第83話 時ノ神VS死ノ神 Ⅱ

「さぁ――”時ノ花”が咲くよ。君達に抗えるかな?」


 形態変化。この世界の神格には、決して備わっていないモノだ。

 神とは一つの概念であり、明確である程に強力であるとされる。少なくとも、この世界においては。


「彼女――”アークエルト”は、違うルールから生まれた神格なのさ」


 ”時”という一つの概念を司るのが、本来の時ノ神――クロノスだった。

 それに対して、アークエルトは複数の形を持っている。

 彼女は、時の流れという――”変化”であり”過程”に生じた存在だから。


「まさに、格が違うということだよ」


 辺り一面には、ヒマワリのような形をした花が無数に咲いている。

 その花びらは白く、中心には時計が埋め込まれており、針がカチカチと音を鳴らしながら進む。

 アークエルトの姿は消え、変わりにこの景色となっていた。


「……なんだコレ」

「――っ! 汝、危険ダ。我ノ召喚ヲ解ケ!」


 田中太郎は、花見でもしてるように呑気だが、死ノ神は気が付いたらしい。

 流石というべきか、初見で状況を把握できるとはね……。

 とはいえ、対処方法などない。できるのは召喚を解くことだけだろう。


「え、なんで? 二人でアイツ殺そうぜ」

「否、我ノ神格ヲ養分ニシテイル。契約者ガ対処スル他ナイ」

「……まじかよ、ズルじゃん!」


 そう――”時ノ花”は神格も養分として吸い取る。

 強力な神であればあるほど、”アークエルト”をより強くすることになり、召喚を続ければ、不利になるのは相手だ。


「汝、コレヲ使エ。我ハ、再ビ召喚サレルノヲ待ツ」

「おう、サンキュー」


 死ノ神は、手元の鎌を田中太郎に手渡しているようだ。焦った様子もなく会話していて、とても落ち着いている。

 随分と面白くない反応だ。いや、これに限らない。この戦いが始まってから、全て予定通りと言わんばかりの態度だった。


「……これで、ようやく君と僕の二人だけだ。お互い、召喚も解放もない」

「俺と二人きりになりたいなら、美少女になって出直してこいや」

「ハハ、”召喚”を封じただけだと思うのかい?」


 神格を吸い取るのは、副産物に過ぎない。それは本質ではない。

 時ノ花は、特定の空間――そこに宿る”時間”を養分とする。

 過去だけではなく、未来すらも含めた時間。無数に存在する可能性、その全てを糧として咲き誇る。


「この空間の時間を養分として咲いているのさ」

「そっすか……」


 田中太郎は相変わらず反応が薄い。まるで興味を持っていない。

 恐らく、僕だけが相手なら”アークエルト”がいるよりも楽だと思っている。

 だが違うのだ。この状況は一方的に僕が有利だ。


「君はこう考えているね? 死の力で花を殺せば関係ないと」

「エスパーかよ。なんで俺にそんなツーカーなの?」

「ハハ、君は顔に出やすいからね。残念だが、無駄だと言っておこう」


 僕の忠告を無視して、田中太郎は時ノ花に視線を向ける。

 直視された花は枯れ、朽ちて死んでいく。死ノ神の力はとても強いが、コレには通用しない。そう”ならなかった未来”が咲いているから。


、元通りさ」


 例え一つの花を殺しても、他の花がそうでない未来を咲かせれば無意味。

 時ノ花は、相手にとって不都合な”時間”だけを顕現させる。

 この空間にいる限り、一方的に不利を強いられる。かといって召喚すれば、アークエルトの強化に繋がってしまう。


「神格では、この空間に抗う術はない。死ノ神とその力も、意味を成さない」


 死ノ神を呼べない以上、彼自身が対処することになる。

 不利な状況で、同格の相手と戦う。それがどれくらい困難なことか、誰でも分かるだろう。何より、彼が有する能力では、時ノ花を防ぐことは不可能だ。


「なんだ、こんなのに警戒する必要なかったな……」

「……?」


 彼は――田中太郎は今、なんと言ったのか。

 警戒する必要がない?

 強がりにも見えない。だが、死ノ神の力が通用しないのは、理解しているはずだ。


「お前の底も分かったところで、そろそろ殺すか」


 田中太郎は、手元の鎌をクルクルと器用に回しながら、そんなことを言う。

 彼が武器を持つところは、初めて見る。

 それ以前に、随分と戦い慣れているようにも思える。この短期間で、ここまで急激に変わるだろうか?


「動き回って戦うつもりかい? この場所では自殺行為だよ」


 近接戦闘だなんて、らしくない。

 いや、彼ですらそうするしかないのだろう。

 視線を向けるだけでは、僕にも、時ノ花にも効果がないから。だが――


「言ったはずだ、君にとって”不都合”な未来が咲いていると」


 僕は再び、手元に”時ノ剣”を出現させる。

 彼が最初に殺したのは、言ってしまえばレプリカであり、いくらでも代えがある。

 アークエルトが使う本体を殺さない限り、何度でも使用可能だ。


「君が近接戦を望むなら、付き合ってあげるよ」


 僕の言葉を聞くと同時に、田中太郎がこちらに向かって来る。

 だが、僕の元にたどり着くことすら困難だ。

 時ノ花の針がカチカチと鳴りながら、彼の動きを巻き戻す。そのはずだった。


「……馬鹿な、巻き戻っていない?」


 田中太郎の歩みが止まることはなく、凄まじい速さでこちらに来る。

 死ノ神の力を使ったのか?

