第81話 のんびりパートの再開だよな?


 トトたちの助けを借り、近くの街で一泊。

 そして翌朝にはグリード商会の馬車の荷台に乗せられ、大陸縦断の帰途についた。


 平和な旅だった。

 荷物とともに、ガタゴト揺られる。

 昨日までのシリアスが嘘のようだった。


「……しかし、拍子抜けだな」

「山田さま。いかがしましたか?」


 メリルがリンゴを剥いてくれている。

 この揺れの中で、器用なものだ。


「もしゃ、あの、もしゃ、きひの、もしゃもしゃ……」

「先輩。食べるか喋るかどっちかにしましょうよ」

「もしゃもしゃ」

「食べるんですね……」


 いやあ、うまいなあ。

 ていうかトトの馬車の荷台にあったものなんだが、勝手に食っていいのか?


「んぐ。……あの騎士の男。ほらギャレット」


 荷馬車の横を、馬で行くダリウスが向いた。


「彼がどうかしましたかな?」

「いや、てっきり帰りにも、あいつが罠を張ってるかと思ってたんだが」


 おれはよく知らないが、かなり執念深そうな気がする。

 なんかイチャモンつけられて、また捕まるのではないかとビビッていた。


「それはないでしょう。あの男はアレでなかなか周到です。じわじわと標的を追い詰め、必殺の刻に相手を刺すことが常です。いまは、どうやっても手が出せないはず」

「それほど、トトたちが怖いということか?」

「ハッハ。グリード商会は、ただの商業ギルドではありませんからな。彼らの構成員は、そのほとんどが先の戦争で行き場をなくした傭兵たち。特にトトどの率いる第二商隊は〝グリードの牙〟と呼ばれて恐れられております」

「そんなに強いのか。すごいな」

「いいえ。血の気が多く、何をしでかすかわからないのです。商売敵の大型商業ギルドの本拠地を一晩で焼いたのは、もはや伝説。その狂いっぷりは〝喰い散らかし〟といい勝負でしょうなあ」

「……おい。おれたちは無事に帰れるんだろうな」


 後ろを行く荷馬車を引く大男。

 マントで身体を隠し、じっとおれたちを見据えている。


 べろり、と舌なめずりしたような気がする。

 いや、疑うわけじゃないんだが。


「ご安心ください。彼らが武力を行使するは、必ず正義の下です。あの商業ギルドは不当な関税をかけ、他の商人を苦しめておりました。彼らの領域で生活していた市民も、あのままでは高すぎる物価に押しつぶされていたでしょう」

