第83話 ……おれがやる
――山田村総会議。
それは山田村に導入された新しいシステムだ。
村の住人を各グループに分けて、その代表者で会議をするというものだな。
導入理由。
村もけっこうな人数になってきた。
それに伴ってトラブルも増えてくる。
ちょっとした喧嘩や言い合い。
些細なものだったら、おれの一存で収まる。
本当に、おれは白といえば白になる。
この前も、騎士団でトラブルが起こった。
お土産に買ってきたロールケーキの配分で若いやつらが喧嘩を始め、殺し合いになりそうだったのだ。
しょうがないのだ。
大所帯だから、お土産の配分は順番なのだ。
今回は配分対象ではないAくんが大好物のイチゴ入りだった。
そこでBくんに順番を変わってくれと頼み、話がこじれ、そのまま決闘にまで発展しそうになっていた。
現代スイーツは異世界で人を殺す。
進みすぎた技術も考えものだなあ、と思わせられる一件だった。
とにかく騎士団だからクレオの管轄では、と思ったが、村長からのお土産が原因ということで、おれが判断を委ねられた。
おれは心を鬼にして、Aくんの交換の申し出を却下。
どうなることかとハラハラしていたが、次の日に笑いながらカードゲームしてたのは拍子抜けだった。
ここらへんの素直さは、さすが異世界だなあと思う。
「……なあ、クレオ。今度、あいつの配分の日にイチゴスイーツを買ってこようか?」
しかし、クレオは意外にも難色を示した。
「配慮はありがたいが、やめていただきたい。ひとりの希望を受け入れると、より不平不満が噴出して手が付けられなくなる。山田どのに配分順番を秘密にしているのも、そのためだ」
なるほどなあ、と思った。
とりあえず、今度からお土産に季節ものはやめることにした。
少し話が逸れたが、ここで山田村総会議の出番だ。
このスイーツ事件のようなものばかりならいいのだが、おれだけでは手に余る問題もある。
たとえばモンスターの対策とか、畑仕事の管理とか、お風呂の順番とか。
いまでも回っているから問題はないのだが、また人口が増えたりしたらシステムも見直しが必要になるからな。
なにせ北方の大商業ギルドとつながりができてしまったのだ。
いまのうちに、システムを試しておいたほうがいい。
どうして、そんな話を始めたのか。
それは本日が、第1回・山田村総会議なのだ。
おれの別荘になった二階建ての家屋。
その一階にある広間を、その集会場に設定した。
以下、参加者だ。
まず、村長のおれ。
会議の最高責任者だ。
司会進行の岬。
スムーズな進行のためにお願いした。
村の最古参、カガミ。
おれがいない間に村をまとめてくれるので、副村長の役職が生まれた。
騎士団からクレオ。
モンスターへの警戒や、村周辺の警備を担当してくれている。
移住団、哭犬族から大工の棟梁。
縁の下の力持ちの意見を、存分に取り入れたい。
主婦の会から、イトナ。
食事の世話や畑仕事など、生活の基盤を守ってくれるありがたい存在だ。
門外顧問として、ダリウス先生。
人生経験豊富な調整役が必要だという意見からの参加だ。
最後にモンスター代表、チョコアイス。
残念ながら家には入れないので、格子窓から覗き込んでいる。
合計、8名の錚々たる顔ぶれの中。
記念すべき第1回めの議題が提示された。
「それでは山田村長による、さっちゃんへの『ホットケーキ侮辱罪』の審議を始めます」
異議なし、と声が上がる。
「…………」
満場一致の賛成だった。
おれはなにも言わず、隅っこで大人しくしていよう。
「先輩、よろしいですか?」
「え、おれに聞くのか?」
「だって、先輩が議長ですよ」
おれの処罰を決める会議を、おれが承認するのか……。
「存分にやってくれ」
「ありがとうございます。それでは本件の発端について、お手元の資料をご覧ください」
岬がパワポで制作してきた書類だった。
事細かな詳細が記されている。
発端は、おれがお留守番のご褒美をあげようと言ったこと。
サチは喜び、テレビで見た『ホットケーキ』が食べたいと申し出た。
原宿に行くことはできないため、おれが手作りしようとした。
