第96話 二階堂血花
「ひゃっほー!」
ぼくはやっと自由になれた。
正確にはずっと自由ではあったのだけど、決まって最後は殺されてしまう。
「誰だか知らないけど、感謝だよねー!」
ぼくは我慢を強いられ続けてきた。
空蝉春草という存在によって、どの世界でも殺されてしまうから。
ぼくは肉体的には不死身だけど、封印されて、その度に意識だけ違う世界へと逃げているのだ。
「平行世界を渡れるぼくと、見通すアイツ、相性最悪だったもん」
そう、だった。
過去形の話になったのだ。
「殆どの世界でアイツが死んでる。まとめて葬ったヒーローがいるってこと!」
この世界の誰か。
平行世界の空蝉春草を根こそぎ殺し尽くした、ぼくのヒーローがいる。
もう、封印されない。
「イヒヒ、誰も止められない。世界を渡れるという、ぼくのアドバンテージを誰も超えられない。封印する技術も、知識も、この世界には存在しない」
唯一無二の存在であり、どの平行世界にも存在し、また存在しない。
自分で言うのもなんだけど、この世界での肉体はかなり美少女だと思う。ぼくに自由をくれたヒーローが男だったら、誘惑する予定だ。
「ヒーローさんに、名前覚えてもらいたいな!」
この世界は神魔戦争というシステムで、平行世界を創り出している。つまりは原点とも言える場所。
神魔戦争をしている原点も複数ある。そんな原点の中でもここは特別だ。
この世界に関しては、渡ることすら許されなかった。
空蝉春草はこの世界への執着心が凄かった。どういうわけか、ぼくはこの世界への移動ができなかった。きっと封じる手段があったんだろうなって……。
「ずっと、この世界に来てみたかったんだー!」
神魔戦争に参加するが楽しみだった。本来なら叶わない夢。けれど――空蝉春草が死んだ今、それは現実になった。
神魔との契約は別の世界で済ましている。通常であれば、契約は肉体に宿る。契約紋として。ただし、それは神魔戦争の場合。
ぼくは精神に契約が宿っている。
「ぼくは仲良しになっただけ! この世界での契約とは別だからね。イヒヒ」
争いのためではない。
ただ、仲良くなったから、契約をしている。
代償も存在しない。この世界とは別の法則だから。どちらかと言えば、契約よりも約束に近い。
「唯一の脅威は死んだ。ぼく達は自由だ」
「ぽふっ!」
ぼくは可愛い相棒を撫でる。
狐のような形で、尻尾が十本。色が常に変化している。とっても変な生き物。
多分、神魔だと思うけど……。ちゃんと会話できないから確かめたことはない。
「ぽふっ! ぽふぅ!」
「よしよし……」
神様として、祭られていた厄災。
なんか出合った時は、その世界が滅びかけてた気がする。あれ、ぼくが滅ぼしたんだっけ……? まぁどっちでもいっか。
すっごく可愛いから、連れて来た相棒だったりする!
「相棒ちゃん、一緒にこの世界を破壊しようねっ! イヒヒ」
「ぽふっ!」
ぼくの趣味は世界を破壊すること。
これだけ聞くと、幼稚な戯言に思えるはず。でも、ぼくは大真面目だ。
だって、実際に複数の平行世界を破壊して、滅ぼして、渡り歩いてきた。でもある時から邪魔が入る。そう、空蝉春草だ。
「ほっんとに、空蝉春草ってねちっこいというか、ウザイよね!」
「ぽふっ……」
空蝉春草によって、僕は渡った世界で殺されるようになった。
ぼくが不死身で、肉体的な死を与えても無意味だと知ると、今度は封印されるようになった。その度に、ぼくは意識を違う平行世界へ移動させた。
要するに、いたちごっこ。
「でも、どうやってあんな怪物を殺したんだろ? 平行世界の空蝉ごと殺すなんて、尋常じゃない。ヒーローさん、超リスペクト!」
そもそも、敗北の可能性がある世界だからこそ、あそこまで執着してた?
