第79話 豊かな村の風景があった


 ……むむ?

 ここはどこだ?

 目を覚ましたら、見知らぬ場所にいるぞ。


 いや、待て。

 見覚えがある。

 この天井は、山田村のおれの部屋だ。


 かなり古くなっているが、間違いない。

 あの木目の形は、他にないぞ。


 しかし、変だな。

 なぜ山田村にいるのか。


 これからトニーカ・トリスを探そうとしていたのに。


「神爺様!!」


 おや。

 小娘が覗き込んできたぞ。


 おお、サチか。

 じゃあ、やっぱり山田村だな。

 よくわからんが、さっさと起きねばな。


 ……か、身体が動かん。


 なぜだ。

 金縛りか。


 そういえば、声も出ない。

 なんだ、もしかしてサチに変な魔術でもかけられたのか?

 オオカミに変身するんだから、そのくらいやっても不思議じゃないが。


「神爺様。手を貸してください」


 よっこらしょ、と起き上がった。

 どうやら腰のせいだった。

 金縛りじゃなくてよかった。


「神爺様。よく眠れましたか?」


 神爺様?

 さっきから、何を言っているんだ?

 確かにおっさんだが、爺さんと呼ばれるほどじゃないぞ。


「……む?」


 鏡があった。

 そこには、いい感じに老いた爺さんがいた。


 おれだ!?


「神爺様。どうしたんですか?」

「い、いや……」


 んん?

 よく見たらこの娘っ子、サチではないぞ。

 似ているが、サチはもっとアホっぽい顔をしていたと思う。


「お、お主は?」


 お主とか言っちゃってるぞ。

 これは精神まで爺さんになっているな。


「もう、わたしは孫サチですよ」


 孫サチだった。

 そう言われれば、そうだった気がする。

 孫サチの中でも、しっかり者の長女だったな。


「神爺様。カガミ爺様が、将棋の相手を待ってますよ」

「おお、そうか。今日も勝ってやるぞ」

「ふふ。楽しみにしてます」


 カガミの家に向かうために、外に出た。


 豊かな村の風景があった。

 いくつも並んだ家から、亜人の子どもが出てくる。

 その中でも、サチに似た月狼族の子どもが走ってきた。


「神爺様、おはよう!」

「おお、七孫サチか」

「違うよ。わたし十一孫サチだよ!」


 十一孫サチだった。

 ここら辺は五つ子だったから、本当に見分けがつかないな。


 長女孫サチと、十一孫サチに連れられて、カガミの家に向かう。

 そして、そこで見たものは――。


 大地を埋め尽くさんとする、孫サチの大軍だった。


「あ、神爺様だ!」

「神爺様、遊ぼう!」

「神爺様、神爺様!!」


 わらわらと集まる孫サチを、長女孫サチが避けながら進んでいく。

 すると将棋盤の前に、すっかり爺さんになったカガミが待っていた。


「おはようございます。今朝は遅いから、とうとう逝ってしまわれたかと」

「はっはっは。冗談を。まだまだ死ねないぞ」

「では、今朝も一局」

「受けて立とう」


 パチパチ遊んでいる間にも、孫サチは増え続ける。

 先日、四十二孫サチが生まれたはずだった。

 おっと、飛車がとられてしまった。


「これだけ孫がいれば、わたくしも寂しいなど言ってられませんなあ」

「そうだなあ」


 むむ、おい。

 十六孫サチよ。

 そんなにくっついたら、手元が見えんぞ。


「神爺様、次は十六孫サチとおままごとしましょう」

「ずるいです! 今日はわたしと遊ぶってお約束しました!」

「そんなことより、柳原おじ様に教わったアップルパイを食べてみてください」


 まだ勝負の途中なのに、堰を切ったように孫サチたちが迫ってくる。

 たくさんの孫サチの尻尾に包まれてしまった。


 ううむ。

 なんというモフ圧。

 まるで無重力のベッドに包まれているようだ。


 とても極楽。

 これは岬が喜ぶだろうなあ。

 こうなる前に死んだとは、あいつもつくづく運のないやつだ。


 ただ、唯一の欠点を述べるなら……。


 アレだな。

 息ができなくて、酸素が、その、酸素……。


 …………さん、そ。


「きゃああ! 神爺様、神爺様が息してない!!」

「十八孫サチ、お母さんを呼んでき……」



 ………………。

 …………。

 ……。



「わあああああああああああああああああああ!!?」


 ハッと目を覚ますと、そこは暗い森の中だった。

 細い街道を、パカポコと馬に乗っている。


「山田さま。お目覚めですか?」

「むむ? 次女孫サチか?」


 次女孫サチじゃなくて、メリルだった。


「……孫サチ?」

「ああ、いや。ちょっと変な夢を見ていてな。気にしないでくれ」


 そうだった、そうだった。

 今朝から周辺の村々を回って、トニーカ・トリスの情報を探していたのだ。


 遅い昼食の後に移動している途中。

 ちょっと疲れたなーとか思っていたらコレである。


「うふふ。とても楽しい夢だったのですね」

「迷惑をかけたな」

「いいえ。わたくしも、とてもよい時間でした」


うしろを行く、イトナのほうを振り返った。


「……イトナ、つかぬことを聞いてもいいか」

「はい。いかがしました?」

「月狼族の子どもは、ひと家族にどのくらいだ?」


 ううん、と考え込み……。


「だいたいは一人か二人、多くて三人くらいですけど……」

「そ、そうか……」


 ホッと胸をなでおろしていると、岬が顔を覗かせた。


「先輩。どんな夢だったんですか?」

「ええっとな……」


 かくかく、しかじか。


「先輩、ずるい! なんですか、その理想のモフモフ郷は!!」


 予想通り過ぎる反応だった。

 

