未来王の帰還編

第82話 そんなの許しませんよ!


 年明けの初出勤。

 なんとか間に合ってよかった。


「あ、山田さん。今年もよろしくお願いします」

「よろしく」

「あと、本年度のお土産置き場はこちらでーす」

「はいはい」


 オフィスのお茶サーバー横のテーブルに、お菓子の箱を置いた。

 女子たちがまとめて開封してくれるので、あとは勝手に取っていくシステムだ。


 事前に柳原に頼んで買っておいてもらってよかった。

 さすがに向こうの世界には、会社に持ってこられる感じの名産はなかったからな。


「あ、先輩。おはようございます」

「ああ、岬か。おはよう」


 向かい合った状態で、無言になる。


 ……気まずい。


「あー。それじゃあ、今日も頑張れよ」

「あ、はい! 頑張ります!」


 慌ててデスクに戻った。


 ……やれやれ。

 やっぱり調子が狂うな。


「……じーっ」

「うわ、びっくりした。なんだ?」


 隣の同僚が、おれをじーっと見ていた。

 というか、じーっと言っていた。


「怪しみ……」


 ぎくっ。


「な、なにがだ?」

「いま、明らかに岬ちゃんを避けたろ?」

「なんのことだ。さっぱりわからん」

「そのはぐらかし方も、らしくないな」


 ……平常心、平常心だ。

 この程度のカマかけに動揺していては負けだ。


「あ、わかった!」

「え?」


 どきーん。


 同僚は名探偵アニメばりに、びしっと指さした。


「とうとう愛想を尽かされてフラれたな!!」

「…………」


 ……そもそも、まだ付き合ってなかったんだが。

 まあ、それならそれでいいか。



 -*-



 そして土曜日。

 日差しの降り注ぐ冬晴れの昼だ。


 おれの前にいるのは、サチ!

 ふんすふんすと鼻を鳴らしながら、尻尾を振っている。


「よし、やるぞ!」

「はい!!」


 今日は『サチ感謝デー』だ。

 ずっと留守にしていたぶん、この土日はサチと一緒に遊ぶ約束なのだ!


「で、なにをするんだ?」

「わかりません!」


 わからないらしい。

 遊ぶといっても、いつも山田村で遊んでいるからな。


「そうだな。じゃあ、サチがしてみたいことはあるか?」

「サチですか。じゃあ、お空を飛びた……」

「待った。おれに実現できるところにしよう」


 うーむ、と考え込んでしまった。

 どうやら、本当に思いつかないらしい。

 欲がない子だなあ。


「じゃあ、なにか食べたいものないか?」

「食べたいもの……」


 じゅるり、とよだれが出た。


「ホットケーキが食べたいです!」


 ほほう。

 ずいぶんと可愛いのがきたな。


「この前テレビで、ハラジュクという街で食べられると言ってました!」

「なるほど。アレだな、若者に人気ってやつだな」


 それなら、おれより岬のほうが詳しいよな。

 でも、残念ながらこの週末は来られない。

 年末年始に行けなかったので、実家に顔を出すらしい。


 ……挨拶にこいとか言われなくてよかった。


「ううむ。でも、さすがに原宿には連れて行けないしなあ」


 若いころに一度だけ行ったきりだが、かなり人が多かったイメージだ。

 たとえ岬がいたとしても、変なやつから守ってやれる保証はない。


 それにサチは可愛いから、下手にスカウトされると困るしな。

 おじさんは芸能界とか、そんなの許しませんよ!


「ホットケーキ……」


 サチの尻尾がしゅんとする。


「とても美味しいらしいです……」

「むむ……」

「甘くてふわふわだと言ってました……」

「むむむ……」

「クリームをのせるらしいです……」

「うむむむむ……」


 そんな目で見られたら。

 み、見られたら……。


「わかった。それじゃあ、おれが作るぞ!」

「え!? 作れるんですか!!」


 そうなのだ。

 実は家庭でも作れるのだ。


 まあ、作ったことはないけど。

 そんなに難しいものじゃないだろ。

 アレだ、専用の粉と牛乳を混ぜればいいんだよな。


「お昼はホットケーキにするか」

「はい!!」


 そんな感じで、おれたちの初めてのホットケーキ作りが開始した。



 -*-



 コンビニだ!

 たぶん売ってるだろう。


 どれどれ。

 小麦粉と、片栗粉と、ええっと、あ、あった。


 このパンケーキミックスだ。

 ええっと、一袋で、2枚から3枚くらいか。


 その裏面を参照しながら、材料を集めていく。


 卵に、牛乳に、……むむ。


 ふと、目についたのはデザート売り場。

 そこには、色とりどりのケーキが並んでいる。


「……なあ、サチよ」

「なんですか?」

「こっちのはどうだ? ほら、おれがつくるよりうまそうだぞ」


 それに、生クリームたっぷりだ。

 ここにはクリームがなくて、結局、ホットケーキだけになってしまうしな。


「サチは神さまのがいいです!」

「ええ。でも、おれ料理、下手だぞ?」

「それでも、サチは神さまのが食べたいです!」


 ぐいぐいと裾を引かれる。

 ううむ。そんなに一生懸命に言うなら、頑張ってみるけど。



 ―*―



 アパートに戻って、レッツ・クッキング。

 パッケージの裏面を見ながら、準備を進めていく。


 ……むむ。

 ボウルがない。

 まあ、どんぶりでいいか。


 ……あ、泡立て器もない。

 混ぜるだけだし、菜箸でいいか。


「サチ。見てろよ!」

「はい!」


 えっと、どんぶりにケーキミックスを全部入れて……。

 うわ、意外にすごい量だな。

 どんぶりから溢れそうだ。


 これに卵と牛乳を……あ、こぼれた!


「さ、サチ! 別のどんぶり!」

「は、はい!」


 慌てて避難させたけど、問題が発生。

 分量がわからない。

 卵と牛乳も混ざってるし、……ううむ。


 まあ、適当でいいか。

 うまく混ざれば大丈夫だろ。


「…………」


 サチが尻尾をぶんぶん振りながら、じっと見つめている。

 その期待に応えないわけにはいかない。


「……よ、よし? こんなもんか?」


 どんぶりに移して牛乳。 

 さらに移して牛乳。

 それを繰り返した結果。


 なんか、すごいさらっとしてるけど。

 その割に、丸い粉の塊も浮いてるけど。


 まあ、焼いている間にうまく混ざるだろ。


「よし、フライパンも温かくなったな」


 いざ!


 ……ジュワワワワ!!


「よ、よし、これで、……あれ?」


 うわ、めっちゃ煙でてる!

 温度の調節を間違えた!

 急いでひっくり返し……あ、フライ返しの準備してなかった。

 どこだ、いつもメリルに任せてるから、ああ、そう言っている間に……!


 ようやく、ホットケーキを皿に上げた。


 見事に真っ黒だった。


「……まあ、見た目はアレだけどな」

「……は、はい」


 その表面の黒い部分だけ、そぎ落とす。

 ぶつぶつの空洞が、なんかハチの巣みたいだった。


「あ、味だから」

「はい……」


 二人で一緒に、切り分けたケーキ片を口に運ぶ。


「…………」

「…………」


 せーのっ!





※お知らせ※

いつもご愛読、ありがとうございます。七菜です。

3月18日、電撃の新文芸より『四畳半開拓日記01』が発売になりました。

近況ノートにお礼など書いていますので、よろしければご一読ください。

よろしくお願いいたします。

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