この世界の情報が足りない。
ぼくは世界を渡れるけど、自分で学んで、自分で探さないといけない。何でも見通せるようなチートじゃないから。
「まぁ、とりあえず……。滅ぼそうとすれば、出てくるよねっ?」
やることはいつもと同じ。
世界を破壊するという、シンプルな行い。
ぼくにとっての幸せ。
「イヒヒ……」
誰もが幸福になりたいし、幸福を目指して生きている。
ただし、幸福には定型がない。
誰かの幸福は誰かの不幸で、誰かの絶望や悲劇が、なによりも甘美な快楽だったりするだけなのだ。
他人を不幸にしたい者なんていない。
どこまでも自分の幸福を追求してるだけ。それが人生なんだから。
「ぼくは欲張りだからさ、全人類の絶望が幸福だったんだもん。仕方ないよね?」
「ぽふっ!」
嫌なら止めればいい。空蝉春草のように。
そうなれば、ぼくはこの世界を諦めて違う世界へ旅をするだけ。
「およ……?」
テキトーに歩いてたけど、契約者らしき少女を発見した。
ボロボロの制服姿で、息を荒げている。
ぼく程じゃないけど、綺麗な少女だった。首元に契約紋がある。
「……新手かしら? 私と戦う気?」
「うーん。お話をしよっ」
「……」
なんかすっごく警戒されてる。
ぼくってば、みてくれは怖くないはずなんだけど……。
「お名前は? ぼくは二階堂血花って言うんだ。殺す気ないから安心して」
「……神崎真冬よ。逃げて来たところなの。戦う気が無いのはありがたいわ。それで話って、何か聞きたいのかしら?」
「誰から逃げて来たの?」
「田中太郎という、最強の契約者からよ」
「そっかそっか」
この少女は弱い。万全の状態でも秒殺できる。
だから最強の契約者とか言ってるけど、基準が低すぎる可能性はある。
でも、ヒーローさんの可能性もあるから、念のため聞こう。
「空蝉春草って知ってる?」
「……ええ。その最強の契約者が殺した相手らしいわ。それがどうしたの?」
「イヒヒ……。そっかー。教えてくれてありがとう!」
幸運が味方してくれた。
ヒーローさんを見つけた。
ただ、気になる点もある。この少女を逃がしているのが不思議だ。
「でもさー、よく逃げ切れたよね?」
「……それを答える前に、貴方――私のことをどうして認知できるの?」
「あー、神崎さん影薄い感じだもんね。代償だったんだー? でも大丈夫、ぼくは色々な知識や技術を有するから。そのくらいなら、平気」
「……べつに、影薄くないけれど」
「ごめんごめん」
ちょっと怒ってしまった。
神崎真冬という少女は、そのあたり気にしてたっぽい。
逃亡に成功したのはそれが原因……?
「最強の契約者って、何と契約してるのー?」
「死ノ神、時ノ神と契約してるわ。その上、創造神の力も得ている……」
「は……?」
ちょっと何言ってるのか分からない。
神と契約するだけでも凄いのに、三体、いや二体と契約して、創造神に関しては取り込んでるってこと?
「もう一度言うけど、どうやって逃げたの?」
「分からない……。殺されると思ったわ、でも召喚が解かれた……」
「その情報を持ってる神崎さんを、逃がすかな? 変だよねそれ」
「そうね」
いや、今現在――絶賛殺しに向かって来ている可能性も捨てきれない。
神崎真冬が死ぬ前に、この情報を得たのは幸運だった。
一緒に行動すればヒーローさんに会えるけど、戦闘になるかもしれない。
「うーん」
「どうしたの?」
「神崎さんを餌にするか、自分で会いに行くか、悩んでるんだー」
「……どういう意味かしら?」
そのままの意味なんだけど、言ったら怒りそうだし。
それに、ヒーローさんではない何かも、こっちに殺気を飛ばしてる。
ほら、来ちゃった。
「ねぇ、アレはお知り合い?」
「……いいえ」
「じゃあ殺しちゃうけど、良いよねっ?」
「むしろ、助かるわ」
神崎真冬を追ってきたであろう人物。ゴスロリ衣装で、金髪の少女。紫の瞳で左目には黒い眼帯をしている。
神魔の気配を感じない。契約者ではない。
珍しい。たぶん灼聖者だ。烈火咲夜と別の世界で戦ったことがあるから分かる。
「この世界にもいるんだー?」
「田中君の情報を持ってる神崎真冬は、殺しておくの」
やっぱり、神崎真冬を殺すために追ってきた子らしい。あの口ぶりだと、最強の契約者の仲間なのかなー?
