第56話 美学の問答

「有終の美とはなんだろう? 君はどう思う、ギルバ」


 目の前に佇む青年――空蝉春草うつせみしゅんそうが問いかけてきた。

 不快なことこの上ない笑顔で、こちらを観察している。

 手元の本を開いて、童の回復をわざわざ待っていた……。


「戦いの途中に読書とは、舐められたものじゃ……」

「君の力をもってすれば、その傷も癒せるだろう?」

「何故……殺さない? 何が目的じゃ!」


 解せない、空蝉の目的がまるで分からぬ。

 完全な状態ではないとはいえ、童ですら歯が立たない。

 あの”アークエルト”なる神魔は、次元が違う……。


「怖いかい? 恐れることはないよ。君は――

「な、に……? どういう意味じゃ」


 死なないではなく、”死ねない”?

 殺されても巻き戻り、永劫終わることがないと?

 何故、そこまでして童を生かす?


「役目を終えるその時まで――戻り続けるだけのことだよ」


 それでは、童の目的は果たせない……。

 これから先、世界を造り変えても。

 どんな敵を倒しても、この男が満足するまでやり直せと?


「ふざけるな! 貴様の傀儡くぐつにはならんのじゃ……」

「ハハ、手遅れかな。既に――君の道は決した」


 無数の時計――その秒針が回り、世界を歪める。

 抵抗など赦さない、一つの未来に向かって進めと。

 理不尽極まりないが、それを覆せるのはこれ以上の強者だけ。


「いずれ――最強の契約者と出会う。彼をたおせたら、自由さ」

「……誰のことを言っている? 貴様が直接やらんか!」


 何処までも勝手な理屈で、こちらの意志はお構いなし。

 この男のルールに縛られてたまるものか。

 しかし、今の段階では抗えん……。


「強ければ生き残る。僕はね、強者にしか興味がない」


 勝ち残った者だけが、自分と戦う資格があると。

 上からほくそ笑んでるような、そんな言葉。

 ここまでの屈辱は覚えがない。こんな未知はごめんじゃ。


「ここで童を殺さなかったことを後悔するぞ、貴様」


 きっと、この男には強がりにしか思えんのじゃ……。

 しかし、それが命取りだと教えてやろう。

 創造神との融合が完全になれば、始祖を全て回収すれば――


「君も――後悔しないとは限らない。なにせ、彼が相手だ」

「ふん、ほざいておればよい。貴様は必ず、童が殺す」

「ハハ、期待しているよ。どうか、失望させないで欲しいな」


 歪んでいた世界が戻り、町は綺麗に修復されていた。

 灼聖者との戦いで、死んだはずの住人まで生き返っている……。

 この光景が、奴の言葉が事実であるという証明か。


「ギルバ――君の”時間”を教えておくれ」


 時計の音と共に、空蝉の姿は一瞬で消えた。

 気色の悪い男じゃ。二度と会いたくなどない……。

 ふむ……。しかし、アレがあそこまで執着する契約者か。


「哀れな契約者じゃのう……。気が合いそうじゃ」


 これから出合うであろう人物に心底同情する。

 どうあっても殺し合うじゃろう……。

 しかし、本当なら――仲良くできたかもしれん。


「どうにも、似ているように思えてならん」



「ギルバ――理解しているかな。何故、君なのか」


 修復された町中を歩く。灼聖者には、少し申し訳ない。

 彼らの戦いは、全てなかったことになったのだから。

 まぁ、構わないだろう。些細なことだ。


「最も美しい”時間”とは何か――それは、”過程”をおいて他にない」


 始まりでも、終わりでもない。

 生まれて死ぬだけなら、そこにドラマは――輝きは生まれない。

 ……きっと、太郎君は怒るかな?

 彼は死を思い。独自の価値観と、哲学をもっていそうだ。


「君が彼に挑み、彼が僕に挑む。そんな過程にこそ、価値がある」


 それを実現するには、君を縛るしかなかった。

 この事実に気が付いているかな?

 僕の力をもってしても――彼だけは動かせない。


「だから――君なんだよ。この時点で、?」

「……? 春草、独り言、ばっかり……」

「ハハ、そうだね。ごめんよ、楽しみなんだ」


 アークエルトは拗ねてしまったようだ。

 子供を褒める時は――過程を褒めると良い。

 昔、読んだ本にそんなことが書いてあった。


「その感情は寂しさだ。人を知る努力が、実りそうだね」

「うん! 人間のこと、春草のこと、知りたい……よ」


 誰かを知るということは、時間に触れるということ。

 その人間が積み上げてきた、”過去”。

 その人間が、死という終わりに向かう”未来”。


「本と同じだよ。僕だけは――未完だったけど」


 願わくば――有終の美を飾りたいものだね。

 本が完結するには、物語に終わりが必要だ。

 しかし、読むことを止めた時もまた――”終わり”になる。


「さて――君は僕を、終わらせてくれるのかな?」











 

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