第78話 魔術もモンスターもある世界だけど
四日目の夜。
共和国の北にある小さな街で、おれたちは今夜の宿を取った。
酒場で食事をとっていると、二階から岬が戻ってくる。
「……安藤は?」
「部屋で食事をとっています」
「一人か?」
「いえ、イトナさんが付き添っているので」
結局、あの周辺にヒトの住む気配は見つからなかった。
山田村はカガミたちのおかげでやっていけているが、普通の土地で巨大なモンスターが出て無事に済むはずがない。
ただ、それで安藤がはいそうですかと納得できるはずもない。
昼から周辺の町をしらみつぶしに当たったが、収穫はなかった。
トニーカ・トリス。
誰に尋ねても、その消息は知れない。
そもそも、この場所にヒトが住んでいたことすら、誰も記憶になかった。
こうなると、やはり彼らはすでに……。
「とにかく、イトナがいて助かったよ」
「そうですね。わたしたちじゃ、ちょっと……」
見るからに冷静ではない安藤に、ずっと付き添っていた。
これまでに打ち解けていたのがよかったのか、イトナ自身の母性のなせるわざか。
とにかく、安藤が自棄にならなかったのは、彼女のおかげのような気がする。
「……これが、イトナの第二の役目ってやつか」
「あの村では、やはりあの方がそのような対応に長けておりましたので」
やはり、年季が違うと思い知らされた。
ダリウスのほうが色々な可能性を考慮している。
村に戻ったら、三人にはまた改めて礼をする必要があるな。
……まあ、戻れたらの話か。
「……先輩。大丈夫ですか?」
「…………」
岬の言葉に、首を振った。
「ちょっと、おれもショックがでかいな」
これまでのように、どうにかなるだろうと思っていた。
いや、どうにかなってほしいと思っていたのだ。
これは、山田村の未来でもある。
北の村が存続できていれば、もしおれとサチたちのつながりが消えても、彼女たちは無事に生活できているという安心を得ることができた。
しかし結果は、ただ不確定な恐怖を裏付けるだけだった。
「ちょっと、外の空気を吸ってくる」
「あ、それではわたくしがお供を」
「いや、裏でタバコを吸うだけだから」
「そうですか……」
メリルの申し出を断って、宿に併設された酒場を出た。
裏に回って、胸ポケットのタバコを取り出す。
一本吸って、二本目に手をつける。
それでも気分が落ち着かずに、ポケットにしまった。
散歩でもするか。
そう思って、明るい大通りを歩きだした。
この街は、ダリウスの旧友が治めている一つだという。
夜でも人が行き交っており、その治安の良さをうかがわせた。
明るい場所を選びながら、近くの広場に到着した。
広場には、小さな噴水があった。
その前にあるベンチに腰掛け、ぼんやりと眺めていた。
屋台の灯りを反射して、噴水の水しぶきが輝いている。
機械もないのに、どうやって動いているんだろうな。
「魔術だ。魔法石という魔術を蓄える性質を持った石を埋めている。簡単な魔術なら、半永久的に使用できる代物だ」
隣から、しわがれた声がした。
どきっとして振り返ると、老いたヤギの亜人が座っていた。
いったい、いつの間に……?
彼は大きな帽子を胸に抱えて、こちらに会釈した。
「どうも」
「ど、どうも」
「いい夜だ」
「そうだな」
……この長いツノ、どこかで見たような気がするが。
「あ、昨日の露店の?」
「覚えていたか」
「まあ、印象的だったからな」
忽然と消えたことも含めて。
「トニーカ・トリスは見つかったか?」
「え?」
突然の問いに、おれは身構えた。
しかし返答を待たずに、彼は小さくうなずいた。
「そうか。唯一の手掛かりが、ダメだったのか」
「…………」
言いながら、その冷たい瞳がおれを見据えている。
なにか、うすら寒いものを感じた。
本能的に、ここにいてはいけないと悟る。
「じゃ、じゃあ、おれは……」
「なぜ、トリスを探す?」
その問いに、浮いた腰が戻った。
いまの言葉の意味を考える。
この老人は、トニーカ・トリスを知っているのか?
そして、何かヒントをくれようというのか?
――ならば、トニーカ・トリスは生きている?
