第7話 武器は装備しないと意味ないぜ


 ツルハシを購入して帰宅。

 別れ際、岬が「先輩。今度の休み、いっしょに病院行きましょう?」としきりに言っていたが、なにか間違っていたのだろうか。


 とりあえず、目的は果たした。


 今日は岬と軽く食事をしてきたので、コンビニ袋はなし。

 ただしこのゲームについて熱く語る間、彼女の顔はずっと引きつっていたが。


「さて、と……」


 ドームを覗き込むと、やはり昨日と同じ風景だった。

 あ、モンスターがもう一匹、死んでいる。


 こうもモンスターが出るとなると厄介だ。

 おそらく、田畑を荒らすのだろう。

 明日、また駆除剤を購入してこなければ。


 おっと、それよりもだ。


 おれは昨日、いくつか調べた。

 どうやら開墾には、まず地面をおこして草根を排除しなければならないらしい。

 しかし手を入れていない土地は、とにかく固い。

 さらに、この男性が使用している鍬は、どう見ても粗悪品だ。


 まったく進まないのは、そういう要因かもしれない。

 妙にリアリティのあるゲームだ。


 大いなる実験の、第一歩。

 おれはそっと、ツルハシの柄から穴に差し込んだ。


 おお。

 おおお。


 入った入った入った入った。


 入った! 入った!! 入ったよ!!!


 どうなってんだ!?

 物理の法則、おかしくないか!?


 明らかに穴の直径よりも長い頭部が、ぐいぐい吸い込まれていった。


 いまのゲームやべえ!

 おれは興奮気味に、ドームの中を見ていた。


 すぐに変化が訪れた。

 やはりツルハシのようなアイテムが出現したのだ。


 男性はそれにすぐ気づいた。

 ツルハシを持ち上げると、それを振る。


 大きく天に掲げた。

 どうやら気に入ったようだ。


―ツルハシLv2を装備しました―


 やっぱりゲームだ!!

 武器は装備しないと意味ないぜってやつだ!


 ちょっと楽しい。

 ハマりかけている自分がいる。


 そういえば、会社でも禁煙所で携帯をぽちぽちやっている若いのが増えた。

 そんなにゲームばかりしていて大丈夫かと思っていたが、自分もそうなってはなにも言えない。


 仕事ばかりで、こういう娯楽は気にしたことなかったが。

 ゲームを楽しむ心は、いくつになっても変わらないということか。


 男性がツルハシを振り上げるたびに、土がおこっていく。

 これで混ぜ返した土から、三叉に分かれている鍬で草だけを除くらしい。

 実験も成功したし、今度はそれを買ってくるか。


 しかしアイテムを入れただけでは、ポイントは上がらないらしい。

 あと5ポイントだし、レベルアップが見られるかと思ったのだが。


 まあ、いい。

 明日には、もっと進んだ状態になっているだろう。


 時間が時間だったから、すぐに夕焼けがやってきた。

 いつものように小屋に戻っていく家族。


 それを見送ると、ドームにカバーをかぶせた。

 おれは満足感に包まれたまま、その日はゆっくりと寝た。




 翌朝。おれはさっそく、岬に報告した。


「岬。おまえの選んでくれたツルハシを喜んでいたぞ」

「あ、そうですか。よかったです。はは……」


 なんだか距離が遠いような気がする。

 会話もいつものキレがない。

 なにか余所余所しいというか……、あ、部長に呼ばれて逃げた。


 昨日の食事が気に入らなかったのだろうか。

 そんなことで文句を言うタイプじゃないはずだが。


 昼休憩のころに岬を探したが、すでに出て行ったあとだった。

 あのゲームのこと、もっと詳しく聞きたかったのだが。


 しかし、三叉の鍬はどうしようか。

 土が乾くのを待って使用するらしいが、さすがに早すぎだろうか。

 いや、そもそも進行具合がわからない。

 効率は上がっただろうが、いかんせん一人だ。

 それに、あの男性がどのくらい開墾するつもりなのかもわからない。


「山田くん」

「お、佐藤か。こっちに来るなんて珍しいな」


 喫煙室でうんうん唸っていると、同期の女性社員がやってきた。

 寿退社したのだが、数年前に戻ってきた。

 いまは女性ながら仕事も子育てもこなすシンママだ。


 それから他愛ない世間話をしているが、どうも様子がおかしい。


「……いつもの山田くんだよなあ」

「は? どういう意味だ?」


 すると彼女は、言いづらそうに切り出した。


「えーっと。最近、変なゲームにハマってるって本当?」


 それは少しばかり、意外な言葉だった。

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