第24話 やはり勝てる気がしなかった


 鎖の片方を、しっかりと固定する。

 それを持って、まずはおれが飛び込んでみた。


 目を開けると、一瞬で異世界だった。

 ちょうど、お祈りを捧げるサチがいた。


「あ、神さま!」

「おう。元気だったか?」

「はい! おかげさまで、みんな健康です!」


 笑顔がまぶしい。

 毎日、おにぎりと愛情一本を入れている甲斐があるな。


 おっと、それよりも、はやく実験をしなければ。


 おれは鎖を確認した。

 穴の中から伸びたそれを握ったまま、右腕を差し込む。


 先日のように、腕だけが向こうにある感覚。

 そこから、ぐっと力を込めて引っ張った。


 すると次の瞬間には、おれの部屋に戻っていた。

 どうやら、成功のようだ。


「固定しているのは大丈夫か?」

「オッケーです。まったく緩んでません」

「じゃあ、おまえが行ってみろ」

「は、はい!」


 彼女は少し緊張した様子で、穴に飛び込んだ。

 その身体が、するすると穴の中に吸い込まれていく。


 鎖を確認。

 安定しているようだ。


 一応、保険として友人にメールをしておく。

 おれが夜になっても連絡を送らなかったら、助けに来てくれる手はずだ。


 おれも再び、穴の中に飛び込んだ。




 岬の反応は、上々だった。


「先輩! これ、ほんとに異世界ですか!?」

「まあ、そうなんだろうな」

「わ、わ。これ、すごい。アハハ。先輩、神さまとして祭られてる」


 感動してくれて、こっちもうれしい。


「巫女さま。どうぞ、お越しくださいました」


 サチが深々と頭を下げる。

 完全に巫女ポジションになっているが、いいのだろうか。


「さっちゃん! ちっちゃい、可愛い!」

「わ、巫女さま!?」

「よいではないか、よいではないか」


 岬から、わしゃわしゃと耳とか尻尾をなでられている。


 なんて羨ましい。

 おれもやってみたいが、さすがに遠慮していたのだ。


「ははあ。あなたが巫女さまですか」


 向こうから、カガミがやってきた。

 彼の巨体に、岬が委縮する。


「は、初めまして!」

「どうも、ご丁寧に。カガミと申します」

「み、岬です。あ、名刺忘れた」


 名刺を持った神の巫女とか、一気に詐欺っぽいな。


「種芋はどうした?」

「あちらで、妻が準備を進めています」

「では、おれたちも手伝おう」


 向かう途中で、岬がくすくす笑う。


「先輩。すごく偉そう」

「う、うるさい。神さまなんだから、威厳を持たなくちゃな」

「会社でもそのキャラで行きましょうよ」

「頭がおかしいやつだと思われる」


 畑の前で、イトナが頭を下げる。


「こんなにたくさんの馬鈴薯を、なんと言えばいいか」

「気にするな。それじゃあ、始めよう」


 ジャガイモを植える手順。

 まずは培養土と苦土石灰を畑にまいて、鍬で混ぜ合わせる。

 本来は二週間前には土づくりを済ませるのがいいらしいが、今回は仕方ない。


 さすがに一反ともなると、かなりの広さだ。

 おれとカガミは、互いに反対側から耕し始めた。


 前回のレベルアップで『開拓速度アップ』を重ね掛けした効果か。

 カガミの作業速度は、前回よりも早くなっているようだ。


「先輩、負けてますよ!」

「勝負じゃない!」

「神さまの威厳を見せるチャンスじゃないですか!」

「おれは一般人だ!!」


 カガミのほうにも声援が飛ぶ。


「お父さん、頑張ってー!」


 どうやら、サチはカガミ陣営らしい。

 ちょっと寂しい。


 頑張ってみたが、やはり勝てる気がしなかった。

 無理にすると、腰をやりそうだ。


 結局、カガミが九割くらいやってしまった。

 おれは息を切らせながら、畑の前に腰を下ろした。

 カガミのほうは、息一つ切らしていない。


「そっちはどうだ?」


 女性陣の様子を見る。

 三人は種芋の準備を行っていた。


 芽の出た種芋。

 小さいものは、そのまま植える。


 しかし大きいものは、芽の数が均一になるように切っておく。

 切り分けたあと日光にあてて乾かすらしく、昨日のうちにやってもらっていた。

 そのまま植えると切断面から腐るので、切断面をケイ酸白土などでふさいだ。


 その種芋を、等間隔で畑に植え付けていく。

 これがあまりに狭いと、養分を取り合って育たなかったり、根が貧弱になって収穫の際に地中で切れたりするらしい。


 女性陣が溝に種芋を並べていき、そのあとで、男性陣が元肥を被せていく。

 それが終わると、先ほどと同じように、おれとカガミで鍬を使って土をかぶせていった。


 岬とサチで、たっぷりと水をかけていく。

 やはり水路を選択しておいて正解だった。


 ジャガイモ栽培のときは、植えるときに最も水を与えるという。

 種芋と土をしっかりと絡ませ、成長を促すためだ。

 以降に水をやりすぎると種芋が腐るため、ほとんど水は必要ないらしい。


 こんなところだろうと、作業を終える。

 あとは岬たちが水をやりきるのを待つだけだ。


「これだけ広いと、やりがいがあるな」

「そのうち、もっと広くしたいと思っています」

「じゃあ、また植えるものを考えよう。カガミたちに希望はあるか?」

「できれば葉物より、保存のきく根菜のほうが……」


 しかし、そこで事件が起こった。


 やつが現れたのだ。

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