第67話 健全な情操教育ってやつだな


「ちょっと、オッサン! この扱いはないんじゃないの!?」


 建設途中の小屋の柱に、安藤がくくられている。

 足をじたばたさせて不満を訴えるが、それをやった張本人たちは涼しい顔だ。


「……ちょっと、やりすぎじゃないか?」

「なにをおっしゃいますか。怪しきは罰せず、など悠長なことは言ってられません」

「そうですぞ、山田どの。間者を一人逃せば、国を沈めるきっかけになります」


 カガミとダリウスの年長組が、うんうんとうなずいている。


「それでは、どのように吐かせましょうか」

「わたくしが昔、帝国のものに教わった拷問方法が……」


 わあい、唐突に発揮される異世界クオリティ。

 たまにこいつらが本気で怖いなって思うことあるよな。


「待て待て。もう怖い思いはさせた。メリルも同席していたから」

「ダリウスさま。この方は、他国の間者ではないと思われます」

「まあ、メリルがそう言うのであれば……」


 ダリウスは残念そうなため息をついた。

 おまえ拷問したいだけじゃないだろうな?

 サチたちの教育に悪いから、そういう発言には気をつけてほしい。


「ただし、なにか不審な行動があれば、即、その首を落としましょう」


 だから怖いって。

 まあ、こいつらにとっては主君の命がかかってるわけだからな。


「というか、おれが脅かさなかったら、どうするつもりだったんだ?」

「難しい質問ですな。我らも警戒はしておりましたが、なにせ山田どのの世界の住人ですから。みだりに処置をして、山田どのに害が及ぶことになっては本末転倒。まあ、監視をつけながら、怪しい動きがあれば即座に……」

「……そ、そうか。もういいぞ。ありがとう。今後とも、その調子で頼む」


 処置。うん、処置ね。

 その具体的な内容は、聞かないほうがよさそうだな。


 安藤の縄を解いてやりながら、その頭を叩いた。


「だとさ。下剤で済んでよかったな」

「……オッサンのところ、ちょっと血の気が多すぎない?」


 まあ、否定はできんな。

 この村を大切に思ってくれている証拠だ。


「それより、具体的な話を聞かせてもらおうか」

「…………」

「なあ、むくれるなよ。こっちだって、おまえを疑いたいわけじゃないんだ。でも、しょうがないだろ?」

「まあ、わかるけどさ……」

「これからもこの村に出入りするつもりなら、怪しい言動は控えること。おれや岬に言えないことに関しては、イトナやクレオもいるから、そっちに相談してくれ」


 でないと、おれだって安全を保障することはできない。

 なにせ、こいつらはおれよりもよほど強い戦士たちなのだ。

 その気になれば、おれに知られないように外敵を排除することもできるだろう。


「風通しのよい村づくり。うん、これで行こう」

「先輩。それ今期のうちのスローガンのパクリ……」


 ええい、せっかく格好よく決めたところに茶々を入れるんじゃない。


「そういうことで、おまえの村のことを教えてくれ」

「……わかったよ」


 安藤は観念したようにうなずいた。


「……別に騙そうとか、隠そうと思ってたわけじゃないよ。正直、あまり楽しい話じゃないからさ。でも、しょうがないか。わたしだって。オッサンたちに頼るほかに方法はないんだし」


 そう言うと、彼女は過去のことを少しずつ語り出した。


「わたしの家に、あのゲーム機ができたのは、三年前の夏のことだよ――」




 ――物置の中に、あのガラスのドームがあるのを見つけたんだよ。


 それから、しばらくして異世界のことを知った。

 ちょっと怖かったけど、そのときにはこのゲームにハマってたからね。

 他の子たちとは違う世界を覗いてる優越感もあったし、まあ、いろいろあってそのころ、ちょっと自暴自棄だったんだよね。お年頃ってやつ?


 そこで、やっぱりオッサンと同じように異世界人と仲よくなった。


 傭兵団から追われた亜人の男と、その奥さん。

 そこに建ってたボロい小屋で、獣を狩って生活してた。


 すぐに、現代よりも異世界で過ごす時間のほうが多くなったよ。

 狩りとか魚釣りのやり方を教わったり、わたしの作ったお菓子を食べたり。

 現代みたいな娯楽はないけど、すごく楽しかった。


 西のほうに、夏でも溶けない雪の山脈が連なってるんだ。

 夕日を浴びると、すごくきれいに光るんだ。

 それを眺めながら、いつか市民権を獲得して、奥さんにちゃんとした暮らしをさせてあげたいって話してた。


 ……恥ずかしい話なんだけど、うちって家族の仲が悪くてさ。

 もう、物心ついたころから家の中が冷戦状態っていうか?