諸々の工程を経て、ホットケーキは失敗。
甘くない、柔らかくない、愛が足りない、の3
そのホットケーキもどきにショックを受けたサチが、一週間ほど部屋に引きこもってしまった。
そうして、この山田村総会議となったわけである。
「これは権力を笠に着た圧政です! 断固として厳しい処罰を下すべき!!」
おい、岬よ。
司会進行が真っ先に批判意見だしてどうする。
クレオが手を挙げた。
「それで、サチどのの様子は?」
カガミの証言。
「いつものように振る舞っていますが、やはり元気がありません」
おれも何度か、サチの様子を見にいった。
あの子は「神さまのせいじゃありません。大丈夫です!」と言ってくれるが、空元気なのは明白だった。
特に顕著なのが、サチの尻尾だ。
ときに『サチっぽ』とも称されるそれは、サチの健康状態を言葉よりも強く訴えてくる。
いつもの尻尾は。
ふーりふーり↗
でも、最近の尻尾は。
ふーりふーり↘
こんな感じなのだ。
このことから、カガミの証言は正しいことがわかる。
「他に変わったところは?」
「夜の散歩をしなくなりました。どうやら、満月を見るとホットケーキへの恋慕を思い出してしまうようです」
じーっと、みんなの責めるような視線が集まる。
おれはさらに隅っこのほうに移動した。
もはや運命を受け入れるしかなさそうだ。
大工の棟梁が挙手。
「おれはよくわかんねえんだけどよ。ホットケーキってのは、そんなにうまいもんなのかい?」
岬が次の資料を提示。
その1枚めに、ふわふわのホットケーキの写真が載っていた。
「こちらが今回、さっちゃんが希望した原宿のカフェで提供されるホットケーキです。フォークを押し返すほどのふわふわの食感。口の中で溶けた瞬間にあふれる甘み。クリームもフルーツも隙がありません。あの人気もうなずけます」
じゅるり、とイトナ・クレオの甘いもの大好き勢が反応した。
「おまえ、もしかしなくても食べてきたな?」
「はい。より公正な判断の材料のためです」
「そのときに、サチも連れていってやればよかったろ」
「先輩! イヲンならともかく、あんなところにさっちゃんをつれていったら大変です。もしスカウトされて芸能界に入ることになったらどうするんですか。顔だけ若手アイドルとのお泊まり密会とか、わたしは許しませんよ!」
おいおい、そんなのサチの自由だろ。
こいつはサチのことになると本当に過保護だな。
……なんか既視感があるけど気のせいだろう。
「数量限定なので、テイクアウトは無理でした。そもそも焼きたてじゃないと、味が落ちてしまうのも検証済みです。あ、こちら領収書です」
「え、これホットケーキだけの値段か?」
「先輩。そのくらい普通ですよ」
……春にトトが戻ってきたら、山田村経済大臣を選出しよう。
「そんな逸品を神さまに作れというのは、いささか酷では?」
「カガミさん。問題は作れるかどうか、ではないんです」
「と、申しますと?」
「先輩の罪は、作れなかったことではないんです。作るために全力を注がなかったことです!」
ピシャーッ!
後ろに稲妻のようなものが走った。
「ま、待ってくれ。おれは頑張った!」
「シャーラップ!!」
強く止められたので、元の隅っこに戻った。
「では、おたずねしますが、先輩はその原宿の店をリサーチしましたか?」
「い、いや、していない。でも、行くには時間がかかるし……」
「いまどき、ネットで検索すれば写真や情報は出ます。それを見れば、先輩が挑もうとしたホットケーキが、いかに素人に手に負えないものか察することができたはずです」
「た、確かに……」
「それに、先輩は本当に美味しいホットケーキを作る努力をしましたか? ちゃんと手順を理解するまで熟読し、分量などの下準備を済ませ、万全の状態で挑みましたか?」
「し、していない……」
「なにより、失敗作の味見すらせずにさっちゃんへ食べさせる始末。それでは、本当にさっちゃんのことを思っているとは言えません。さっちゃんが先輩を慕っているから『なんでも喜ぶだろう』という甘えは、本当に、1ミクロンも、先輩の心の内になかったと誓えますか!?」
そのとき、おれに衝撃が走る!
