第80話 暗闇に輝く、一対の黄金色の瞳


 こいつは誰だ……!?


 必死にもがいた。

 しかし闇からの襲撃者は、おれの身体をがっしりと押さえつけていた。


 細身の男だった。

 おれのほうが体格はいいだろう。

 それでも、鋼のように固い腕からは逃れることはできなかった。


 ――シェフ。


 ふと、その可能性が頭をよぎった。

 騎士団の護送中に姿をくらましたという、あの熟練の傭兵長。


 もし、どこかでおれたちの姿を見たとしたら。


 おれたちに復讐する機会を狙っていたとしたら。


「くそ……!!」


 腕に力を込めて、がむしゃらにそいつを殴った。


「は、放せ……!!」

「痛っ! ちょ、ま、待って。痛い……」

「うるさい! 手を放せ!!」


 この、くそ、しぶといやつだ!


 渾身の力を込めて、肘を入れた。

 それが見事に、そいつのわき腹に命中した。


「ぐふう!?」


 手の力が緩んだ。

 その隙に、慌てて距離を取った。


 見たかこいつ!

 こちとら腕立て連続100回できるようになったんだぞ!


「……あれ?」


 そこにいたものに、つい呆けてしまった。

 あのエメラルドのような、深緑の瞳ではなかった。


 ……シェフではない?


 暗闇に輝く、一対の黄金色の瞳。

 それが、にゅにゅっと細くなった。


「……おまえは、トト?」


 まだ傭兵団〝喰い散らかし〟が襲来する前。

 おれたちの村を訪れ、取引を持ちかけてきた商人の男だ。


 ある意味では、山田村の最初の客だ。


「ああ、覚えていてくださいましたか。話が早くて助かります」


 まあ、何せネコの亜人なんて、知り合いに一人しかいないからな。

 カガミに驚いて泡を吹いていたのが懐かしい。

 そういえば彼は普段、共和国の北を本拠地にしていると言っていたか。


「いやはや。部下からの報告を受け、まさかと思い飛ばして参りましたが、本当に貴殿だったとは。向こうのヒトには、この冬の旅はさぞ困難なものでしたでしょう」

「あ、ああ。けっこう大変だったな」


 なんだかトンチンカンな会話のような気もするが。


「……ん? 向こうのヒト?」


 それには答えず、トトはこっそりとギャレットたちのほうをうかがった。


「しかし、相変わらずあの男はやり方が姑息だ」

「ギャレットを知っているのか?」

「ええ。傭兵時代、わたくしもあの男の傘下で働いたこともございます。平民から成り上がった野心家と言えば聞こえはいいが、勝つためには手段を選ばぬ残虐な男です。おそらく連れ去られた方々は、口に出すのもおぞましき方法で殺されるでしょうなあ」