「でも、危うくモフ死するところだったぞ」

「最高じゃないですか! わたしは、わたしは!?」

「あ、なんか死んでたな」

「ちょ、先輩! どういうつもりですか!?」


 いや、夢にまで責任を求められても。

 呆れていると、前を行くダリウスが笑った。


「新年の夢は予知夢とされますからな。いやあ、縁起がいい。月狼族の未来も明るいですなあ」

「……勘弁してくれ」


 確かに可愛らしい光景だったが、度が過ぎればバイオテロだ。


「今日はそろそろ、泊まるところを探さないか?」

「そうですな。宿がある町まで、あと少しなのですが……」

「ここは、どの辺りだ?」

「ええ。実は、やや西のほうに移動しています」


 西に?

 予定では、少しずつ南下する予定だった。


「グリード商会の本拠地が、こちらのほうにあると聞きましてな」

「ああ、なるほどな」


 グリード商会は、トニーカ・トリスを探しているときに接触してきた。

 ということは、その関係者である可能性が高い。


「とはいえ、彼らの本拠地を探すのは、雲をつかむようなことだと聞きます。昼間に得た情報も、信用が置けるかどうか……」

「それでも、おまえが頼るということは、それなりの勝算があるんだろう」

「まあ、そうなのですが……」


 そう言って、安藤の方に手を置いた。


「……何かに、踊らされているような気が」

「どういう意味だ?」

「我らの行動が、操作されているような気がするのです」


 おいおい、物騒な言葉だな。


「どうして、そう思うんだ?」

「昨日、山田どのが聞いたという『何者かに狙われている』という言葉が気にかかります。細心の注意を払っているつもりですが……」


 そのときだ。

 微かに、イトナが耳を動かした。


「――敵襲」

「え?」


 振り返った瞬間だった。

 イトナが横から、弾かれるように落馬したのだ。


「い、イトナさん!!?」


 それに引っ張られる形で、岬も落ちた。


「岬!!」


 慌てて降りようとするのを、メリルが引き留めた。


「落ち着いて!!」


 ふっと、ランタンの灯りを消した。

 周囲が闇に包まれたとき、街道の両側から蹄の音が迫った。


 ……かなりの数だ。


「ダリウスさま」

「おそらく、やつだな」


 二人はうなずき合った。


「山田さま。木陰に隠れて、動かないようにお願いします」

「安藤どの。決して動かぬように。生き残ったほうは、近くの村から、山田村を目指してくだされ。そして、我が主に次第を……」


 同時に、馬から放り投げられた。


「うわあ!?」

「ちょ、待……!!」


 街道を挟んで、安藤と反対側に落ちた。

 苦痛にうめく声も、必死に手のひらで抑える。


 同時に、メリルたちの馬が囲まれた。

 松明の灯りに照らされるのは、立派な鎧をまとった騎士たちだ。


「……やはり、貴様か」


 一段と大柄な男が歩み出た。

 あれは知っている。

 数日前に、ダリウスと話していた男。


「ハッハッハ。また会ったな」


 ギャレット。

 彼はわざとらしい笑い声をあげる。


「いや、シェフの捜索中に、怪しい一団を見たと報告があったものでな」

「先日、こちらの意思は伝えたはずだ。いますぐ、この包囲を解け」

「それはできん」

「ならば、我が家名に懸けて、貴様らを糾弾……」

「フッ。馬鹿馬鹿しい」


 そう言って、周囲の部下たちに目配せする。


「仮に貴様らが潔白だとしても、。問題はあるまい?」

「…………っ!!」


 ダリウスが掴みかかろうとした。

 しかし、周囲の騎士たちに抑え込まれる。


「ぐっ……」

「ハハ。引き離せなかろう。五年前まで、貴様の親衛隊だったやつらだ。いまでは、おれが使ってやっている」


 それでも抵抗するものがいた。


「純人種め……」


 そんな呟きとともに、後方の騎士たちの悲鳴が飛んだ。

 神獣の力を現したイトナが、岬を守るように立っていたのだ。


「彼らを、放せ!!」


 跳躍。

 彼女が、ギャレットに飛びかかった瞬間。


「抑えろ!!」


 号令とともに、周囲からナイフのようなものが飛んだ。

 それがイトナの腕や足に刺さると、彼女は苦痛に呻きながらのたうち回る。


 その身体が、瞬く間に元に戻った。

 

「……懐かしかろう。貴様ら、月狼族を飼い慣らすための楔だ」


 そう言って、控える騎士に声をかける。


「首輪を」


 その騎士が、イトナに首輪を取り付けた。

 紫色の怪しい光を放っている。


「手配中の、月狼族の女に間違いあるまい。シェフの捜索中に、おもしろい手土産ができたな」

「…………」


 すべてに手錠がかけられた。

 次々に、騎士たちから連行されていく。


 ……岬と目が合った。

 彼女はぐっと唇を噛み、そのまま乱暴に引きずられていく。


「…………」


 待て。

 待ってくれ。


 そんなつもりじゃなかった。

 こんなことで、危険にさらすために連れてきたんじゃない。


「みさ……!!」


 思わず、身体が動いた。

 木陰から飛び出そうとしたとき。


「――おっと、そこまでだ」


 背後から冷たい声がした。

 そして振り返った刹那。


 おれの口は塞がれ、そのまま森の暗闇に引きずり込まれた。


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