いいなー、ぼくも仲間になりたいなー。
「ぼくは二階堂血花、君は?」
「……ゴール。有する時数字は”Ⅱ”――金色の灼聖者なの」
「止めておいた方が良いよー? ぼくは結構強いから、負けちゃうよ?」
「なら、おとなしく死んでほしいの」
「えー」
神崎真冬を守るように、前に立つ。
どうやら、ぼくも敵認定されたみたい。困ったな……。
「情報をもらった恩返しに、今回だけ守ってあげるよ。神崎さんは逃げて」
「……ありがとう。助かったわ。あの子、強いから気を付けて」
「おっけ」
ぼくにとっての強いの基準は空蝉春草だ。
アレより弱いなら、ぼくは負けない。
灼聖者だろうと、契約者だろうと、神魔だろうと、ね。
「逃がさないの……」
「灼聖者ちゃんの相手は、ぼくだって言ってるじゃん」
「……っ」
ぼくは腰に身に付けている透明な刀を抜く。抜刀というやつだ。
金色の灼聖者には避けられた。
所有者しか見えない代物だけど、察知されたみたい。思ったより厄介かも。
この刀は違う世界から持ってきた。自分の精神が鞘になる変わった仕様の武器でお気に入りだったりする。
「肉体以外も斬れるんだー。持ち主の解釈次第で便利」
「……意味が分からないの」
「要するに、灼聖者としての能力を斬るってこと」
霊術が盛んな世界で、専門の鍛冶師に創ってもらった一級品。自慢の武器だ。
空蝉春草はその世界で、”封魔の釘刀”という厄介な物を持っていた。それのせいでぼくは封印生活を余儀なくされた。思い出すだけで腹立つー。
「何がムカつくって、ぼくは人間なんですけどっ!」
魔の存在を封じるはずなのに、人間の僕が封印されるのっておかしくない?
でも、封魔の釘刀はきっと破壊されたはず。ぼくの封印が解かれたのは、それが理由だと思う。
封魔の釘刀を破壊した上で、空蝉春草を殺す。その条件を達成したヒーローさんのおかげで、ぼくは今この世界を満喫している。
「
「え……?」
ぼくは開いている左手に、箱を出現させる。
パカッと、箱が開く。
これは”人造魔法”の一種だ。魔法が存在し、発展した世界で獲得した戦利品。
「ぼくを相手にするなら、この世界での常識は通じないよ?」
「これは解放……?」
「神魔とは無関係の力だよ。灼聖者とも違う、違う世界の技術で、ぼくの努力の結晶とか説明しても、ピンとこないよね」
ぼくは空蝉春草とは違う。
あくまで違う世界に行くだけ。そこで獲得した全てはぼく自身が努力で培ったものだし、数々の世界を破壊する上で手に入れてきた力。
「……っ」
「無駄だって、君のそれって”奇跡”を司る能力でしょ?」
「なんで……」
「烈火咲夜でも、ぼくには勝てない。それを攻略したことあるんだよねっ」
この箱――”人造魔法”は、周囲の存在を中へと閉じ込める。
そしてこの箱は、所有者の心象世界を具象化した物。取り込まれた全ての存在が、設定されたルールを絶対遵守しないといけない。扱いが難しいのがちょっとアレ。
「ぼくも対象だから、プラマイゼロだけど」
「……どうして、奇跡が使えないの?」
「この箱の中では物理的な攻撃しかできない。概念的な異能の発動その一切を禁じる、それが設定されたルール。”この箱”の場合は、ね」
他にも細かいルールがある。
例えば、収納人数も箱によって違う。この箱の場合は二人だけ。
ぼくを入れたら一人しか対象にできない。
「君達灼聖者は概念的な能力ばっかりで、物理戦闘は苦手でしょ?」
「……」
「契約者と決定的に違うのはそこ。神魔を呼べば簡単に攻略可能な箱だし。素で化物みたいな身体能力の空蝉春草には、普通に殺されたし……」
ぼくだって、手数を捨てるような行為だ。
けど、収納される前に、肉体へ細工をすればその影響は残る。灼聖者に対しては、初見殺しのハメ技みたいな感じ。
「それにほら、武器の持ち込みはアリなんだ。イヒヒ」
「……田中君の居場所は教えないの」
「良いよ別に」
「え?」
「お仲間な君の首でも持ち歩いていればさ、ヒーローさんも来てくれるでしょ」
ぼくは笑顔でそう言った――
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