第68話 やっぱり頭に血が上りやすいな


 日曜日。

 おれたちはすっかり様変わりした山田村に立っていた。


「……なんか、置き場所が変わっただけで、違う村みたいだな」


 まあ、部屋の模様替えのような感覚だ。

 それにしては規模が大きすぎるけど。


「しかし、実際に見ても信じられんなあ」


 昨日、裏ステータス画面から行った配置換え。

 そのおかげで、ずいぶんとすっきりした感じになった。


 川に関しては従来の通り。

 それ以外を、サチたちの意見を取り入れながら移動した。


「ふふーん。さすがわたしじゃね?」


 どや顔している安藤先生に、前から気になっていたことを聞いてみた。


「そもそも、最初の選択にあった『丘』はなにができるんだ?」

「ええっと? ほら、牛小屋とか作れるようになる感じ?」


 つまり『川』は農業発展。

 そして『道』は交易発展。

 さらに『丘』は畜産発展……ということか。


「でも、それだと牛とか買ってこなきゃいけないんじゃないか?」

「増設したら、たまに近くにドロップするらしいけど」

「ドロップ?」


 岬ゲーム博士に目を向ける。


「ええっと、モンスターを倒して、戦利品を獲得することですね。でも、それだと牛が落ちてるってことでしょうかね?」


 牛が落ちてるってなんだよ。


「まあ、実はわたしも川までしか作ったことなくてさ。詳しいことはわからないけど、その三つを増設したら、その関連したものが勝手に出てくるらしいよ」


 なにそれ便利だな。

 でもそれが本当ならおかしい。


「最初に川を作ったが、なにも落ちてなかったぞ?」

「え、そうなん? わたしのときは種とか落ちてたけど」

「ほんとか。どうやって見分けるんだ?」

「いや、ゲーム機のほうに表示されてた。変な名称の種があったから、それ拾って植えてたよ。まあ、ほとんど枯れてたけど」

「枯れたのか?」

「まあねえ。もともと栽培なんてやったことなかったし、その亜人夫婦のほうも、そんな知識なかったからさ」


 それでなくとも、異世界の作物など栽培方法がわからないか。

 ううむ。このゲーム、変なところシビアだよな。


「神さまあ!」

「おお、サチ。準備はいいか?」

「はい! みんな待ってます!」


 畑の周りに、カガミ一家と騎士団の連中が集まっている。


 昨日のうちに肥料などは入れた。

 今日は畝をつくり、種をまく作業だ。


「やあ、カガミ」

「おはようございます。さっそく始めましょう」


 おれは今回の植え付けに使用する種を、その場に置いた。


 大根、白菜、ほうれん草、ブロッコリー。


 結局、試食会のときに使ったものすべてを植えることになった。

 比率は大根7:白菜1:ほうれん草1:ブロッコリー1。


 まずは大根から、順次、作業を進めていく。

 畑を拡大したので、迅速な行動が要求される。


 岬が手を上げた。


「それでは、第三回植え付け大会を開催しまーす」


 ぴっぴりー、とホイッスルを鳴らす。


 今回は団体戦だ。


 カガミ&サチ VS おれと騎士団5人衆

 圧倒的な数の有利を取られながらも、カガミは不敵な笑みを浮かべていた。


 ちなみに審判は……。


「……大丈夫なのか?」

「……ううん。まあ、やる気はあるみたいですけど」


 でん、と鎮座したチョコアイスが、赤と白の旗を振って遊んでいる。

 視界が高いので、審判にうってつけだな。


 ちなみに、岬とメリルはみんなのサポート。

 簡単に言えば、お茶くんだりタオル持ってきたりだ。


 おれが張り切って鍬を振っていると、岬が心配そうに聞いてくる。


「先輩。腰は大丈夫なんですか?」

「安心しろ。ちゃんと対策してきた」


 バッとシャツをめくりあげる。


「薬局で買ってきた、腰痛コルセット!」

「努力の方向性が……」


 冷静にツッコまれてしまった。


「まあ、前回ほど激しい動きをしなければ大丈夫だろう」

「そう言うなら。でも、先輩って頭に血が上りやすいからなあ」

「なにを言う。おれはいつだって冷静……、うん、まあ、気をつけるよ」


 とりあえず、参加者は配置についた。