 

 そんなだから、あのひとたちを本当の家族だと思ってた。

 向こうも子どもがいなかったから、すごく大事にしてくれたよ。


 不思議なもんだよね。

 血のつながった両親よりも、遠い世界の隣人のほうが家族だって思えるなんてさ。


 でも、その生活も長くは続かなかったんだ。

 サイドエピソードが解放されたって文字が現れて、近くの都市の戦争に巻き込まれた。


 でも、ただの中学生に何ができるっての?


 結局、わたしは逃げたんだよ。

 その夫婦も、そうしろって背中を押してくれた。


 どうなったか?

 いや、それっきり。


 チュートリアルに失敗しました。

 その文字が浮かんで、あのゲーム機もゲートも消えた。


 それから、あのゲーム機の情報を探した。

 海外のサイトを見つけて、そこを翻訳しながら、必死に手掛かりを探した。


 ネットでは眉唾物だって笑われてたけど、わたしは本物だって知ってるから。

 おかげでこの世界に詳しくはなかったけど、肝心の異世界に渡る方法はわからなかった。


 ある日、突然、あのゲーム機が現れる。

 そしてクエストを失敗すると、勝手に消える。


 それからは、もう諦めた。

 あの時間は夢だって思うようにしてたんだ。


 でも、二か月前。

 オッサンがイヲンで、そこのケモミミの女の子を連れて歩いてるのを見つけた。


 月狼族の特徴と一致したし、たぶん共和国だって。

 いや、たとえ帝国や皇国でも構わない。


 またあのひとたちに会いたい。

 それが叶わなくても、あの村がどうなったのか。


 それだけでも知りたいって思ったんだ――




 ――だばーっと、サチが泣いている。


「が、神ざま! わだ、わだぐじ、わだぐじば……」

「ああ、わかった。わかったから、ちょっと落ち着け」


 具体的に言うと、尻尾で首を絞めるのやめてほしい。

 時代劇を見るようになって、すっかり涙もろくなっちゃってまあ。

 これが健全な情操教育ってやつだな。


「……まあ、おまえの目的は理解した」

「…………」


 安藤は自虐ぎみに笑った。


「ほんとは、もっと、ちゃんと信頼を得てから切り出すつもりだったんだよ。でも、ダメだったね。焦りすぎて、失敗しちゃった。そりゃ、怪しいって思うのも当然だよ」


 おれは無言で考えていた。

 他のみんなも、おれを見ている。


 ……あくまで、ここはおれの村か。

 たとえカガミが騎士の身分を得ても、貴族のお嬢さまが暮らすようになっても、そのスタンスは変えないということだろう。


「先輩」

「……ああ。そうだな」


 岬が心配そうに見つめる。


 ……わかっている。

 おれがどう答えるべきかは、すでにわかっている。


 拒否するべき。

 この村の復興だって、まだ始まって間もない。

 見ず知らずの他人のために、時間も人員も割くべきではない。


 なぜなら、もう冬は目の鼻の先だ。

 おれたちがするべきは、この村が無事に冬を越せるように手配すること。


「……クレオ。それにメリル、ダリウス」

「なんだ?」


 その三人に告げた。


「その北の村の正確な位置はわかるか?」


 ダリウスが髭をなでた。


「それでは、この少女にお力を?」

「まずは場所を特定することだ。それがわからなければ、どうしようもないからな」


 すると、クレオは笑った。

 おれがそう言うのを、わかっていたようだ。


「北の事情となると、わたしには無理だな。父上に知恵を借りよう」

「それでは、わたくしがお嬢さまに同行し、資料を当たってみましょうぞ」

「ダリウスどの。よろしく頼む。メリルは引き続き、この村でみなの護衛を務めてくれ」

「はい。かしこまりました」


 まったく、しんどい話だ。

 ここに来て、痛感してばかりだな。

 おれはただの会社員で、経営は向いていない。

 たぶん、死ぬまで平社員だろう。


 まあ、それもいいか。

 偉くなるだけが人生ではないと、子どものころに漫画で教わったもんな。


「……オッサン。いいの?」

「まあ、これもなにかの縁だろ。だが、タダというわけにはいかんぞ」


 安藤が身構えた。


「明日は大根の植え付け。来週は収穫だ。それに配置換えもしなきゃいけないし、そろそろ移住民たちの生活も考えなきゃいけない」

「……え?」


 呆けた顔に、おれは笑いかける。


「クレオとダリウスがいないんだ。その分は、おまえにも働いてもらうからな」

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