「……いや、怖いこと言ってないで、どうにかする方法はないか?」


 ヒゲを撫でながら、にやりと笑った。


「ご安心を。『顧客への安心と信頼』こそ、我らグリード商会の矜持でございますゆえ」


 同時に、ピーッと鋭い口笛が森に響いた。


「うわあああああああ!!」


 野太い悲鳴が聞こえた。

 目を向けると、騎士団の松明が右往左往している。


「な、なんだ……?」


 騎士団の連中が、松明を掲げた先――。


 その行列の行く手を阻むように、大勢の黒い影が立っていたのだ。


 どれもが黒衣で身体を隠し、不敵な笑みを浮かべている。

 その手には、剣や弓、爪などの武器を携えていた。


「あれは、誰だ?」

「わたくしの部下です。さて、そろそろ頃合いですか……」


 そう言って、トトが立ち上がる。

 森の中から出ると、声を張り上げた。


「やあやあ! 誰かと思えば、ギャレット騎士団長ではございませんか!!」


 わざとらしく芝居がかった言葉。

 ギャレットが振り返ると、憎々しげに叫んだ。



「貴様……、トニーカ・トリス!!」



 その言葉に、トトは不快げに眉を寄せた。


「いまはトトと名乗っております。できれば、そちらのほうで呼んでいただきたい」

「知ったことか! それより、グリードの飼い犬が何の用だ!?」

「率直に申し上げます。そちらの方々を、直ちに解放していただきましょう。あと、わたくしは猫ですのでお間違いなきように」

「減らず口を抜かすな。おまえたち〝死と栄華の運び人〟が、なぜそいつらに加担するのだ!」

「彼らは、わたくしどもの大切なお客さまです。商人が利益を守るのは当然のことと存じますが?」

「……ふん。ならば断ると言ったら?」

「では、ここで一戦をお望みということですかな」


 にいっと楽しげに目を細める。


「物流とは血液。その大部分を手中に収めるわたくしどもに刃を向けることの意味。わからぬ貴殿でもありますまい?」

「貴様こそ、そのようなケチな脅しが通じると思っているのか?」

「ハハ。是非にとおっしゃるのなら、それもいいでしょう。わたくしの部下たちは、少なからず中央の騎士に因縁のあるものばかり。この宵闇の森林で、どちらに分があるのか試すのも一興です」

「…………」


 しばらく、じっと睨み合っていたが……。


「……そいつらを放せ」

「し、しかし、それでは主に示しが……」

「いま、この場でこやつらとやり合うほうが致命的だ。この男の率いる二番商隊の噂は、貴様らも知らぬわけではあるまい」


 岬たちが解放される。

 ギャレットが馬の手綱を振るった。


「ふん。このダリウスは逃げはしない。堕ちたとはいえ、かつての〝名誉騎士〟ならばな!」


 怒涛のような蹄の音を残し、騎士団は去っていった。


 すると、メリルが駆け寄ってきた。


「山田さま。お怪我は?」

「いや、大丈夫だ。それより、おまえたちは?」

「わたくしどもに怪我はありません。ただ、イトナさまはまだ目を覚ましませんが……」


 ダリウスが彼女を抱きかかえてきた。

 その首輪の宝石に触れると、何かに反応するように輝いた。


「これは、なんだ?」

「亜人の中には、月狼族のように古代の神の血を引くものたちが存在します。彼らの力を封じるものと聞きますが……」

「外せないのか?」

「特別な道具が必要です。これは、それだけ強力な魔石の結晶ですので……」


 ううむ。

 どうせ解放してくれるなら、外して帰ってくれればいいものを。


「とりあえず、命に別状はないんだな?」

「はい。しかし元々、月狼族はこれによって中央の支配を受けてきました。イトナどのにとって、あまり気持ちのいいものではないでしょうな」


 ……なるほど。

 これは早いうちに、どうにかしてやらなきゃいけないな。


「せんぱあああああああああい!!」


 岬が泣きながら飛びついてきた。


「死ぬかと思ったあああああああああああ!!」

「あー、はいはい。よく頑張ったなー。偉いぞー」

「あと、どさくさに紛れてお尻触ってきたやつがいるんですよ! ぶっ殺してやる!!」

「……おまえ、ショックでキャラ壊れてないか?」


 まあ、しょうがないと思うのだが。

 実際にトトたちの助けがなければ、どうにもならない状況だった。


「……なあ、聞いていいか?」

「いかがしましたか?」

「おまえが、トニーカ・トリスなのか?」

「ええ。とうの昔に捨てた名ですが。なぜ、その名を?」

「ええっと、安藤遊里を覚えているか?」

「え……」


 途端に、顔色が変わった。


「どうして、その名を?」

「いや、安藤も一緒に来ていたんだよ」

「ユーリがこの世界に!?」


 痛い痛い痛い……!!

 肩が折れる肩が折れる……!!


「あ、ああ。さっき、一緒に馬から投げ出されて……」


 そういえば……。


「岬、安藤はどこだ?」

「あれ。わたしは見てませんけど……」


 見回すが、いまだに出てこない。


「安藤は無事か!?」

「ユーリ!!」


 慌てて、彼女が落ちたほうの茂みをかき分け――。


「きゅう~……」


 茂みに埋もれて、変なうめき声をあげて気を失っていた。


「…………」

「…………」


 トトと目を合わせて笑った。

 ……どうやら、感動の再会はもう少しお預けのようだ。





※ ご挨拶 ※

 遅くなりましたが、本年度も『四畳半開拓日記』をよろしくお願いいたします

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