第58話 それでもダメ


「いいか。この一帯の土をおこすんだぞ」


 草原を指して見せると、チョコアイスは見渡した。

 それからこっちを向くと、斜め45度で首をかしげる。


 ……わかっているのだろうか。


「動きませんね」

「サチの話だと、こっちの言葉は理解してるらしいんだが」

「もしかして、ご褒美が欲しいんじゃないですか?」

「おいおい、贅沢なやつだな」


 しかし、物は試しだ。

 おれは柳原のもとに走って行った。


「チョコアイスを釣れるような食い物はないか?」

「午後休憩にジャガイモのパンケーキ作ってみたから、それでどうだ?」

「へえ。また珍しいものつくったな。うまいのか?」

「ここのジャガイモだからこそ、って感じだな。ほら、そっちの持ってけ」


 おれはその一片を取ると、チョコアイスのもとに戻った。


「ほら、チョコアイス。やってくれたら、このパンケーキやるぞ」

「…………」


 じっとパンケーキを見つめる。

 しかし、動きはない。


「やっぱり、こんなものじゃ釣られないか?」

「どうでしょうね。こっちを見てる感じではありますけど……」


 鋭い爪で、かいかいと首元をかいた。

 のっそりと起き上がり、ゆったりと草原の真ん中に構える。


 ぴこん、とお尻を上げる。

 次の瞬間、勢いよく地面を掘り上げた。


 ドドドドド……!!


 チョコアイスが次々に地面をおこしていく。

 勢いがよすぎて、掘り起こした土がこっちに降ってきた。


「わあああ!!」


 慌てて距離を取ると、騎士団が武装していた。


「と、とうとう暴れ出しましたか!!」

「みな、位置につけ!!」


 慌てて止めた。


「すまん、畑をつくっているだけだ!!」

「は、畑ですか?」

「そうだ。ちょっと待ってくれ」


 しばらくすると、一面がすっかり茶色になってしまった。

 チョコアイスが尻をついて休憩している。


「すごいですねえ」

「最初からこうすればよかったな」


 と、チョコアイスが期待に満ちた瞳を向けている。


「ああ、わかってるよ。ほら、食っていいぞ」


 パンケーキを差し出した。

 チョコアイスが、ぐわっと口を開いて迫ってくる。


 ……あれ?


