第25話 異世界だからな


 ぴく、とカガミが森のほうを見た。

 その目は鋭く、険しいものだ。


「どうした?」

「モンスターが現れたようです」

「ええ。なにも見えないぞ」

「微かに音と、気配が……」


 まったく気づかなかった。

 さすがはオオカミの一族ということか。


「まだ駆除剤があったはずだが」

「ごく稀にですが、かいくぐってくるものがいます」

「なにが来るんだ?」

「ツチクイです」


 つまり、例のモグラだ。

 なら問題はないのだろうか。

 のんきに思っていると、ふと地面が揺れた。


「先輩、地震ですよ!」

「ああ、こっちでもあるんだな」


 そんな会話をしていると。


「いかん!!」


 カガミが叫んだ。

 同時に、川の向こうに変化が起こった。


 地面が、ぼこっと盛り上がった。


 おやっと思ったときには、もう遅かった。


 ずずーん、と巨大な黒い物体が飛び出してきた。

 それは本当にモグラのような形態だったが、鋭く伸びた爪と牙は、やはり獰猛なモンスターという感じがする。


 前々から、モンスターを見たいと思っていた。

 図らずもその念願が叶って、おれは興奮していた。

 それは岬も同じだったのだろう。


「先輩、モンスターですね!」

「モンスターだな!」


 だから、大事なことに気づくのが遅れた。


「でかいですね!?」

「でかいな!?」


 遠目だからよくわからないが、あれは二階建ての一軒家に匹敵するように思う。

 その巨体が、ぴょーんっと村に向かって飛び込んできたのだ。


「きゃああああああああああああああああああああああ!!?」

「うわああああああああああああああああああああああ!!?」


 おれたちは悲鳴を上げる。

 足は完全にすくんでいた。

 その鋭く、巨大な爪が襲ってくる。


 これ、死んだ?


 せめて、と岬を庇うように腕に抱いた。


 ぎゅっと目をつむった瞬間――。



 ――おれたちの身体は、宙に放り出されていた。



 いや、なにかに持ち上げられているのだ。

 ハッとして目を開けると、おれたちよりも二回りは大きな白いオオカミに乗せられている。


 不思議と、恐くなかった。

 その瞳は澄んでいて、敵意があるようには見えなかった。


 それは岬も同様で、抵抗せずにオオカミを見つめている。


『神さま、落ち着いてください!』

「おお、脳に直接……、って、その声、サチか!?」


 畑を潰したかに見えたモグラ野郎。

 しかし、その巨体が川の向こうへと弾かれていた。


 さらに巨大なオオカミが、それに対峙していたのだ。

 おそらく、あれがカガミなのだろう。


 月狼族、すごいな!

 正直、モグラよりもずっとモンスターっぽいけど!


 おれたちは、小屋から離れた場所に下ろされた。


「なにかできないか!?」

『神さまたちは、こちらで待っていてください』


 片や、鋭い爪を持つ、ちょっとチャーミングな格好の巨大モグラ。

 そして片や、美しい毛並みを持つ、神秘的なオオカミが二頭。


 特撮映画とまではいかないが、大迫力の怪獣バトルであった。


「おお……」


 それを呆気にとられながら眺める。


 サチとカガミの戦う姿。

 それは荒々しくも、どこか神々しい姿と思えた。


 岬が感嘆の声を上げた。


「先輩、かっこいいですねえ」

「そうだなあ」


 間抜けな会話だった。

 びっくりしすぎて、感情がマヒしているような気がする。


 お、決着がついたぞ。


 カガミの牙が、モグラの首筋にがぶりと噛みつく。

 モグラは抵抗していたが、すぐに動かなくなった。


 仕留めたのを確認して、サチたち元の姿に戻っていく。


 おれたちは、すぐに走っていった。


「カガミ、怪我はないか!?」

「いえ、わたくしたちは大丈夫です。しかし……」


 すると、サチがそのうしろに隠れる。


「ど、どうした?」

「…………」


 ふいっと目を逸らされる。

 おじさん、なにかしたのかな?


 カガミが、その肩を抱いた。


「我々が、恐ろしくはないのですか?」

「どういうことだ?」

「月狼族は、この形態のせいで、恐怖の対象として迫害されてきました」


 ああ、そういえば。

 月狼族がいた共和国とは、そういう部族が集まったものだと聞かされたような気がする。


「まあ、異世界だからな。そういうこともあるだろ」

「か、軽いですね」

「おまえたちが危害を加えるような存在ではないと知っている。それより、助けてもらった恩人だ」


 サチに目を向けた。


「サチ、ありがとな」

「…………」


 彼女はそっと、小屋のほうへと入って行ってしまった。


「……なんか、まずいことを言ったか?」


 カガミは苦笑した。


「恥ずかしいのでしょう。大人ぶっていますが、まだまだ精神的には子どもですから」

「そういうものか」

「わたくしでも、あの姿を一族以外に見せるのは、勇気がいります」

「それはすまなかった」


 気がつけば、空は夕焼けに染まっていた。


「じゃあ、また来週だな」

「え、食事は……」

「いや、今日はサチを見てやってくれ」


 そうして、おれと岬は、山田村をあとにした。


 小屋の隅から、サチが小さく手を振っていたのを、おれは知っていた。

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