「そ、そうか。それなら、いいんだが……」


 で、そのトトはというと……。


「こら、ユーリ。髭を引っ張るのはやめなさい」

「いいじゃーん。てかさー。トリス、この二年で剥げたんじゃね?」

「失敬な。少しばかり前髪が引いただけです」

「前はもっとふさふさだったじゃん。ほら、ここ、十円ハゲ見っけ」

「やめ、やめなさい!」


 ……安藤、その辺にしておけ。

 男にとってはデリケートな問題なんだよ。


 トトが御者台から振り返った。


「あまり座り心地はよくないでしょうが、ご容赦を願います」

「いや、そんなことはないぞ」


 正直、馬よりもずっと居心地がいい。

 尻が痛くなれば、寝転がるスペースもあるからな。


「それよりも、イトナのほうはどうにかならないか?」

「ああ、そちらですか」


 荷馬車の横。

 イトナが馬で進んでいる。

 彼女の首輪は、まだ外せていない。


「いいえ。わたくしのことはお気になさらずに」

「そうは言ってもな。サチたちだって心配するだろう」

「うーん。それは、そうなのですが……」


 安藤が、トトの脇を突いた。


「な、なんですか」

「トトは商人なんでしょ。買えないの?」

「これは、金でどうこうという代物ではありませんからねえ。中央にとっては、月狼族を制御するための命綱ですから」

「それをどうにかしてって言ってんじゃん」

「あうん。ユーリ、脇を突くのをやめなさい!」


 この二人、なんか意外な力関係を見せているな。

 正直、昨夜のトトと同一人物とは思えん。


「……わかりました。解除アイテムは、春までにどうにか準備しましょう」

「おお、ありがとう」

「その代わり、馬鈴薯の取引の際はよろしくお願いしますよ」

「……お、おお。そうだな」


 さすが商人、抜け目ない。



 ***



 昼食のために、湖のほとりに荷馬車を止めた。

 今朝の街で購入したサンドイッチを食べて、しばらく休憩となった。


 よし、少し散歩しよう。

 ずっと座っていると、逆に足が疲れてしまう。


 湖の周りを、ぐるーっと一周する。

 こうやって歩いてみると、けっこうな広さだな。

 対岸まで来ると、ダリウスたちがミニチュアのようだ。


 よっこいせ。

 ああ、寝転がると気持ちいいなあ。


 しかし、風景のいいところだ。

 現代のほうでも、老後は田舎で暮らしたいという話がおっさんの間で流行っているらしい。

 こういう場所に、小さな小屋を建てて暮らすというのも悪くない。


 ……孫サチの一人か二人くらい持ってきても許されるだろうか。


 おや、向こうから走ってくる人影が。


「せんぱーい!」

「お、岬か。どうした?」

「どうした、じゃないですよ。ダリウスさんが、一人行動は慎めって言ってたじゃないですか」

「おお、すまん。そんなに遠くに行くつもりはなかったからな」

「この前の街でも、夜に一人で出歩いていましたよね。この時期は珍しいけど、山賊とかいるって言ってましたよ」

「すまん、すまん。そんなに怒るな」


 岬は隣に座った。

 正直なところ、ここに岬が加わったからといって、山賊を追い返せるものでもないと思うんだが。


「先輩は人のことは心配する癖に、自分のことは頓着しないんですから」

「そうかな」

「そうですよ。こっちがヒヤヒヤさせられます」

「ううむ。それは気をつけよう」


 他愛のない話をしていると、ふいに岬が言う。


「あの、すみませんでした」

「なにがだ?」

「いや、その、勝手についてきて……」


 ああ、そういえば。

 尻に軟膏を塗ってもらったアレで、有耶無耶になっていたな。

 いまさら蒸し返すつもりもなかったのだが。


「先輩が、あんなに怒るとは思ってなくて」

「…………」


 その言葉に、つい苦笑する。


「おれも自分に驚いている」


 正直に言えば、予想できたことではあった。

 それに本音の部分では、岬がついてくるのは本人の自由だ。

 大人である以上、おれが彼女に命令するのは間違っている。


 それでも、おれは無理にでも岬を村にとどめておきたかった。


「……おまえを危険な目に遭わせたくないんだ」

「え?」

「いや、勝手な理屈だと思う。おまえは大人だし、その行動を制限する権利はない。でも、危ないとわかっているところに連れて行きたくない。サチだって悲しむし、おれも……」


 おれも、ええっと……。

 岬が、ちくちくと草をいじっている。


「わたしだってそうです。先輩が〝喰い散らかし〟と戦っているのを、わたしはずっとお部屋のほうから見守ることしかできませんでした」

「…………」

「先輩が怪我するかもしれないし、戻って来られないかもしれない。それなら、最後まで一緒にいたいです。そう思うのは、おかしいですか」

「いや、おかしいとは思わないが。えっと……」


 それは、ただの同僚の範疇ではない気がするんだよ。


「…………」

「…………」


 なんだか、妙な空気になっている気がする。

 いまの言葉って、なんか意味深に取れるような気もしないこともないし、ちらちら頬を染めて見ているし。


 ……ええっと。

 おい、ちょっと待て。

 どうして顔を近づけてくるんだ。

 いや、もちろん嫌だというわけじゃないし、きっとおれも同じ気持ちなんだが、ほら心の準備ってやつが、あ、ちょっと……。


「…………」

「…………」


 ふと、目を逸らした先――。


 安藤が、にやーっとした顔で見ていた。


「……いつから、いたんだ?」

「きみを苦しめるすべてのものから、きみを守りたいフォーリンラブのところ」


 昭和のラブソングか。

 そんなこと言ってないだろ。


「あ、わたしは気にしないで。続けていいよ」

「…………」


 がばっと起き上がるより、彼女が駆け出すほうが早かった。


「おい、こら待て!!」

「いいじゃーん。ちょっと退屈だから言いふらすだけー」

「それをやめろと言ってるんだよ!!」


 湖を半周ダッシュしたが、残念ながら若い娘さんには勝てなかった。

 ……今度から、筋トレメニューにランニングも加えよう。



 ***



 山田村が見えてきたのは、その二日後のことだった。


 のべ一週間の旅だった。

 ギリギリ年始休暇の間に帰って来られてよかった。


 荷馬車から降りて、ぐぐーっと伸びをする。

 さすがに身体が凝ってしょうがなかった。


「……ん?」


 向こうから、白銀のオオカミが駆けてきた。


『神さまああああああああああ!!』

「おお、サチか!」


 月狼族ジャンプ。

 くるくると回転して、パッと少女の姿に戻る。


「神さまど――――ん!」

「ぐふう!!」


 なかなかいい頭突きをもらった。

 腹筋100回の腹じゃなかったら危なかった。


 わしゃわしゃ尻尾をモフらせてもらう。

 ああ、この感じ。ほんとに帰ってきたんだなあ。


「おまえの尻尾は落ち着くなあ」

「はい。神さまの加齢臭も大好きです!」


 おいサチ。

 いくら再会の場面でも言ってはいけないこともあるんだぞ。

 というか柳原、人がいない間に変な言葉を教えるんじゃないよ。


 それからクレオたちに挨拶して、部屋に戻ったのは夜になってからだった。

 たまにはエキサイティングな旅行もいいが、やっぱりおれの居場所はこの四畳半だな。


 さて、しばらくはのんびりと生活をさせてもらおう。

 そんなことを考えていると、ふと床下のゲーム機に変化が起こっているのを見つけた。



―イベントクエスト【未来王の帰還】を受諾しました―



 ……のんびりパートの再開だよな?

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