 嫌な予感がしたときには遅かった。


 ばくん、と頭から食べられた。


「きゃあああああああああああああああああああああ!!!」


 岬の悲鳴がつんざいた。


「や、山田どの!!」


 クレオたちが素早くチョコアイスを包囲する。


 ……が。


「…………」


 チョコアイスから解放されると、おれはその場に立ち尽くしていた。


 身体のどこも傷ついていない。

 器用にパンケーキのみが食べられている。


 べろべろと舐め回されて、唾液まみれだ。


 感想。

 とても、くさい。


「…………」

「……ぷ、ふふ」

「岬よ」

「は、はい。なんで、す、……ぶふっ!」


 先ほどの壮絶な表情から一転、彼女は笑いをこらえきれずに口元を押さえている。


「ちょっと、洗ってくる」

「は、はい。いってらっしゃい。……ふふっ」


 チョコアイスを見ると、ぽけーっと毛づくろいをしていた。




 山田村のはずれには、温泉がある。

 前回のボーナスポイントで増築したのだ。


 草原にどんっと石造りの温泉があるのはシュールだ。

 まあ、それでも洋式トイレのほうがインパクトは大きいのだが。


「ここも、手が空いたら柵をつくらないとなあ」


 岬の提案で小さな着替え用のテントを張っているが、それ以外に隠すようなものはない。

 かなり歩くので向こうから見えることはないが、それでも女性陣にとっては気が気でないだろう。


 最初は岬たちも夜中に楽しんでいたようだが、騎士団が到着してそれもできなくなった。

 クレオの部下とはいえ、やはり男が多いからな。


 チョコアイスの唾液を洗い流すために、おれは服を脱いだ。

 そのまま来てしまったが、着替えはどうしよう。


 そんなことを考えていると、先客に気づいた。

 騎士団の副隊長の、ええっと……。


「ダリウスです」


 ううむ、心を読まれたようだ。


「す、すまんな。どうも、こっちの名前は覚えづらくて……」

「いえ。いきなり大勢が増えれば、当然でしょう」


 温泉の湯で唾液を洗い流すと、間隔をあけて浸かった。


「くあああ」


 最高か。


 汗もかいたし、土汚れなんかもひどかった。

 さっぱりしたし、部屋に戻ったらビールも冷えている。


 ……どうにかして、こっちに冷蔵庫を設置できないものか。


「畑のほうはどうなりました?」

「ああ、チョコアイスのおかげで、かなり早く完成しそうだ。苗が届くまでに、どうにかなるだろう」

「なるほど。さっきの地鳴りは、あのモンスターでしたか」

「そっちはどうだ?」

「周囲に異変は見られませんでした。森のほうまで足を延ばしましたが、帝国の斥候の気配も、いまのところは……」

「いつもすまんな」

「それが我らの務めです」


 バシャバシャと顔を洗った。

 しかし、この湯はどこから湧いてどこに流れていくんだろうなあ。


「そういえば明日のことだが、クレオを借りてもいいか?」

「いかがしましたか?」

「おれたちの世界に連れていく約束をしてしまったんだが、よく考えたらお嬢さまだし、許可を取っていたほうがいいのかな」


 ダリウスは苦笑した。


「我らの許可など、必要ございません。お嬢さまがそのように決めたなら、そのようにするとよろしいです」

「ずいぶんと放任的だな」

「領主さまからは、お嬢さまの好きにさせるように仰せつかっております」

「ふうん。けっこうドライなのか」

「そんなことはございません。領主さまは、すべてのお子さまを、平等に愛しておられます」


 その言葉に、引っ掛かりを覚えた。


「まるで、子どもに優劣をつけなきゃいけないみたいだ」

「クレオさまは、使用人に産ませた子です」

「……なるほど」


 メリルが言っていた、継承権がないとはそういうことらしい。

 いくら領主自身が平等に接しようとも、それを気に入らないものも多いだろう。

 特に正妻なんかは、自分の子どもを優先してほしいと思うのは当然だ。


 ……しかし優しい顔をして、なかなか領主も好き者らしいな。


「そんなこと、部外者に教えていいのか?」

「山田さまは信頼できます」

「はっはっは。そんなにいいことをしたつもりはないぞ」


 買い被るのは構わないが、そろそろ誤解も解きたいところだ。


「ここにクレオをやったのは、反対勢力から逃がすためか」

「騙すような形になり、申し訳ございません」

「いや、カガミのことは感謝している。でもまあ、ようやく納得できたよ」

「と、申しますと?」

「お嬢さまが率いる騎士団のわりに、規模が小さいし、若い新人ばかりだしな」

「わたくし以外は、今回の駐屯のために急遽、集められたものばかりです」

「月狼族がいるんだし、戦力は問題ない。最悪、緊急の連絡係だけいればいいか」

「その通りでございます」

「じゃあ、おまえは?」

「わたくしは、自ら志願いたしました」

「ふうん。そんな左遷みたいな役目でいいのか?」

「お嬢さまが幼いころから、お傍に仕えておりました。わたくしにとっては、主はお嬢さまです」

「忠義ものだなあ」


 しかし、そういうマウント合戦はどこにでもあるのだろう。


「それならクレオも災難だな。こんな田舎じゃ退屈だろうに」

「いえ、一概にはそう言えないでしょう」

「そうなのか?」

「ええ。お嬢さまは、あの通りの気質です。ご正室さまとも、正面から渡り合ってきました。もし今回の駐屯任務が気に入らなければ、反対していたでしょう」

「自分のことより、都市のことを考えてくれたんじゃないか?」


 ダリウスが意味深に口元を上げた。


「お嬢さまは、強い男が好きですから。なにか興味を引かれる人物がいたのかもしれません」

「……カガミは妻子持ちだぞ」


 彼は肩をすくめると、先に温泉を出た。


「お嬢さまを、よろしくお願いいたします」


 そう言って、近くにかけてあった衣服をとって行ってしまった。


「……みんな、いろいろあるんだなあ」


 まあ、この村が心地よいというなら、こちらは歓迎するだけだ。


 しばらく湯を楽しんでいると、向こうの脱衣所で声がした。

 やばい、と思ったときには遅かった。


「神さまー!!」


 ばしゃーん、と小さな影が温泉に飛び込んできた。

 水しぶきがバシャバシャと顔にかかる。


「……サチ。温泉では走っちゃダメだぞ」

「はい。わかりました!」

「あと、男がいるのに入って来ちゃダメ」


 サチは小首をかしげた。

 周りを見回して、もう一度、不思議そうにする。


「神さましかいませんよ?」

「それでもダメ」

「なぜですか?」


 それはね、あとでカガミに殺されちゃうかもしれないからだぞー。


 ……その前に、このあとに来るだろう岬に、ものすごく怒られそうだけどな。

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