いや、待て。
喜ぶのはまだ早い。
この問いが、おれたちにとって友好的な保証はない。
安藤に危害が加わるようなことがあれば、それこそ……。
「……なるほど。探し人か」
筒抜けかよ。
うすうす勘づいていたが、この亜人はヒトの心を読む能力でもあるのだろうか。
信じがたいが、魔術やらモンスターがいるなら、そういうこともあるだろう。
「……フッ。どうやら、少しは勘が働くらしい」
老人は、おれの考えを肯定するように笑った。
その言葉から、おれの予想は当たりのようだ。
まったく異世界というのは油断がならんものだな。
「……降参だ。トニーカ・トリスについて知っているなら、教えてほしい。おれたちは、そいつに悪意があって探してるわけじゃないんだ」
すると老人は、少しだけ動揺したそぶりを見せる。
「……妙な男だな。心を読まれるとわかって、おれから逃げようとしないやつは初めてだ」
「もう読まれているなら、逃げても同じだろ」
「そうだな。それはそうだ」
くつくつと笑った。
「教えてやりたいのは山々だが、生憎、おれの信用にかかわる」
「じゃあ、やっぱり生きてるってことだな」
「それがどうした? 彼の居場所を教えるつもりはないぞ」
「それだけ知れればいい。生きてるかわからない、というのがいちばんきつい」
「……ふむ。なるほど」
老人は愉快そうに笑った。
「まあ、いい。おれの仕事は、おまえたちの素性を知ることだ」
「いや、素性と言ってもな。ちょっと説明すると難しいんだが……」
「しゃべらんでいい。勝手に聞く」
老人は眉を寄せた。
「……ああ、やはり異世界人か。その妙な服装から、そうではないかと思っていた」
あっさり受け入れられてしまった。
「おれたちのこと、知っているのか?」
「おまえのことは知らん。ただ、おまえと同じ存在は知っている」
そう言って、彼はゆっくりと腰を上げた。
「情報は得た。対価だが、そうだな。一つ、忠告をしてやろう。気をつけろ。おまえたちに悪意が迫っているぞ」
「え? いや、それはどういう……」
どういうことだ、と聞き返そうとしたとき。
「先輩!!」
岬の声だった。
見ると、宿のほうから息を切らせて走ってくる。
「どうした?」
「戻ってこないから心配したんですよ!」
「す、すまん。そんなに経ったか?」
周りを見ると、店じまいをする屋台も多かった。
いつの間にか話し込んでしまっていたようだ。
「何してるんですか?」
「いや、こいつと話していてな」
振り返って驚いた。
あの老人が忽然と姿を消していたのだ。
「誰もいませんけど」
「……もう帰ったらしい」
昨日もそうだが、幽霊のような男だったな。
まあ、本当に幽霊ということもあるまい。
……魔術もモンスターもある世界だけど。
「どうしました?」
「いや、なんでもない。それより、宿に戻ろう」
宿に戻り、ダリウスたちに先ほどの出来事を説明した。
夢でも見ていたのではないか、と一笑に付されるかと思ったが、意外にもダリウスは真剣な表情でうなずいた。
「おそらく、グリード商会ですな」
初めて聞く言葉だ。
目を向けるが、メリルやイトナも初耳の様子だった。
「ダリウスさま。それは?」
「ああ、メリルは知らないか。グリード商会は、近年、共和国の北方で勢力を拡大する巨大商業ギルドだ。その規模は共和国の物流の三割を占めると言われ、中央議会にも強い影響力を持っている」
それから、おれたちに向いた。
「グリード商会はあらゆる場所に〝風〟と呼ばれる末端構成員を置き、共和国の動向を視ています。山田どのに接触した老人は、その一人でしょうな」
安藤がテーブルに身を乗り出す。
「オッサンに話かけたそいつが、本当に、その、ナントカ商会のやつなら、トリスも生きてるってこと?」
「可能性は高いと思いますな。グリード商会は強い秘匿主義のもとに運営されています。特にギルド長のグリードは、誰も顔を見たことがありません。わざわざ〝風〟が接触してまで情報を探りに来たのですから、トニーカ・トリスもかなりの大物かもしれませんぞ」
「まあ、何にせよ、可能性が出てきてよかったな」
「……うん、そうだね。オッサンたちもありがとね」
そう言って、彼女は笑った。
「よし、明日から忙しくなるぞ」
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