第33話 うまくないはずがない
異世界と聞いて、まず思い浮かべるもの。
勇者や魔王、戦争、モンスター。
でも、まず頭に浮かぶのは、アレだな。
魔法だ。
おれだって子どものころは魔法を信じていたし、自分がその才能を手に入れたらと空想したこともある。
しかしそれは、なにも特別なことじゃなかった。
これまで知らなかったものは、だいたい魔法に見えるのだ。
「神さま、美味しいです!!」
大皿に、山と積まれたコロッケ。
それは瞬く間に消えていった。
みんな、収穫作業で腹が減っていたというのもある。
ほくほくした甘いジャガイモと、香ばしい肉の旨味。
それが熟練の料理人によって、サクサクの衣に包まれている。
うまくないはずがない。
「これは、まさか魔法ですか!?」
コロッケは異世界で魔法認定されてしまった。
「ジャガイモが、こんなに美味しいものに変わるなど奇跡です。信じられません」
カガミも次から次へとコロッケを食べている。
神獣に変身するやつらがなにを言う。
しかし、そう思うのも無理はない。
子どものころから食べ慣れているはずのおれたちですら、この味には驚いた。
「おい、柳原。いままでジャガイモの品種など考えたことなかったが、キタアカリってのはこんなにうまいのか?」
「いや、普通じゃねえよ。果物みたいな甘みだ。こっちの土のせいかもしれない」
と、岬が口元を押さえてうずくまっている。
「どうした? 具合でも悪いか?」
「……先輩。これ、やばいです」
彼女はぐっと涙ぐんだ。
「今夜、体重計に乗るのが、怖いです……!!」
……おれも次の健康診断が怖いよ。
「これは、貴族にも出せる一品です」
「カガミ、あんまり褒めるな。柳原が調子に乗るぞ」
「いえ、本心です。わたくしは、こんなに美味しいものを食べたことはありません」
そこで、柳原が提案した。
「気に入ったのなら、また作りに来てやろうか?」
「え、本当ですか!?」
しかし、カガミが不安そうだ。
「ありがたいですが、我々には、お支払いできるものはありません」
「ここのジャガイモを、うちに卸してもらえねえかな。いや、それほど多くなくていい。おれが趣味で料理をする程度だ」
この収穫量ならば、問題はないように思えるが。
「カガミ、どうだ?」
「ぜ、ぜひお願いしたい!!」
基本的に、柳原の店は不定休だ。
それならば、多少は融通を利かせることもできるだろうか。
片づけを終えたころには、すでに空には夕焼けが迫っていた。
柳原が持ち込んだ調理器具は、そのまま一家が使用することになった。
残った材料も、冷蔵保管が必要なもの以外は置いてきた。
特に食用油が喜ばれた。
調理もそうだが、夜の灯りとして使用できるのが嬉しいのだという。
その点は、考えたことがなかった。
また今度、ランプなどを見てみようと思う。
おれたちはアパートに戻るために、カガミたちに別れを告げた。
かなり疲れた。
朝から動きっぱなしだったのだ。
「それでは、わたしはここで失礼します!」
「二日とも付き合ってもらって、すまなかったな」
「いえ、わたしも楽しかったです。また誘ってください!」
岬を駅まで送り、柳原とは軽く飲むことにする。
居酒屋のテーブルに着いたあと、例の約束について切り出した。
「今日はありがとな」
「いや、おれも興味はあった」
「また料理しに来る約束までしてくれるとは思わなかった。正直、そっちはおれには向かないから助かるよ。ありがとな」
「おまえやケモミミ一家のためじゃねえよ」
「おい、ひとが礼を言ってるんだ。たまには素直に……」
しかし、柳原はくつくつと笑う。
「店を出すとき、地域住民との付き合いは大事だからな。基盤があるのとないのでは、経営状況がまったく変わってくる」
煙草をふかしながら、やつは悪い笑みを浮かべていた。
「洋食YANAGI異世界店。……悪くねえな」
……どうやら二号店進出の野望に燃えているようだった。
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