 だが、それでは僕への対処が遅れる。その上、時ノ花を殺せるのは一瞬だけだ。


「ハハ、愚かな選択だよ。時ノ剣――”君は生まれなかった”」


 彼の行動は、自爆特攻に等しい。

 進むために”時ノ花”へ死ノ神の力を使っているなら、防ぐ手段がない。

 しかし、近づいている以上、”時ノ剣”に対処するなど不可能だろう。


「うるさい奴だな、黙って戦えないのか?」

「――っ!」


 彼がそう言いながら視線を向けるだけで、時ノ剣が砂になり死んでいく。

 田中太郎の進む速度は変わらず、こちらに鎌で斬りかかってくる。

 こちらに対処した? なら、どうやって進んでいる?


「くっ……。咲け――”君の攻撃はあたらない”」

「無駄だぞ、諦めろ」


 ”時ノ花”の影響など、まるで受けていないかのように――

 彼が振るった鎌は、僕の体を刈り取っていた。


「……っ」


 そのまま、血しぶきが舞い。僕は後ろへ吹っ飛ばされる。

 時ノ剣を殺したのは、間違いない。あの鎌が僕を傷つけたのも、元々死ノ神の力が宿っているからだろう。だから、まだそれは理解できる。

 しかし、時ノ花はどう対処している?


「これは、一体……?」


 僕は自身の体を巻き戻し、フラフラとしながらも立ち上がる。

 死ノ神の力だろうか、完全には戻らない。

 少しまずい。軽傷にはなったが、血は止まらず、運動能力は低下しているだろう。


「メデバドがいなければ、俺に勝てるとでも思ったのか?」

「……君に、不利な状況だったはずだ」


 田中太郎は、今度はゆっくりとこちらに歩いて来る。

 やはり、時ノ花の影響を全く受けていない。巻き戻しもそうだが、”不都合”な未来すらねじ伏せている。

 理解できない現象を前に――僕の思考にあるのは、恐怖だった。


「俺が――?」


 僕は手元に”時ノ剣”を出現させるが、瞬時に朽ちて死んでしまう。

 彼の視界の前では、どんな能力も殺される。それは知っている。だが、それならば進めるはずがない。

 あの僅かな一瞬で、同時に対応するなど、有り得ない。


「お前の攻撃が、”想像の範囲内”だから効果がない。それだけだぞ」


 時ノ花は無数に咲いている。一つを殺しても無意味。だからこそ、視界に入りきらないという、彼の弱点をついていたはず。

 例え、咲く現象を予測できても、実際に対応できるかどうかは、別の話だ。


「ハハ、どうなっているのやら……」


 僕は、迫りくる死に、人生初の”恐怖”に――笑っていた。



「人は知らぬが故に恐怖し、知ったがために絶望する」


 俺は手元の鎌をクルクルと回しながら、空蝉に近づいていく。

 武器を手に取ろうが、能力を使おうが、或いは何もしなくとも、結果は等しく変わらない。

 時ノ花とやらの能力は実際、昔の俺には効果的だった。確かに厄介だろう。


「お前が知るのは、これから」


 創造神の力を持つ、今の俺には、想像を超えた攻撃以外は通用しない。

 予想できる程度の現象なら、いくらでも咲かせれば良い。

 殺すまでもなく、無意味だ。


「ゆっくりと、俺の力を教えてやるさ。絶望するには――?」


 空蝉にとって、”時ノ花”は奥の手だったのだろう。

 初めて出会った時に戦っていたら、俺は負けていた。それは間違いない。

 だが、俺に時間を、情報を与えすぎた。


「悪いが、お前と俺の差は、それ一つで覆せるものじゃない」

「……どうやら、そのようだね」


 メデバドの召喚を封じても、肝心な契約者としての力量に差があり過ぎる。

 死の力や創造の力だけでなく、戦闘経験も違う。

 不都合な未来とやらも、ギルバとの戦闘と比べれば、予想は簡単だった。


「まぁ、どうせ手札は――?」


 俺の言葉を聞いて、空蝉はため息をつく。

 それは落胆でも、ましてや俺への挑発でもない。己の不甲斐なさに対して。

 そのカードを使うつもりはなかった。そんな意志を感じさせる。


「やれやれ、君の強さは僕の想定を超えているらしい」

「もったいぶってると、このまま終わるぞ」


 恐らく、空蝉はこだわっていた。俺と二人だけで戦うことに。

 だから”時ノ花”を使い、メデバドの召喚を封じた。自分を上回ることも想定していたはずだ。不都合な未来を咲かせれば、互角。そんな目算だった。


「僕が一人で君を相手するのは、荷が重いようだ」


 辺りに咲いていた”時ノ花”が枯れ、その花びらが地面に散っていく。

 俺は能力を使っていない。

 つまり、これは――次の一手に必要なことなのだろう。


「さぁおいで、アークエルト第三形態トレースフォルマ――”トキトリ”」


 地面に落ちていた、白い花びらが空蝉の背後に集まる。一つの球体のような塊になると、その形はさらに変化していく。

 翼のようなものが生え、くちばしや爪などがあり、真っ白な鳥の姿になった。


「これが、エルト本来の姿ってわけか」


 巨大な鳥の姿だけではない。爪の先には、大きな剣も持っている。

 空蝉が使っていた”時ノ剣”は、恐らくコレの複製だな。だから、いくら殺しても効果がなかったわけか。


「アークエルトの力でねじ伏せるのは、僕の望むところではないけどね」


 契約者として、俺に勝つのは諦めた。

 けど、この戦いに負ける気まではない。ということなのだろう。

 好きなだけ、あらゆる手段で挑んでこい。その悉くを打ち砕いて、負かしてやる。


「そうか、なら――?」

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