第17話 図らずも自炊の天才だった


 目を開けると、そこは広い草原のただなかだった。


 風が吹いている。

 草がさわさわと鳴っている。

 この足は、確かに地面を掴んでいる。


 おおおお。

 これは、現実だ。


「んぎゃ!?」


 どてん、と背後で尻餅をつく気配。

 振り返ると、サチがお尻をなでていた。


「すまん。大丈夫か?」

「は、はい。ありがとうございます」


 手を貸してやるとき、背後が断崖だと気づいた。

 足元に小さな祠と、小さな穴が開いていた。


「いつもここに、神さまの授けものが落ちているんです」

「ああ、なるほど」


 サチは嬉しそうに手を引いた。


「あっちに、家があります」


 サチの案内で、例の小屋までやってきた。


 その近くには、おこしたばかりの畑があった。

 こうして見ると、かなり広い。

 詳しくは知らないが、これが一反というものだろう。


 屈強な男が、一心に鍬を振るっている。

 サチと同じように、犬っぽい耳と尻尾があった。


「お父さん!」

「おお、サチ。遅かったな。……それは誰だ?」


 おれに警戒の視線を向ける。


「あー、その……」


 なんと説明したものか。

 自分から「初めまして。あなたの神です」なんて怪しさしか感じない。


「サチ! もしや盗賊じゃないだろうな!」


 ずんずん歩いてきた。

 目の前に立つと、おれよりも二回りは体格がいい。


「違う! お父さん、神さまだよ!」


 おれが完全にビビって言葉を失っていると、サチが庇うように立った。


「わたし、あの穴を通って神さまのお家に行ったの!」

「馬鹿なことを言うな。そんなことがあるだけないだろう!」


 信じようとしない父親が、おれに鍬を向けた。

 これ、まずいんじゃないか。


「神さまと偽って、わたしの娘を誑かそうとしたな!」

「い、いえ。決して、そんなことは……」


 あわわわわ。

 完全に舌がまめってしまう。


 な、なにか信じてくれそうなものはないだろうか。

 ピクニック気分だったから、完全に手ぶらで来てしまった。


「これくらいしかないか……」


 おれは胸ポケットに入っていたライターを取り出した。


「そ、それはなんだ! 武器じゃないだろうな!」

「これは、火をおこすものだ!」

「……なにを言うかと思えば」


 鼻で笑われた。


「そんな小さな箱で、火がおきるわけが……」


 しゅぼっ。


「な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおっ!!!?」


 ものすごく驚いている。

 どうやら成功のようだ。


 できるだけ神様っぽく、偉そうな感じで言う。


「これは、あなたへの手土産だ。回数に制限があるから、大事に使うといい」


 向こうに戻れば、いくらでも送ってやれるのだが。

 はったりを利かせていたほうが強そうに見えるからな。


「あなたが、あの素晴らしい授けものを……?」

「ま、まあ、そういうことだ」


 がばっとひれ伏した。


「わたしの名前は、カガミ。サチの父親です!」

「山田だ」

「あなたのおかげで、サチは、いえ、我が家は命を救われました!」

「大げさな。顔を上げてくれ」

「大げさではありません! あの万病に効く調薬のおかげで、幼いころから臥せっていたサチは、こうして外を歩くことができるようになったのです!」

「そうだったのか」

「それに、あの食料も! この地に来て日の浅い我らは、あのままでは餓死するところでした!」

「あー、うん。えっと、固かったり、しょっぱくなかった?」

「とんでもない!! あんなに塩を使った食事など、貴族ですら口にできるものではございません!」


 つまり、おれは図らずも自炊の天才だったということで認識は間違っていないようだ。


「とにかく、お招きは感謝する。よければ、村を見てみたいのだが……」

「もちろんです! ささ、こちらへ」


 そうして、先ほどの畑にやってきた。


 柵はしっかりとロープで固定されている。

 これなら、滅多なことでは倒れないだろう。


 そして、畑の中に足を踏み入れた。

 ちょうど、乾いた草を除去しているところのようだ。


「なにを植えるつもりなんだ?」


 わくわくしながら聞くと、カガミの顔が曇る。


「それが……」

「まだ決まっていない?」

「ええ。なにぶん、食料が足りなかったもので。サチだけでもと、植えるつもりだった馬鈴薯を食べさせてしまい……」


 状況は理解した。


「よければ、わたしが決めてもいいだろうか?」

「も、もちろんです! しかし、肝心の苗がなければ……」

「それは、明日の夜にでも送ろう。いまは、この畑を完成させることを優先するべきだ」


 おれは畑のそばに置かれた、ツルハシを手にした。


「そんな、神さまに手伝いなど……」

「やらせてくれ。そのために来たんだ」

「な、なんと慈悲深い……」


 なんか感動してるけど、完全におれの都合だ。


 農業、一度やってみたかったんだよな!

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