第27話 空蝉春草

「退屈だ、どこかに面白い人物はいないかな?」


 ――朝の散歩は日課だ。

 一日の始まりにはつい、何かを期待してしまう。

 何処かに僕を満足させてくれる事件はないだろうか?

 何処かに僕に退屈を忘れさせてくれる人はいないだろうか……。


「春草、どうして、いつも、散歩する、の?」


 目の前の白いドレスを着た美しい女性の形をしているソレは、人間などではなく、ましてや人間が関与できるはずもない存在。

 時ノ神アークエルト、僕が契約する神魔にして、優勝者シード


「誰かの朝をこの目に焼き付けたくてね」

「?」

「うん、アークエルトには難しいかな」

「朝、が、好きな、の?」


 時ノ神は純粋だ、出会ってから数ヶ月。

 僕がこの存在に下した評価は純粋故に危険な存在であること。

 人間の常識なんて当然理解できないし、善悪の区別すらもない。


「朝はね、カウントなんだ。この朝を迎えたかった人が沢山いる。けれどその中で自分はまだ生きていると数えるための時点なんだよ」


 誰かが生きたかった一日かもしれない、と。

 昔、……偉い誰かが言っていたきがする。

 誰だったかな? まぁ、どうでもいいかな。


「よく、分からない、よ」

「ハハ、そうだね。けど、理解する必要はないよ」


 人間は本当の意味で理解し合うことなど不可能だ。

 人々は――本質的に孤独であることを知っている。

 だから心を通わせ、理解できたと思いこみ、幸福を感じることができる。

 神様であるこの存在ならどうだろうか?

 いや、そもそも神に心などという概念が存在しているか怪しいものだ。


「春草、アレ、砂じゃない、よ」


 アークエルトは何やら見つけたらしい。

 いつも何でもないようなモノを見ては興味深そうにしている。

 物事の捉え方が子供のソレに近いのかもしれない。

 

「……おや、これは、神魔かな?」

「うん、死んでる、けど、神魔だ、よ」


 驚いた、いや――関心したと言うべきか。

 徹底的に殺されている、跡形もなく、概念すら残さず。

 ……近くに眠っている少女は契約者かな?

 

「面白そうだね、巻き戻して、生き返らせてみようか」


 君は何故、負けたのかな?

 君は何故、死んだのか、誰に――殺されたのか。


「君の”時間”を僕に教えておくれ」


 契約紋を起動させ、地面に広がる砂を巻き戻す。

 ……だめだな、過去すらものか。

 僕の力が弾かれるなんてね、確信したよ、退屈はしなさそうだ。

 いけないな、口元の笑みが抑えられそうにない。


「アークエルト、僕では巻き戻せないようだ」

「うん、私が、やって、みるね」


 本当に純粋だ、僕の行動に疑問を持たない。

 この神は、僕の言葉こそが人間の在り方だと考えている。

 きっと、戦いとは関係のない、善良な一般市民を殺せと言えば迷わないだろう。

 そんな善悪が曖昧な神魔という存在が、契約者を守って死んだのか?


「そんな砂になってまで、この少女を守りたいと思ったのかい?」


 とても興味深い、君は一体、どんな”時間”を僕に与えてくれる?

 或いは、この砂になった神魔を殺した人物こそが――


「まぁ、なんにせよ、意義のある”時間”はとても貴重だね」


 流石は時ノ神だ、砂は徐々に形を取り戻していく。

 どんなに強力な神魔の力で殺しても、神の力には通用しない。

 ……いや、戻しきれてない……のか?


「春草、私の力でも、完全には、戻らない、よ」

「へぇ、俄然、知りたくなったよ」


 間違いない、何処かに僕と同じ神と契約する者がいる。

 嬉しいな、何事でも共通点を見つけると嬉しいものだ。

 よく、自分と同じ人間が世界には三人いるという。


「君も――”孤独”なのかな?」


 まだ相対したことのない誰かに向かって呟く。

 僕は争いごとが嫌いだ、だが別に平和主義ではない。

 単に、のだ、それが酷く孤独だった。


「人生には刺激が必要だ、好敵手は”時間”に色を与えてくれる」


 砂は集合し、形をなし、死した概念も巻き戻っていく。

 だが、その神魔は隣で眠る少女の体に入り込む。


「……ここは何処ですか?」


 少女は目覚めた、手の甲を見れば契約紋は治っている。

 神魔の復活には成功したとみていいだろう。

 だが、こちらに現出できる程には回復していないようだ。


「目覚めたかい? 初めまして、僕は空蝉春草うつせみしゅんそう

「私は……瑠璃るりです」

「突然で申し訳ないけど、君の神魔を殺したのはどんな人物だったのかな?」

「……? よく分かりません、ごめんなさい」


 瑠璃と名乗った少女は怯えているわけではない。

 目覚めたばかりで記憶が混乱しているのか?

 いや、この反応を見るに、最初から知らないのだろう。


「君は……記憶はあるのかな?」

「私は、ブラッドさんに体を貸して、……それから」

「なるほど、大体分かった、君は神魔戦争を知らないね?」

「はい、分かりません」


 これは困ったね、せっかく見つけた好敵手への道が閉ざされた。

 まぁ、仕方がない、これ以上は話をしても時間の無駄だろう。

 人間は多忙だ、”時間”は有効に使わないとね。


「この町に居れば、いずれ出会えるかな?」


 まだ知らぬ君は――僕にどんな”時間”を与えてくれる?

 君の見ている世界を――君の力が知りたいなぁ。

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