと消去される。

 しかし、回帰した灼聖者は概念的に能力を振るうことが可能。


「もう球体は必要ない、耳障りな言葉は聞き飽きた」


 二度も自分の力を侮辱され、ギルスは怒っていた。

 何より、本気で挑まなければこの相手には勝てない、と。

 物質だけでなく、概念すらも触れることなく無へと返還できる。


「ハハ、生憎と、其の手の力は僕には意味をなさない……」

「――ッ!」


 しかし、青年にはまるで通用しておらず、ギルスは息を吞む。

 青年は契約紋を起動させてはいない、動いてすらないのだ。

 すると、青年は立ち上がり、ギルスを見て笑う。


「過去も、未来すらも、僕に害をなすことはできない」

「何を、言っている……?」


 青年の言葉が理解できず、ギルスは困惑している。

 もし、青年の言葉が事実であるのなら、優勝者シードであっても到底不可能。

 あまりにも異質、あまりにも別次元の強さだった……。


「僕は、空蝉春草うつせみしゅんそう。契約主は――時ノ神アークエルト」

「……神と契約している、だと……?」

「ハハ。……どうやら、来たようだね」


 空蝉春草のその言葉とほぼ同時に教会のステンドグラスが砕ける。

 人影が一人――執事服を着用し、左目に”Ⅰ”のマークを宿す男。

 そして、執事服の男を見ると、安堵からギルスは笑う。

 灼聖者の長であり、十二人の中で最強の存在が到着したからだ。


「……やぁ。待っていたよ――烈火咲夜れっかさくや

「これは……久しいですね。よもや、貴方が契約者になっているとは」


 黒い長髪を後ろで束ね、綺麗な目元をしている男。

 まだ若いが、声は少し低く、その整った顔立ちは一目で魅了される程だ。

 組織の長でありながら、執事のような口調と立ち振る舞い。

 人間という種に仕え、組織のためにと、執事を演じる変わり者。


「夕暮れ時って素敵だと思わないかい? 朝でも夜でもない、始まりでも終わりでもない”時間”。一番可能性を秘めている瞬間はとても美しい」


 ステンドグラスに反射する夕日を見て、空蝉春草はそう言った。

 ギルスは二人の強者――その気迫を前に立つことすらできない。

 僅かでも動けば、即座に巻き込まれ、殺される、と。


「我々に、可能性を感じているなら――邪魔をしないで頂きたい」

「ハハ、君達には――贄としての役割を期待している」


 ギルスは一人、事態についていけず黙って二人を凝視する。

 二人の会話から察するに、知り合いなのは間違いないのだ。

 信じ難いことに、咲夜の表情にはかなりの警戒が見て取れる。

 つまり、それほどまでに別格の相手だということなのだろう。


にえですか。随分な言いぐさだ、何を企んでいるのですか?」

「……さぁ、どうだろうね。逆に――君の覚悟を問うとしよう」


 空蝉春草は手の甲にある契約紋を起動させる。

 辺りには時計が無数に出現し、その針が逆回転していく……。

 ひび割れていたステンドグラスは遡るように巻き戻った。

 空蝉春草の殺気に――狂気に当てられ、咲夜は地面に膝をつける。


「貴方に――時とは違いますよ」

「……ほう。時間を経て、どんな思想を持ち、どんな理念を掲げるのか興味がある」


 空蝉春草は再び椅子に腰かけ、烈火咲夜へ顔を向けた。


「人々は、神魔に、契約者に抵抗する力を持たない。ギルバのように世界をその手に収めようと考える者を我々が、力なき人々に代わり戦うのです」


 烈火咲夜の言葉を聞き、空蝉春草はケラケラと笑う。


「楽しみにしているよ、咲夜。君の可能性を――”時間”を僕に見せておくれ」


 その言葉と同時に、木製の置時計が出現すると針が止まる。

 それを最後に――空蝉春草は姿を消した。

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