図星、圧倒的図星!
もちろんサチを軽んじる意識はなかった。
しかし、あのとき、おれは確かに「こんなもんでいいだろ」とか思っていたのは否めない!
社会人の仕事の疲れを言い訳に、おれはサチの純粋な憧れを踏みにじったのだ!
がっくりと両手をついた。
もはや会議とは名ばかりの、岬によるおれ糾弾鑑賞会と化していた。
それでも、正義は岬にあった。
「……おれが悪かった。いかようにも罰してくれ」
カガミたちの同情の視線すら痛かった。
消えてなくなりたい。
おれは、この村にいる資格を失ったのだ。
そこへ、手が差し伸べられた。
「しかし、ここで山田どのを罰しても、根本的な解決にはなりますまい」
一同が注目した。
それはダリウスだった。
流れを見守っていた大御所が、ついに口を開いたのだ!
「ダリウスさん。どういうことですか?」
「最も大事なことは、山田どのを罰することではなく、サチどのを救うことでは?」
その言葉に、一同がハッとした。
「た、確かにそうですけど……」
「岬どのを否定する意味ではございません。もちろん、山田どのに自分の罪を意識していただくことは必要です。しかし、それ踏まえた上で、我らが議論すべきは『サチどのを癒やして差し上げる方法』にこそ、あるはず」
まるで、一陣の風。
その言葉の重みが、おれたちの沈んだ空気を吹き飛ばした。
目が覚めるようだった。
「……では、議題を『どうやったら、さっちゃんの元気を取り戻せるか』に移します」
岬の言葉に、みんなが同意した。
「例の店に、サチを連れて行くことはできないでしょうか」
「それは難しいです。郊外のイヲンもそれなりですけど、原宿の人混みは比ではありません」
「となると、この村で作るしかありませんねえ」
ホットケーキの資料をめくりながら、イトナが言った。
「イトナはどうだ?」
「やってみなければ、なんとも言えません。ただ、この職人のように上質なものは自信がないです」
なるほど、それはそうだ。
イトナの料理の腕を疑うわけではないが、比較対象はホットケーキのために長年の修行をしてきた人間だ。
そこで、カガミが手を挙げた。
「柳原さまに作っていただくのはどうですか」
「ああ、なるほど!」
そういえば『洋食YANAGI』のデザートも、すべて柳原の手作りだ。
ホットケーキとまったく同じというわけではないだろうが、それなりの心得はあるように思える。
「それはいいな」
「一度、お伺いしてみましょうか」
みんなも異論はないようだった。
先ほどとは違い、和気藹々とした空気が流れる。
おれも内心ではホッとしていた。
これでサチの機嫌もなおるだろう。
しかし、それは甘い考えだった。
おれを見つめる視線に気づいた。
――チョコアイスだ。
あいつは格子窓の外から、じーっとおれに訴えていた。
本当に、それでいいのか、と。
柳原が作ったホットケーキは、確かに美味しいだろう。
でも、それは本当にサチがほしかったものなのか。
あのときのサチの笑顔。
それはホットケーキではなく、おれに向けられていたはずだ。
「……おれがやる」
「え?」
一同が、しんと静まった。
それを代表するように、岬が言葉を投げた。
「先輩、無茶です。そんなこと、できるはずがありません!!」
悲痛なる叫びだった。
その気持ちは、痛いほどよくわかる。
また、同じ過ちを繰り返すだけだ。
サチの心の傷を広げたいのか。
みんなの視線が、そう訴える。
それでも、これはおれにしかできないことなんだ。
「それでも、おれがやらなければ意味がない……」
おれのわがままかもしれない。
でも、これだけは他人に譲るわけにはいかなかった。
呆れたように、岬が微笑んだ。
「やっぱり、先輩ですね」
「そうですな。やはり神さまは、そうでなくては」
みんなが、温かい笑顔で背中を押してくれる。
その優しさに、つい涙腺が緩んでしまう。
「お、おまえたち……」
そうして、おれの長く苦しいホットケーキ修行が幕を開けたのだ。
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