第90話 絶好のお祭り日和となりまして


 少しずつ日が落ちていく。

 辺りが暗くなったころ、すべての準備が完了した。


 山田村の広場に、たくさんのテーブルが並んでいた。

 日々の仕事から解放された男子諸君が、好きな場所に陣取る。

 おれたちの制作した空き缶ランプが、彼らの様子を照らしていた。


 ピー、ガガ、と電子メガホンがノイズを発した。

 それに向かって、岬が声を張った。


『えー、マイクテスト、マイクテスト』


 わあ、と男たちから歓声が起こる。

 ついでに「腹が減ったぞー」とヤジが飛ぶ。


『ルールを説明します』


 しん、と静まった。

 相変わらず、ご飯に関してはすごい統率力だ。


『今日はバイキングという食事形式です。知ってる人はいますかー?』


 誰も手を上げない。

 ということで、簡単に説明するぞ。


『今日は女性陣による配膳は行われません。各自が、好きなものを取りに行ってください』


 挙手。


「好きなものって、どれですかー?」

『あっちでイトナさんが手を振ってますけど……あ、そうそう、そっちです』


 食事エリアの向こう側。

 そっちに固めたテーブルの上に、何種類もの惣菜の大皿が並んでいた。


『そこに、収穫したナス料理が並んでいます。今日はそれを、好きなだけどうぞ』


 好きなだけ、という言葉に歓声が上がる。


『基本的に早いもの順ですが、周囲への配慮は忘れないように。特に子どもたちへは、大人の対応を取りましょう。もしトラブルが起きた場合は、あとで各グループのリーダーからお達しがあります』


 山田村総会議の面子が、じろっと睨みを利かせた。


『あと、食べ残しは厳禁です。テーブルごとに食べ残しが見つかった場合は、そのメンバーは次回のバイキング参加禁止になります。それぞれが適切な量を確保しましょう』


 その言葉には、特に騎士団の若い連中が震えあがった。


『大皿が空っぽになったものは、逐次、追加される予定です。調理が終わるのを待ちましょう。なにか質問は?』


 ありませーん、と声が上がる。

 それよりも、早く食事にありつきたい様子だった。


「それでは、先輩。どうぞ」

「え、おれが?」

「お祭りの音頭は大事ですよ」


 電子メガホンを受け取った。


『えー。本日はお日柄もよく、絶好のお祭り日和となりまして……』


 すごいブーイングが飛んできた。

 気持ちはわかるけど。

 おれだって、ちゃんと挨拶を考えてきたんだぞ。


 まあ、いいか。

 今日の主役は村のみんなだからな。


『それでは、山田村・春の収穫祭『とってもナス祭り』を開催だー』


 パチパチー、と拍手。

 同時に、血気盛んな若者が立ち上がった。


 ドドドッと大皿のエリアに群がり、あっという間に長蛇の列ができてしまった。


「ちゃんとルールは伝わったみたいだな」

「そうですね。子どもたちも優先されてるし、問題もなさそうです」


 とりあえず、第一関門は突破だな。


「まさか、立食パーティの食事形式を取り入れるとは驚いたな!」


 クレオだった。

 小皿に盛った麻婆茄子を、汗だくになりながら頬張っている。


「前々から、団員から食事の多様化について意見があったのは事実だ。はふはふ。しかし現実問題として、それぞれの好きなものを作ることは難しい。もぐもぐ。このバイキングというやつなら、大雑把に多種類の食事が提供できる……うま、辛っ!」

「……おまえも食べてきていいぞ」

「お気遣い、感謝する。しかし安心してくれ。わたしは料理場のほうでつまみ食いをしているからな!」


 なんて安心できない言葉だ。

 次回から、運営側のお腹空いた案件の措置が必要だな。


「フッフッフ……」


 この不敵な笑い声は……!


「見たか、山田よ!!」

「おお、柳原。めっちゃ元気だな」

「これが双方の意見を取り入れた効率化の極地。食事は温かいのが当然? 馬鹿な。冷めてもうまい料理を作れてこそ一流の証。この『常温の美学』を知らずして料理人を語るなど片腹痛し! あと『ビュッフェ』だ。『バイキング』は日本の造語!」

「マジか」


 相変わらず料理に関しては細かいやつだ。

 言葉として定着してるんだからいいじゃないか。


「それにバイキングのほうが格好いい気がする。クレオだってそう思うよな?」

「わたしはビュッフェのほうが鋭そうで好きだぞ」

「マジか」


 確かに『魔剣バイキング』より『魔剣ビュッフェ』のほうが鋭そうだ。

 悔しいが惜敗と認めざるを得ない。


 いいもんね。

 きっとサチはバイキングのほうが好きだもんね。


「さて、そろそろ料理は行き渡ったか?」

「あ、そうですね。いい頃合いだと思いますよ」


 おれたちがガサゴソやっていると、クレオが興味深々に覗き込んできた。


「なにをしているのだ?」

「お祭りにはレクリエーションが必要だろ?」

「ほほう。それは楽しみだ」


 じゃじゃーん。

 百均で買ってきたカードの束!


 5×5。

 合計25個の窓がついたカードだ。

 現代出身者なら、一度は触れたことがあるだろう。


「……なんだ。これは?」

「これを全員に配ってくれ。一枚ずつだぞ」

「また凄まじく軽いのに、なかなか硬度のあるカードだな。どんな目的で使用するのか知らないが、山田どのの世界の技術は本当に恐ろしい」


 騎士団の連中に手伝ってもらった。

 すべてのテーブルに行き渡ったのを確認。


 再び電子メガホンを手にした。


『えー。冬の間は、みんなに世話になった』


 …………。

 …………。


 あれ、食べるのに夢中で聞いてないな?

 まあいい。そんなに大した話をするわけじゃないからな。


『そこでおれと岬から、みんなへ日頃の感謝として、ささやかなゲームと景品を用意したぞ』


 景品という言葉に、少なくない人数が振り返った。

 すごくわかりやすい。


『それでは、山田村ビンゴゲームを始める!』


 わあっと歓声が上がり、壮絶な戦いの火ぶたは切って落とされた。

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