 大きな畑を挟んで、カガミ、サチ、イトナと向かい合う。


「今日は負けんぞ!」

「ハッハッハ。胸を貸すつもりで、受けて立ちましょう」


 小癪なやつだ。

 笑っていられるのも……、あれ、やっぱり頭に血が上りやすいな。


「神さまあー!」


 サチがぶんぶん手を振っている。


「なんだー?」

「わたしが勝ったら、ご褒美が欲しいですー!」


 サチがおねだりとは珍しいな。

 いや、別に珍しくないか。


「なにか欲しいのかー?」

「秘密ですー!」


 秘密ときたか。

 まあ、どうせテレビで見たケーキが食べたいとかそんな感じだろう。


「ようし。わかった!」

「やったあー! お父さん、わたし頑張ります!」


 カガミが苦笑しながら頭をなでている。

 まあ、なんであろうと、負ける気はないがな。


「それじゃあ、位置について!」


 ぴっぴりー。


 岬のホイッスルとともに、植え付けが始まった。


 まず大根だ。

 耕した畑に、これまでと同じように畝を作る。


 しかし、この段階ですでに良し悪しが決まると言っていい。

 大根十耕という言葉の通り、大根を植える際には、十回も耕すほどに丹念に土を作る必要がある。

 もし土の塊があった場合、大根がそれを避けるように育って、結果として二股や曲がった大根ができてしまうのだ。


 競争ではあるが、できの悪いものでは意味がない。

 それに、こっちは5人もいるのだ。

 いくらカガミたち相手でも、正攻法でも負ける道理はない。


「うりゃあ!!」


 おれ専用鍬。

 今日もキレがいい。

 そろそろ名前でも付けたいところだな。


 前回よりも深めの畝を作ると、30センチ間隔で種をまく。

 ワインの瓶底で軽く窪みを作り、種をまいて土をかぶせるのだ。


 順調だ。

 騎士団メンバーの奮闘もあり、みるみるうちに立派な畝ができている。

 これならば、さすがにカガミとサチとはいえ……。


「な、なに……!?」


 すでにカガミたちは、一列目の完成にたどり着いていた。

 カガミが土をおこし、それをサチが整え、立派な畝をたてる。


 まるで熟練の餅つき夫婦を思わせる!

 いや、むしろサチが手早すぎて、カガミが尻を叩かれている感じだ。


「お父さん、もっと早く!」

「ちょ、サチ、落ち着きなさい!」


 ……やけにサチが燃えているな。

 そんなに美味しいケーキがあるなら、ついでに岬たちにも買ってやるか。


「しかし、負けてられんな!!」

「はい、山田どの!!」


 騎士団のみんなと、最後の力を振しりぼる。

 白菜、ほうれん草、そしてブロッコリー。


 すべてが終わることには、さすがに日が沈みかけていた。


 ぴっぴりー、とホイッスルが鳴る。


 しかして勝者は――。


 白い旗が、夕日を浴びて勇ましくたなびいていた。


「勝者、カガミ一家!!」


 岬の声に、おれたちはがくっと膝をついた。


 勝敗を決めたのはスタミナだった。

 確かに人数的なアドバンテージはあったが、それでもなお、月狼族の体力は純人種と比べて凄まじい。


「くそ、また負けたかあ」

「山田どの、申し訳ありません」


 新人騎士の一人が、しゅんとしながら言った。


「いや、これまでで、いちばんいい勝負だった。ありがとう」

「そう言っていただけると助かります」


 中盤で一度は抜いたものの、終盤からじわじわと追い越されてしまった。

 いやあ、最後のデッドヒートは熱かったな。


「先輩。お疲れさまです」

「ああ、やっぱりカガミたちは強いな」


 岬からタオルを受け取った。


「しかし、サチのご褒美ってなんだろうな」

「あー、なんでしょうねえ」


 言いながら苦笑している。

 どうやら、こっちは知ってるらしいな。

 まあ、おれも楽しみにしていようか。


「みなさーん。晩御飯の準備ができましたー」


 イトナの声に、おれたちは顔を向けた。

 安藤が大鍋をせっせとかき混ぜている。


 ともあれ、今日もよく働いた。

 あとはゆっくり夕食としようか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る